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第十四話 自由と揺らぐ覚悟

 




 ――――――――

 ――――――――



「――――あの、ラリッツさん。今日は持ってきて頂けたのですか?」



 目の前でニコニコと笑顔を作っている、商人のラリッツに問いかけた。


 この人目の付かない場所で密会するのは三度目で、いい加減そろそろ商品を売って欲しいとエミレアは思っていた。



「大丈夫ですよエミレア様。今日はお売りできます、やっと護衛の手配が出来たもので」



 高額な商品の売買のため、護衛が必要だとラリッツは言っていた。


 なぜこんな場所で取引をするのかと疑問に思ったが、私にとってそんな事はどうでもいいし、余計な事を言ってラリッツを不機嫌にさせる訳にもいかなかった。


 しかし流石に怪しむと思ったのだろうか、何も聞いていないのにラリッツは取引場所変更の理由を教えてくれた。


 今回の薬は、店頭での販売許可が下りていないとラリッツは言っていた。その薬の売買をしている所を見られれば、商人としての首が飛ぶと。


 そのため、誰にも見つからずに取引を行う必要がある。犯罪も犯罪だが、そんな事はどうでもよかった。


 取引場所の確認のために会い、もう一度同じ行動をする事によって誰にも見られていない事の確認をし、いよいよ護衛を入れての本番という事だろう。


 理由なんて本当にどうでもよかった。この人が心の底から私の為を思っている訳がないし、私の事をいい金づるだと思っている事も分かっていた。



「ではその薬を、お売り頂けますか?」


「えぇもちろん……こちらになります」



 今までの錠剤とは違い、今回のは液体のようだ。木箱にシッカリと梱包されている様子を見ると、それだけで高価なものだと思ってしまう。


 実際高価なのだろう。こんな危険を犯してまで売りたいのだから、流石は商人といったところだ。



「これが……母の病に効くのでしょうか?」


「可能性がある……とだけ。この薬で目覚めた方もいれば、目を覚まさなかった方もおりますので」



 可能性、それだけで十分だ。


 神の奇跡は起こらなかった。今度は()が、奇跡を起こして見せる。



「買います。お金もちゃんと、準備してきましたから」


「これは貴重な薬です。更には危険を犯してまでお譲り致しますので……多少高額になりますが」



 言い含む様子に苛立ちが募る。今まで取引は値切る事なく全て向こうの言い値で購入してきた。


 その金払いの良さに付け込んだ商売の癖に、今さら何を言い含んでいるのか分からない。


 お金は準備した。後先考えずに、しかし覚悟を持ってここに来た。


 約束通りの貨幣をラリッツに渡し、何も問題なく取引は終わるはずだった。


 しかし、金貨を受け取ったラリッツの口から出たのは信じられない言葉だった。



「……え? 金貨六枚……? そ、そんな!? 金貨三枚のはずじゃ!?」


「まぁ私事ですが、このような場所での取引となりましたので……護衛代とか、危険手当を加算させて頂きました」


「そ、そんなの私に関係ないじゃないですか!? この場所での取引も、護衛を雇ったのもラリッツさんですよね!?」


「無理にとは言いません。この薬を求めている者は大勢いますので、そちらにお売りするだけですので」



 先ほど感じていた苛立ちなど吹き飛び、新たに生まれたのは焦りだった。


 用意した金の倍の額が必要となった薬。仮に用意しようとしたら時間が掛かる。それをラリッツは待ってくれるのか、そもそも母は大丈夫なのか。


 立ち眩みのような感覚が訪れた。自分の身体が自分のものじゃないような、少し気を抜けば倒れてしまうほどにフラフラとなった身体。


 必死に踏ん張り、体を支えてラリッツの目を見据える。


 縋るように、同情を誘うように。あれほど嫌だった、無償の善意を頂けるように。



「お……お金は……用意しますから……売って下さい、お願いします……」


「いつ、ご用意できますか?」


「さ、三か月……い、いいえ! 一か月で用意しますから!!」


「…………」



 形振り構ってはいられない。沈黙したラリッツに媚びるように、昔から褒められてきた容姿を使い、か弱き少女を演出する。


 この容姿に生まれたお陰で得をする事は多々あった。しかし自らそれを使って、相手の善意を引き出した事なんてなかった。


 しかし分かっていた。この容姿があれば、男は多少なりとも善意をくれると。


 そして理解していた。その善意の裏には、下卑た思惑が隠されている事も。



「……申し訳ないですが、あまり待てないのですよ」


「ど、どのくらいなら……待って頂けますか?」



 ラリッツの頬が緩んだのが分かった。これで私が男であったのなら、絶対に見せなかったであろう劣情。


 同情でも劣情でも何でもいい。少しでも私に情をもって、取引が中止されなければそれでいい。


 しかしそれは浅はかだった。浅ましい私の思惑に気づいたかのように、ラリッツは冷静に告げた。



「ですから待てないのです。今日この場で取引を成立させるか、不成立となるかだけです」


「え……そ、そんな……」


「今日の護衛は日雇い、明日以降この場が安全かどうかの確証もない。次の場を設けるとなれば金が掛かります。つまり、薬品の代金を吊り上げる事になります」


「そ、それでもいいですから!! 増額分も、ちゃんと払いますから!!」


「今の代金も払えない貴女に用意できるとは思えません。口約束だけで、信じられるほど私は愚かではありません」



 ラリッツの言っている事はもっともだった。


 今まで薬代が払えなかった事はないし、値切った事もない良い客のつもりだった。


 でもそれは普通の事。普通の商人と普通の顧客の関係。そこには信頼関係などはない。


 口約束など信じられる訳がない。ちゃんと形あるものを提示できなければ、すぐに破綻してしまう関係なのだ。


 そんな絶望的な状況に、救いの糸が垂らされた。



「まぁ……他の物を対価として支払うと言うのであれば、考えなくもありません」


「ぇ……他の……もの……?」



 他に私は何も持っていない……などとは思わなかった。


 私は先ほど、己の容姿を取引の場に差し出した。ラリッツの言った他の物とは、私の容姿、私の体の事だろう。


 商人である以前に男。ラリッツに根付いた劣情は、存外役に立ったようだ。



「エミレア様はとても美しい女性です。そんな素敵な女性が輝ける、素晴らしい場所で仕事をしてみませんか?」


「……私に、娼婦になれと言うのですか?」


「ええ、エミレア様ならすぐに大金が稼げますよ? いい娼館を知っているのですが、如何でしょうか?」



 体を売るというのは、何度も頭を過った事だった。


 娼婦という仕事に対し、蔑みや下に見ている感情はない。ただ自分とは、住む世界が違い過ぎていたため一歩引いて見ていた。


 そんな無知でいた期間が長かったためか、女体を使った夜の仕事に激しい嫌悪感を覚えるようになっていた。


 立派な仕事だと思うが、私には務まらない。華やかな世界であると思うが、私には住めない。


 自分の覚悟なんてこんなものだったのかと思い知らされる。


 足が震える、呼吸が乱れて正常な思考が保てない。母のために決めた覚悟なんて、いとも簡単に揺らいでしまった。


 そんな私に気づかないラリッツの言葉は、私を更なるドン底へと突き落とした。



「まぁ私も融通する分、いい思いをさせて頂ければと思いますけど」


「……それは……どういう事ですか……?」


「あっはは、何を生娘みたいな事を……――――まず私が抱かせてもらいますよ? 今、この場で」



 臆面もなく言うラリッツ。言葉の意味は分かる。娼館に売り飛ばされる前に、この欲の塊みたいな男に抱かれなくてはならないという事だ。


 いよいよ降って湧いた現実に、頭の中が真っ白になってしまった。



「別に初めてと言う訳ではないでしょう? これから大勢の男に抱かれるのですから、別にいいではないですか」


「ぃ……ぃや……そんなの……」


「そうすれば……まぁこの場で薬をお譲りしますよ。不足分は後日回収させて頂きますので」


「わ、私は……い、いや――――」

「――――お母様が、どうなってもよろしいのですか?」



 そして突き付けられた現実。


 頭の中はグチャグチャで、とにかく嫌悪感しかなかった所に生まれた感情。


 もうどうする事もできない。どうにもできない。逃げ道などない。


 覚悟とは違った何かが、私の足を動かした。


 フラフラと覚束ない歩みで進んだ先に待っていたのは、隠されていた偽善意。


 ラリッツの元まで進み、肩に手を置かれても何も感じられず考えられなくなっていた。


 もう、どうでもいいや――――



「――――それは困るな? エミレアの初めては俺が貰うのだから」



 急に背後から聞こえたその声が、誰のものなのかすぐに分かった。


 ゆっくりと振り返るとそこには、どうしようもなくなった時に頼れと言ってくれた、逃げ道を用意してくれた人が、木の枝を咥えながら私を見つめていた。


お読み頂き、ありがとうございます


執筆出来てない状況が続いています

投稿が多少遅れると思います、すみません

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