第十一話 自由と他人の不幸は金儲け
ルルゥの大冒険から数日後、俺は再びジャスパーと会っていた。
神宮に挑んだあの日、純粋奇跡の制御に時間を大幅に費やしてしまったため、天魔を討つ事なく神宮から撤退していた。
元々の依頼である神宮のマッピングは完遂したため、そこは問題はないのだが。
問題は輝石の実入りが悪かったため、あまり金を稼げなかった事である。
目の前に座る強欲な商人のジャスパーが、アホみたいな対価を求めてきたら支払えない可能性が出て来てしまったのだ。
「――――タバコあるか?」
「僕は吸わないので……そもそもあげる訳ないでしょう? 一本あたりに換算すると白貨――――」
「――――もういい、ほんと金の亡者だな」
まぁタバコも年々値上げされているのだ。昔は、タバコの一本や二本ならあげるのが普通だったが、今の値段では憚られる。
喫煙室で見知らぬ人にタバコちょうだい、どうぞって時代が懐かしい。
まあ、俺はその時代を知らないのだが。今そんな事を言われたら、頭おかしいんじゃねぇか乞食野郎!! と罵倒しただろう。
「本題ですが……エミレアさんが商業連合で会っていた人物が分かりました。名前はラリッツ・ケルバン、ケルバン商会の代表です」
「ふ~ん。まさかその程度の情報で、金を払えとか言わないよな?」
誰だよラリッツって。知らない奴の名前を聞いても知らないのと同じだろうが。明日には忘れてんだから。
「ケルバン商会を調べましたが……面白い事が分かりました。今あの商会の経営は火の車で、今にも倒産してしまいそうなのです!! あはは、ざまみ~」
「人の不幸をここまで隠さず喜べる奴も珍しいな」
「私にとって、商人にとって商人は敵なのですから、おかしな事ではないですよ」
「商人のイメージ変わったわ。なんて陰湿な野郎どもだ」
人は他人より上でありたいと言う潜在意識から、無意識に落ちていく他人を眺めて笑う存在だ。
しかし普通は嘘でそれを隠す。身内ならともかく、他者の前では外面は悲しんでいる振りをして、心では安心を覚えているのだ。
嘘を吐かない商人。陰湿とは言ったが、裏で笑うより表に出して笑う方がいいのかもしれないな。
「マジざまみ~だわ、そのまま財を吐き出してくたばれ!!」
「……やっぱお前は少し隠した方がいいな。ラリッツに何の恨みがあんだよ」
その後ジャスパーからラリッツが行っていた事の話を聞いた。
内容は大した事はない。やはり予想通り、エミレアは何かの商品をラリッツから購入しており、単純に商人と客の関係である事が分かった。
その商品が何なのか、どのくらいの金額なのかは分からないらしいが、定期的に購入しているためそれなりの額なはずだとジャスパーは言う。
「他の情報は?」
「叩けば出てくると思いますが、これ以上は僕の立場も危険に晒されます。相応の報酬を用意できると言うのなら考えますが?」
「相応の報酬ね……具体的にはどんな情報だ?」
「密室で何を取引しているのか……例えば薬品であれば種類、金額、仕入先などですかね。この情報を手に入れるには、ケルバン商会に探りを入れないといけないので」
商業連合から他の商人の情報を得るのは難しい、というかほぼ不可能との話だ。
それほどまでに機密保持。密室のため中でどんな会話が行われているのかも不明との事。
情報を入手しようとすれば、ケルバン商会の方に探りを入れなければならない。言葉にすれば簡単だが、それも簡単ではないという事か。
金もないし、その情報がどこまで役に立つのか分からなかったので頭を捻っていると、ジャスパーは一つの提案をし出した。
「一つだけ、状況を一歩先に進める手段があります」
「状況を進める……? そっちの手段なら、安く済むって事か?」
「いいえ、これは共益です。この手段をとる事によって私にも利益が生まれますので、貴方から料金を頂く必要はありません」
多少危険ですが……と相変わらず怪しく微笑むジャスパーに、気味の悪さを覚える。
完全に商人の顔。利益を求めている時の顔になったジャスパーに、内容を聞かせろと促した。
「商業連合は、基本的には一般人立ち入り禁止なんですよ」
「はぁ? エミレアは一般人だろ? もしかして商人なのか?」
「いいえ、調べましたがエミレアさんは商人ではありません」
「じゃあなんで入れるんだよ?」
ニヤっと笑い、そこなんですよ! っと身を乗り出して大きな声を出すジャスパー。
どうやら付け入る隙と言うのはエミレアの立場のようだが。
「商業連合には多くの者が出入りします。商人はもちろん、運送業者や仕入れ業者など様々な者が」
「なんだよ、商人以外も入れるんじゃねぇか」
「入れます。厳密には――――商証という物を持っている者は入れます」
「商証……冒険証みたいなものか」
商業連合が認めた者にのみ発行される商証。それがあれば、商人でなくとも商業連合に入れるらしい。
であるのであればエミレアにも商証が発行されたのではないかと思ったが、それは違うようだ。
「問題は、商証は一般人には発行されないという事です。一般人が商業連合でやる事なんてないですから」
「……じゃあなんでエミレアは入れるんだよ」
「商証を持っているからです」
「……なに言ってんのアンタ? さっきエミレアは一般人で、一般人には発行されないって言ったじゃないか」
「ええ、ですから……恐らく偽物なんですよ、その商証は」
ジャスパーはドヤ顔をするが、どこに驚いたらいいのか分からない。
もっと深い理由があって、驚愕の事実があるのならまだしも……恐らくって、さらに偽物って。
陳腐、それしか思わなかった。恐らく偽物って……真実が一つもありゃしねぇ。
「……ほんで?」
「商業連合内で一般人との商品取引はご法度なんです。恐らく取引は上手く隠しているのでしょうが、一般人を密室に入れて行う事など、何かしらの取引以外にあり得ません」
「……ほんで?」
「非合法の事を行っているのです。ラリッツが密室の利用が出来なくなるように手を回します!」
「……ほんで?」
「密室を利用するほどの取引です、利用できなくなったらどうすると思いますか?」
「……ほんで?」
「……ちゃんと聞いてますか?」
つまりラリッツとエミレアの取引を、別の場所でさせるという事か。
セキュリティが高い商業連合以外の場所であれば、その取引を見る事だって介入する事だって出来る。
上手く隠した取引。確かに商業連合から出て来たエミレアは、薬か何かを持っているようには見えなかった。
そこまでして得たい物、互いの利になる物。
そんな重要な取引が、部屋が使えなくなっただけで中止される訳がないとジャスパーは言っているのだ。
「奴らを外に誘き出しましょう。そこで、証拠を押さえるのです」
「……悪い顔してんぞ、ジャスパー」
「何を仰います! これは正義の審判です! 商人としての道を踏み外したのであれば、鉄槌を下します!」
とても正義の表情ではないジャスパーだが、悪くない提案だった。
もちろんエミレアの事を優先するつもりだが、例えば彼女が騙されているのだとしたら取引は終わらせた方がいいだろう。
商業連合への手回しに数日いただくと言うので、俺は黙って連絡を待つ事にした。
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