第九話 自由と眠り姫と金至上主義者
エミレアを追って、神の聖典が運営する医療施設に忍び込んだサージェス。
とある部屋の中からエミレアの声が聞こえたため、聞き耳を立てていた。
エミレアの声しか聞こえないが、話しかけている様子があったため誰か他の者がいる事は分かった。
そうして、一時間ほど聞き耳を立てていると、エミレアが部屋から出てくる気配を感じたため、咄嗟に物陰に姿を隠すのだった。
「――――お邪魔しま~すぅ」
エミレアの事をやり過ごし、彼女が出て来た部屋の中に侵入した。
ストーカーの次は不法侵入、彼女に訴えられたら俺は犯罪者になってしまう。なんて言ってみるが、俺の知っている彼女であればそんな事はしないだろう。
俺が知りたかったのは彼女の影。何を抱えているのか、何を隠しているのか、彼女の本心は、本当の姿は何なのかを知っておく必要がある。
――――依存させる。
目的はそれだ。もし彼女が、なにか良からぬ事をしていて、傍に置いておきたくない人物ならば手を引く。
まぁそんな子でないとは思っているが、他人を何の証拠も理由もなく信じられるほど、俺は綺麗な世界を生きてきていない。
「ほ~……綺麗な人だな、エミレアの姉ちゃんか?」
個室のベッドに横たわっていた人物は、エミレアによく似た綺麗な人だった。
エミレアとこの人を並べれば、大多数の者が身内と思う事だろう。それほどまでに彼女達は似通っていたのだ。
「……意識障害か?」
横たわる彼女はちゃんと呼吸をしていた。しかしその呼吸は小さく、遠目から見れば亡くなっていると思ってしまうかもしれないほど。
なにより生気がない。苦しそうにはしていないが、頬はコケ体はやせ細っていた。
周りを見渡しても何もない。最低限生活するための道具も、飲み水の一滴すらない簡素すぎる室内。
ただ生きているだけ。その言葉以外なにも浮かばなかった。
「ちょっと失礼しますよ、お姫様」
眠り続ける彼女の頭に手を置き、髪を撫でつつ彼女の意識を探った。
眠っているのであれば、起こせばいいだけ。目が醒めないのであれば、醒まさせればいいだけ。
早くもエミレアの悩みを解決か? なんて軽い気持ちだったのだが……。
「……なんだこれ? 空っぽ……?」
何の意識もない。何の感情もない。
ただただ空っぽ、そこにあるはずのものがない。
唯一感じたのは、奇跡による延命措置の痕跡。恐らく神の聖典が、彼女の命を繋ぎとめる奇跡を起こしたのだと思うが、具体的になんの奇跡が作用しているのかまでは分からなかった。
何もなければ、何もできない。喚び醒ます何かがなければ、喚び醒ませない。
「ふ~ん、そういう事ね」
彼女が眠っている理由、ここにいる理由、凡そ予想はついた。
胸糞悪ィ……と思うと同時に、分からないのはやはり商業連合。
俺は次の行動を考えつつ、眠り姫の部屋を後にした。
――――
――
―
眠り姫の部屋に侵入してから数日。あれから二回ほど、俺はエミレアのストーカーとなった。
最初のストーカー時と同じように、商業連合に行ってから神の聖典に足を運ぶエミレア。
もしかして商業連合は関係なく、あの日たまたま立ち寄っただけかもという予想は覆された。
商業連合と神の聖典。この二つに結びつきがあるのかは分からないが、エミレアの悩みには両方が関わっているのは間違いないようだ。
商業連合でエミレアは何をしていたのか。それを知るため俺は、唯一ともいえる商人の知り合いをカフェに喚び出していた。
「――――お久しぶりですっ! サージェスさん!!」
「わざわざ悪いな、ジャスパー」
ジャスパー・モンドレル。
モンドレル商会の代表で、昔ながらの友人である男だ。
年齢は俺より一回りも上だろうが、彼の纏う雰囲気と人懐っこい笑顔がそれを感じさせない。
こんな優しさが溢れる顔で、商人の世界を渡っていけるのかと思った事もあるが、若くして成功しているジャスパーを見ると、外見など関係ないのだと思う。
俺はコイツの事が大好きだった。だってコイツの店のタバコ、他の店より安かったんだもん。
足しげく通った事で、いつの間にかプライベートで杯を交わす様になった間柄だ。
友人と呼んでも、いいのではないだろうか。
「今日はどうしました? 最近なかったですけど、またタバコの大量発注ですかね?」
「いや……いま無職だからな」
「……えっ? 無職…………ほな、サイナラ」
そういって友人は、珈琲を一口も飲まずに帰ろうと席を立った。
金の切れ目が縁の切れ目と言うのだろうか、流石に酷い。金がない奴は友人じゃないとでも言うのだろうか、流石は商人だ。
「待てバカ!! 世の中、金が全てじゃねぇんだよ!!」
「世の中、金が全てです。職なしに用なし……ほな、さいなら」
「待てと言うにッ!! これを見やがれ!!」
机の上に王ランクの輝石である王刃を叩きつけた。
その瞬間、目の色が変わるジャスパー。出口を向いていたつま先はクルリと周り、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
優雅な動作で珈琲を飲み、俺の目を見ながらこう言った。
「我が友よ、悩みごとがあるなら話を聞きま――――」
「――――もう友じゃねぇよ、知人だ」
「そんな事を言わないで下さい! 金があるなら友人です!!」
「お前、すげぇ事を言ってんぞ? 商人の感覚は一般人とは違うんだ。金で友情は買えねぇんだよ」
「……サージェスさん、緑貨をあげますので僕と友達になって下さい」
「ハイ喜んでェェェェ…………っふ、金で友情は買えるようだな」
「ええ、金で買えないものはありません」
ニコっとはにかむジャスパー。カッコいい……この子、カッコいい!!
そこまで言い切れる事に尊敬する。よく金では時間は買えないだとか、愛は買えないだとか意味不明な事をほざく奴がいるが、それは間違いだと思い知らされた。
買えるんです。金があればなんでも……奇跡すらも買えるのですから。
「それで、その輝石を売って頂けるという事ですか?」
「う~ん、これ便利なんだよな~……俺が言いたいのは、金は作れるから頼み事を聞いてくれって事だ」
「いいですよ。対価を頂ければ、死力を尽くします」
商人の顔になったジャスパーに、エミレアが商業連合に出入りしている事を話した。
エミレアが中で何をしているのか、とりあえずはそれを知りたいのだ。
「――――なるほど……まぁその程度であれば」
「タダでやってくれんの?」
「この世にタダはない。無償の施しは、先を見据えた利益への投資。貴様に投資価値があるか?」
こわっ、この子こわッ!? なにその眼光、元実行官もビックリだよ。
この男の前で無償という言葉は厳禁なようだ、気を付けなければ。
「裏口から入ったという事は、特定の商人と面会しているからでしょうね」
「特定の商人?」
「ええ。自分の商店などで話せない密事など、商業連合のセキュリティが高い部屋で密会する事はよくあります」
「なるほど、何か後ろめたい事でもしてんのかね」
「それは何とも言えませんが……一つだけ言えるのは、金の匂いがするという事ですね」
そう言って怪しく嗤うジャスパー。金の匂いを嗅ぎつけたのか、何やら思案に耽っている様子は、まさしく金の亡者であった。
「通常、商業連合の密室には一般人は入れません。そのエミレアと言う方は商人ではない、とすれば何かがあるのでしょう」
「何かって?」
「例えば違法な商品の取引、法外な金銭のやり取り……とか」
「そんな事を商人がするってのか? 俺の商人のイメージにはないな」
「商人とはいえ、強欲な人間ですから。もしそうなら……欲に塗れた愚者から金を搾取し、商いの世界から永久追放する……面白くなりそうです」
商人は横の繋がりが強いと同時に、商人の敵も商人であるとジャスパーは言った。
違法行為を行っているのであれば、商人として見過ごせない。
とは言ってはいたが、ジャスパーは単純に新しい金儲けの種を手に入れたようだ。敵を落とせば、自分の利益になるのだから。
情報収集に数日ほしいといい、ジャスパーはカフェを後にした。
しっかりと、自分が飲んだ珈琲代だけを払って――――このくらい奢ってよ。
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