第十話 自由とルルゥの冒険ぱーとつー
「――――ヒィィィィィ!?!? 嫌です嫌ですぅぅぅぅ!!!」
小さな兎耳種の少女の叫び声が響く。
その少女の腕を掴み、奥へと連れて行こうとする悪魔のような男。
叫び声など聞こえていないかのように、彼の歩みと引きずられる少女は止まらなかった。
「あ、あり得ねぇですぅぅ!! ルルゥは緑色ですよ!? 絶対死にますぅぅぅぅ!!」
「はいはい、いいから行きましょうね」
二人がいるのは神が作ったとされる迷宮、神宮と呼ばれる場所だった。
数多の冒険者が挑み、そして散っていった仄暗い死の迷宮。輝石という財宝を求めて、死をも恐れぬ愚か者で賑わう人気アトラクションだ。
得るのは死か栄光か。手にするのは絶望か名声か。
さぁ、張り切って参りましょう!!
「うぅぅぅ……なんでこんな事に……」
「今の内に赤色冒険者になっておこうぜ? 移籍しても緑色だ。つまり……シューマン達より上色の冒険者になるんだぜ?」
「そんな優越感のために命を危険になんて晒せません!! ルルゥはこの前まで冒険者ですらなかったんですよ!?」
「大丈夫だって! 聞いた所じゃ、この神宮は低難度なんだろ? 死亡率三十二パーセント、余裕じゃねぇか」
「どこが余裕ですか!? 三回に一回は死ぬんですよ!? 計算できないのですかサージェス!?!?」
「……あまり騒ぐと、悪魔が寄って来るぞ?」
悪魔が寄って来るとの言葉に、顔を青くしながら押し黙るルルゥ。
子供のように俺の腕にしがみ付き、目を瞑りながら恐怖に耐えている。
そんな彼女の不安をなくすため、いつものように彼女の頭を撫でて落ち着かせる。
「安心しろ、お前は俺が守る。何があってもな」
「あぅ……ぜ、絶対ですからね!? は、離れちゃ嫌ですからね!?」
「なら、しっかり捕まえておくんだな」
「……絶対に、離しません……」
あれだけ恐怖に顔面を引き攣らせていた少女は、薄暗い中でもハッキリと分かるほどに赤くなり、腕のしがみ付きも強くなった。
そして感じる……僅かに感じる女性特有の柔らかみ。うん……僅かだ。
「サージェス、失礼な事を考えてますね?」
「……そうだな、僅かでも柔らかいものは柔らかい。僅かでも」
「僅か僅かうるさいです! そ、そんなに私の胸は……ダメですか……?」
「俺、どっちかって言うと貧乳好きだぜ? って事で、触っていい?」
「ひ、ひんにゅっ!? どんな事で触るんですか!? 少しなら!! いいですけど……」
「いいのかよ……では、頂きます――――」
なんて甘い空気を出し始めた所を、空気を読めない奴らに襲われため中断。
排除後はそんな空気もなくなったため、当初の目的である神宮攻略を再開した。
神宮は神が作った迷宮と呼ばれている通り、内部は迷路のような構造となっている。
迷宮は刻々と姿を変える事で有名だが、その理由は解明されている。最深部に鎮座する、天魔の影響だ。
天魔が放つ人外の神力が迷宮に影響を与え、形を作り替えるという。
本当かどうか分かったもんじゃないが、一つだけ確かなのは、神宮や神殿には天魔がいるという事。
今回の最終目標は天魔の討伐。最低でも冒険者組合の依頼である、神宮のマッピング作業は完遂したい所だ。
「でもサージェス、マッピングとは言っても、神宮は神殿と違って内部が作り変わるのですよね? 意味あるんですかね?」
「作り変わると言っても、一日二日で変わるもんじゃない。作り変わる前に神宮を攻略したい奴らのためじゃないか?」
神の軌跡の神宮攻略方法もそうだった。先遣隊が神宮の構造を把握し、実行隊に攻略を任せるのがセオリーだ。
そうして把握した構造情報を元に、内部変化が起こる前に神宮を攻略し、可能であれば天魔を討ち輝石を手に入れる。
実行官は単独の初見でも攻略できるだろうが、そんな事に実行官は動かないだろう。
「それに天魔を討てば、新たな天魔が生まれるまで内部変化は起こらない。依頼書の特記事項にもあっただろ? 可能なら天魔を討てと」
「て、天魔なんて……討てるのですか?」
「討っていい奴は、討たれる覚悟のある奴だけだ」
「は、はい? つまり……死ぬ気でかかれと?」
オロオロとしだしたルルゥを引きずり、奥深くへと進んでいった。
記録の奇跡は発動済みなため、歩き回るだけでマッピングの依頼は完遂する。
ただ俺は、天魔を倒して輝石を得るつもりでいた。もちろん、金になるからだ。
ここまで足を運んだんだ。ルルゥの依頼達成が最優先ではあるが、ついでに輝石も手に入れておきたい所だ。
「おっとストップだ、ルルゥちゃん」
「な、なんですか? 嫌な予感しかしないです……」
「感情が読めるって大変だなぁ。お察しの通り、この先に悪魔の群れがいます」
「や、やべぇじゃないですか……逃げましょうよ……」
急にコソコソと小声で喋り出したルルゥ。流石にこの場で叫び声を上げれば、奴らに気づかれると思ったようだ。
意外に冷静じゃないか。それであるのならば大丈夫だ。
「冒険者ルルゥよ、そなたに試練を与えます」
「いらないです!」
「受け取りなさい」
「いらないです!!」
「これは冒険者として必要な――――」
「――――やぁなのぉぉぉぉ!!!」
なんだコイツ。それでも冒険者か?
ガキの癖に庇護欲全開の媚びた目で俺を見上げるルルゥ。以前に俺が教えた女の武器を最大限に活用していやがる。
可愛い、しかし心を鬼にしなければ。危なく絆されるところ可愛い、めっちゃ可愛い。
心の鬼がルルゥの可愛さに膝を折ってしまったようだ。
「なら助けてやるから抱かせろ」
「人でなし!! 変態ッ!! ピンク色の鬼なんて初めて見ましたよ!?」
「お前なぁ、冒険者だろ? 困難には立ち向かわないと」
「困難すぎます! 不相応な困難は無謀と変わりません!!」
ダメだこりゃ、完全に心が折られていやがる。
この先の悪魔は大した事なさそうだが、俺は一瞬思ってしまった。
もしかしたらルルゥには難しいかもと。それをルルゥは感じ取ってしまったようだ。
「ルルゥ、ついでだから感情把握の制御を教えてやる」
「えっ本当ですか!? お、お願いします!!」
腕にしがみ付いていたルルゥは俺から離れ、真剣な顔をして俺と向き合った。
そんな彼女の頭に手を置いた俺は、ゆっくりと純粋奇跡について話を始める。
「基本的に、純粋奇跡は体の一部に宿ると言われている。ルルゥの場合は目だな」
「目……ですか? でも、目を閉じても相手の感情は分かりますよ?」
「そりゃ目で感情を見ている訳じゃないからな。力の根源が目に宿っているだけで、感情を読み取っているのはあくまで神の奇跡によるものだ」
ルルゥの宝石のような赤い目に宿る純粋奇跡:感情把握。
簡単に言えば、目が輝石になっているようなものだ。つまり、ルルゥは目を潰されれば純粋奇跡を失う事になる。
生まれ持った力。体の一部として己に馴染んでいる力は、輝石で起こす奇跡とは比べ物にならないほどに強大な力を持つ。
神力を輝石に流し込んで起こす奇跡とは違って、体の一部である純粋奇跡は、身体中を巡っている神力に反応し、無意識に奇跡を発動させてしまう事がある。
今のルルゥの状態がそれだ。無意識なのであれば、意識させればいいだけ。
「目を閉じて、目に宿る力を感じるんだ。ずっとそこにあって、生まれた時から一緒だったお前の力を」
目を瞑り、何かを探るような仕草を見せ始めるルルゥ。
そうして生まれた意識を誘導し、純粋奇跡に辿り着くためのフォローをする。
導かれた意識は見事に純粋奇跡へと辿り着き、ルルゥは驚いたように目を見開いた。
「わっ……い、今なにか……ありました!!」
「それが純粋奇跡。神がルルゥに与えた、特別な力だ」
頬に両手をあて、ずっと一緒にいたけど見失っていた友達と再会でもしたかのように顔を緩ませたルルゥは、再び目を閉じる。
そんな様子を眺めながらタバコに火を付けようとしたが、箱の中身は空っぽだった。
――――
「――――ムムム……」
「ルルゥさん? どうしたのですか?」
「アイシャさん。今、サージェスの事を考えてますね?」
「ええ。というか私は、常にサージェス様の事を考えていますが」
「常に!? 通りで……まだまだ制御しきれていないようです」
「制御? よく分かりませんが……」
「ふふふ。私とサージェスだけの秘密です」
「はぁ、そうですか」
「ちなみに、私は今気分がいいので、一つだけ良い事を教えてあげます」
「はぁ、なんでしょうか?」
「サージェスは…………貧乳好きだったのです!」
「はぁ…………なんですって?」
「ふふふ。今、焦りが生まれましたね? 焦った所でどうしようもないと思いますけど」
「……おかしいですね? 先日、サージェス様は私の胸を触りながら、お前の胸が一番だと言っていましたが」
「なぁ!? そ、そんな訳ありません! サージェスは貧乳好きの変態なんです!」
「いいえ、サージェス様は私の胸だけが好きな変態です」
「限定的!? そんなの卑怯です!」
「仕方ありません、それが事実ですので」
「ぐむむむ……」
「うふふふ……」
「だからさ、本人がいない所でやってくんない?」
お読み頂き、ありがとうございます
明日の投稿は微妙です




