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第十五話 自由と臆病者の覚悟

 





 ――――――――

 ――――――――



「――――それは困るな? エミレアの初めては俺が貰うのだから」



 エミレアとラリッツの密会を監視していた俺とジャスパーは、二人を見下ろせる位置から取引を眺めていた。


 本当は取引をした現場を押さえるのがベストらしいが、予想した展開とは違った動きとなったため、仕方なしに飛び出したのだ。


 護衛としてラリッツが連れて来た者達は、リステア達が相手をしてくれている。相手にもならないだろう。生意気な女ではあるが、リステアの実力は本物だ。



「サージェス……さん。こんな所で何を……」


「それは俺のセリフだな。こんな所で、エミレアは何をしているんだ?」



 悪い事を咎められた子供の様に、顔を伏せてしまったエミレア。


 その横では、俺を取引の邪魔をする異物と認識したラリッツが、忙しなく辺りを見渡していた。


 恐らく雇った冒険者達を探しているのだろうが、ここには来ないだろう。


 それを悟ったのか、エミレアに変わりラリッツが話始めた。



「ただの商品取引ですよ。私は商人で、エミレア様はお客様という事です」


「ふ~ん。こんな、如何にもな場所でか? 闇の取引でもしてんの?」


「高額な商品の取引ですので……安全を期して、ですかね」


「安全ねぇ……自分の商店ですればいいだけの話じゃないのか?」


「彼女の身の安全のためです。高額な商品を買う女性に目を付ける、悪い人達はそこら中にいますから」



 言っている事はそれっぽいだが、そう思わせているだけで正当性がどこにもない。


 悪い人達に目を付けられる、その可能性はあるのかもしれないが、こんな場所で密会する理由にはならないだろ。


 本当に危険だと言うのなら、守備隊でも冒険者でも間に入れればいいだけの話だ。


 しかし商人というだけはあるのか、回りくどい言い方をしても逃げられるだけか。



「お前さっき、エミレアを抱くとか言ってなかったか?」


「えぇまぁ……私も男ですからね。料金の不足分の見返りを頂こうと思いまして……」


「いくらだ」


「はい?」


「不足分はいくらだと聞いたんだ」


「……金貨三枚ですが」



 金色の貨幣を懐から取り出した俺は、それをラリッツに放って見せた。鈍く光る三枚の金貨が宙を舞い、ラリッツの足元に転がされる。


 呆気に取られて金貨を見つめているラリッツを横目に、同じく驚いた様子でいたエミレアの腕を引き俺の元へと引き寄せた。



「エミレアは返してもらう……返してもらうは変か? まぁいいや、さっさと商品を寄こせよ」


「なっ……こ、これ、本物ですか?」


「お前商人だろ? そんな事も分からねぇのか?」



 ゆっくりと金貨を拾い上げるラリッツ。窺うような視線は一瞬で、すぐに金貨は本物だと分かったようだ。


 エミレアはどうしたらいいのか分からないと言った様子で、俺の背中に隠れて成り行きを眺めている。



「……こちらをどうぞ」


「なんだよその顔? 商品が売れたのに、なんでそんな残念そうな顔をしてんだ?」


「別になんでも、いい取引でした」



 ラリッツは苦虫を噛んだかのような表情で、木箱に入った薬を差し出してきた。


 それもそのはず、ラリッツはエミレアを娼館に売り捌き、一儲けしようと企んだのだろう。


 ラリッツの商会は破綻寸前で、どうしても金が必要な状況だとジャスパーは言っていた。


 そこに現れたのが、いい金づるのエミレア。人の叡智が神の奇跡を超えられる訳がないのに、随分と絞られてしまったようだ。


 こんな――――クソみたいな液体に。



「では、私はこれで――――」

「――――待てよ」



 踵を返したラリッツを呼び止める。


 俺はもうどうでもいいが、ここから先はジャスパーの利益。共益を誓った共犯者の望みも、叶えてやらなければならない。



「……なんでしょうか?」


「この薬は金貨六枚だったか? 随分と高いよな、永久輝石が買えちまう額だ」


「……それがなんですか? 貴重な薬という事と、様々な経費が掛かったんですよ」


「貴重な薬ねぇ……こんな――――色が付いただけの水がか?」



 その言葉にラリッツの表情に驚きの色が入った。


 すぐさま表情を正すところは、流石は商人だと思うが、一流の商人であれば相手に気取られるような表情の変化は見せないだろう。


 俺の後ろにいたエミレアからも小さな声が漏れた。驚きと言うよりは、俺の言葉が衝撃的すぎて無意識に出てしまった声であろう。



「……なんの事ですか? 何を証拠にそんな事を?」


「商人なら知っているだろ? 商人なら誰でも持っているじゃねぇか……輝石:鑑定を」


「鑑定……あ、あなたは商人ではないでしょう? ふざけた事を……」



 商人や鑑定師を生業とする者が所持する、輝石:鑑定。商業連合が管理するこの輝石は、一般にはほぼ出回らない。


 もちろん俺だって持っていない。存在を知っているだけで、手にした事もない。


 これはカマかけ。確定的なボロは出さなかったが、ラリッツの一瞬の狼狽えが真実だと物語っていた。



「サ、サージェスさん……み、水って……本当なんですか……!?」


「残念ながら水だ。世界で最も貴重な水でも、金貨六枚なんてしねぇだろうよ」


「そ、そんな……だって…………ま、まさか……今までの薬も!?」



 顔面蒼白とはまさにこの事、血の気の引いた表情をしているエミレアは、ガタガタと体を震わせ始めた。


 心のどこかで思っていたのだろう、騙されているのではないかと。気づかない振りをして、自分を騙し続けた。


 目を背けていた、知らない振りをしていた真実。認識してしまった疑惑は、瞬く間に心を支配し壊し始める。



「う、うそ……嘘だよ……そんな訳ないよ!! そんな嘘つかないでよ!!」


「……エミレア、落ち着け」


「なんでそんな嘘つくの!? 水って言うのも嘘なんでしょ!? 嘘って言ってよッ!!!」



 認めたくない真実を遠ざけるように、中身のない怒りをバラまくエミレア。


 掴んでいた腕は振りほどかれ、耳を塞ぎ外部の音を遮断し始める。


 認めれば全てが崩壊する、全てが無駄となる。費やした時間も、つぎ込んだ金も、掴んだ希望も全てが泡となり消えてしまう。


 ついには(うずくま)ってしまったエミレア。人の信用を裏切り、自分を犠牲にしてまでも追い求めた善意の希望は、あっという間に偽善の絶望へと姿を変えた。



「嘘だ……そんな……私は嘘なんか……騙されてなんかいない……!」



 ブツブツと譫言(うわごと)のように声を出しているエミレアを包み込むように、ソッと体を抱きしめた。


 グチャグチャになった感情の中から、前向きな感情だけを喚び醒ます事を意識して。


 壊れてしまわないように、塞がれた耳に届くように耳元で言葉を紡いだ。



 ――――


「――――なぁエミレア。今回の話、お前は心の底から信じたのか? 都合よく差し出された善意を、全く疑わずに?」


「…………」


「違うだろ? お前は知っていたはず、分かっていたはずだ」


「そんな事……ない……!」


「そんなにショックを受けるのは、目を背けていた、知らないふりをしていた、自ら飛び込んだのに、覚悟をしていなかったからだ」


「覚悟はしたよ……!」


「他人を信じるには、覚悟が必要なんだよ。相手を信じる覚悟じゃない――――嘘を吐かれる、騙される覚悟がな」


「騙される……覚悟……?」


「世界に嘘吐きが生まれた瞬間、世界は嘘で溢れかえった。誰もが嘘を恐れ、誰もが嘘を吐き始めた」


「…………」


「いつの間にか、それが当たり前になった。嘘は吐くもの、吐かれるもの。誰もが疑い、誰もが疑われている」


「……みんな、嘘を吐くの……?」


「それが今の人間だ。綺麗事や偽善、そういう事を言う奴は多くいる。そんな中、信じられるのは自分だけ。もし相手を信じようと思ったら、騙される覚悟をしなきゃならない」


「……そんな後ろ向きな覚悟なんて……」


「残念だがそれが当たり前の世界だ。誰かを信じるなら、騙される事を覚悟しろ。自分を信じて、覚悟しろ。そうすればいずれ……」


「いずれ……なに……?」


「……心の底から信じられる相手に……会えるのかな?」


「えぇ……なにそれ? なんで私が聞かれるの?」


「と、とにかく! そういう事だ! 自分を信じて覚悟を決める! 騙されましたウェェェンなんて泣き言、言ってられる世界じゃねぇんだよ!」


「……はぁ……もっと普通に慰めてほしかったな」


「そのつもりだったんだけど……ついな」


「ついって……なんですか、それ」


「まぁともかく……エミレア、覚悟は出来たか?」


「…………」


「お前を助けてやる。俺を信じて、俺の手を取れ。もちろんタダじゃねぇぞ? 下心の善意を受け取る覚悟をしとけよ」


「……分かったよ。騙される事を覚悟して、貴方の事を信じる自分を信じる――――私を、助けて下さい」


「必ず助ける、約束だ」



 ――――う~ん、なんか違うんだよなぁ。間違った気がしてならない。


 我ながら捻くれてんなぁ。結局のところ、俺は自分の事しか信じられない臆病者って事だな。


 まぁ、どんな理由であれ前を向いたならいっか。ほんと感情を喚び醒ませる力は便利だぜ。


お読み頂き、ありがとうございます


次話は来週頭には……なんとか

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