第十三・五話 自由と黒色冒険者
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「俺は死なないし殺されないぜ」
「言うわね? もう何度か、あなたを殺せたわよ?」
「へぇ~そうなの? でもな……――――もしその気で動いてたら、殺してたぞ?」
「――――ッ!?」
リステアの顔に若干の緊張が走った。少しばかり大きく見開かれた目には驚愕と動揺が見て取れた。
彼女の殺気は研ぎ澄まされた刃物のようなもの。鋭い刃物を付きつけられたら、誰だって死を連想するだろう。
どう表現したら正解なのか分からないが、リステアの殺気は綺麗な殺意と言うのが相応しいのではないだろうか。
殺気たる殺意。マニュアルの、教本のような殺気。
しかしそんなもの、乱暴でただただ強大な殺気の前では児戯に等しい。
覚悟もなければ感情の高ぶりもない。本来、殺意とは感情の暴力であり、相手を殺すと覚悟して放つもの。
作られた殺気に恐怖など覚えない。逆を言えば、力を持たない素人の殺気でも、覚悟が込められていれば誰でも恐怖を覚えるだろう。
「――――ちょ、ちょっと二人とも!? 仲間割れなんて非生産的な事は止めて下さい! サージェスさん、そろそろ動きますよ!?」
「だってこの貧乳暗殺者がよ」
「ほんとムカつく男……これはこれで需要があるのよ!!」
「黒猫さんも! 金額分はちゃんと働いてくれないと困りますよ!?」
ジャスパーの仲介により、場が納まりを見せ始めた。
そもそも俺はエミレアのために、こんな貧乳暗殺者に構っている場合ではなかったのだ。
リステアはリステアで、言葉から察するに雇い主であるジャスパーには逆らえないのか、殺気を消して大人しくなった。
言葉と言えば、一つ気になる事を言ったな。最後に揶揄っておこう。
「黒猫ぉ? コイツが? あら可愛い、猫耳種でしたか」
「うるさい。別に私が呼ばせている訳じゃないわ、周りが勝手に呼んでいるだけよ」
「ふ~ん、なるほどね? そのツンケンしているのも猫っぽいな」
「やっぱり死にたいのかしら?」
再び険しくなるリステアの表情に、慌ててジャスパーが間に入る。
他の冒険者はリステアの事が怖いのか、我関せずを貫いていた。
「か、彼女の二つ名です! 強欲な天使の黒色冒険者、猫耳種という所からそう呼ばれています! 強欲な天使の黒猫、聞いた事くらいあるでしょう!?」
「いや、知らんけど」
しかし黒色冒険者だったのか。それであればあの気配、身のこなしは理解できる。
冒険者の最高峰。冒険者であれば誰もがその頂きを目指し、憧れるもの。
誰しもが染まれる色ではない。類稀なる才能、努力、その結果が黒色。これ以上染まりようがない、最も深き到達点。
「しかし、リステアが黒色ねぇ……」
「なによ? 文句があるわけ?」
「別に文句はねぇよ。ただ……――――冒険者の頂点ってのも、たかが知れてんだなと」
ピキッという音と共に、辺りの空気が張り詰めた。
目の前のリステアは元より、他の冒険者達の表情にも苛立ちが見て取れた。
それはそうだろう。自分の立っている場所が、自分が目指している場所が大した事じゃないと馬鹿にされたのだから。
自分の夢や誇りを笑われて怒る気持ちは分からないでもないが、逆に聞くがなぜ怒るのか。
偏に自信がないから、他人の批評が気になるから。
夢を笑われて怒るのは、その夢に自信がないから。誇りを笑われて怒るのは、その誇りが他人に向けられているから。
誰のため何のために見ている夢なのか、誰の誇りで何に対する誇りなのか。
届いてもいない夢を馬鹿にされて怒っている程度じゃ、三流もいいところ。
リステアの様子から、彼女がどういう人間なのかも凡その把握はできた。
ある種の承認欲求。最高峰へと辿り着いた己の誇りは、自分に誇れるものではなく、他人に誇れるものなのだろう。
それがリステア・カーマイン。
彼女は、二流の最高峰だ。
――――
「――――ムカつく! なんなのよアンタ!?」
「怒った怒った~、激オコッ!! リステアぷんぷんっ!!」
「こいつっ……!? こんなにムカつく男は初めてよ!!」
「そうか、俺が初めての男か」
「変な言い回しするなっ!! もう許さないわよ!?」
「許さないって? 何をどうするってのよ?」
「この仕事が終わったら、覚悟しておきなさい!」
「覚悟って……何されるの俺?」
「私と勝負しなさい! 黒色の力を見せてあげるわ!!」
「はぁ? めんど……俺に何のメリットがあんだよ?」
「私が負けたら、何でも一つアンタの言う事を聞いてあげるわ」
「フラグ乙。なんでもねぇ~……俺が負けたら?」
「アンタの負けイコール死よ。死体を鳥の餌にしてやるわ」
「あっそ。なら俺が勝ったら、黒猫改め白猫になってもらおうか」
「な、なによそれ? 私に白色冒険者からやり直せって言うの?」
「いいや。俺の前で白い下着姿になって……ゴメンにゃんっ! って言ってもらう」
「絶っっ対殺す!!!」
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