第八話 自由とストーカー
会話ありません
シューマンから情報を聞いてから、数日が経っていた。
そんな大した情報ではなかったが、エミレアは週に何度か決まった行動を取っているらしい。
用事がある、予定があるとエミレアはどこかに行くようだ。シューマンは尾行をしようと思ったらしいが、エミレアは中々に警戒している様子で断念したらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが俺様。実行官ならともかく、一介の冒険者の少女程度であれば気づかれずに尾行できます。
そして今日、俺はエミレアのストーカーとなっていた。
「はぁはぁ……エミレアたん…………なんてね」
彼女はあからさまに周りを見渡してはないが、他人の気配に気を配っている気配がある。ん? なんか頭痛で頭が痛いみたいな感じになってしまったか?
それに、黙ってついて行く事だけを考えていたせいで気づくのが遅れたが、エミレアはワザと遠回りをして目的地に向かっているようだ。
余程の警戒か、後ろめたい事があるのか、第三者に行動を指示されているのか。
どちらにしろ、彼女に見つからないように尾行するのは問題ない。
――
―
エミレアの尾行を始めてから少し、やっとエミレアは目的地に辿り着いたようだ。
実に大きな建物で、引っ切り無しに人や馬車が行き交っている。大きさだけ見れば、四大組合より更に大きい敷地と建物を有している。
それもそのはず。詳しくは俺も知らないが、この建物、この施設がなんのためにあるのかは流石に知っている。
「――――商業連合」
冒険者と同じく、弱肉強食の世界に生きる者、商人。その商人達が作り上げた巨大な連合組織、それが商業連合だ。
掲げる旗は傾いた天秤、追及するは利益と独占。実に清々しく実直な連中で、俺は昔から好感を持っていた。
利だけを追い求めるが、公平な秤を持つ者達。相手を吞み呑み込まれ、搾取し搾取される。自らの方へと天秤が傾くように死力を尽くす。
しかし彼らはそれを隠さない、嘘を吐かない。公平で平等な場を用意し、机上で知恵だけを武器に戦いを繰り広げるのだ。
吞まれた方が悪い、搾取された方が悪い――――気づけなかったお前が悪い。
全ては自己責任。全てが対等な上で行われる知恵の戦。天秤の傾きにケチを付けるのはただの素人、ただの愚か者。
もっとも、これらは商人同士の場合の話で、一般人には何の関係もない話だ。
「そんで、なんでそんな場所にエミレアが?」
ここは商業連合、商店ではない。
買い物をするなら街の彼方此方にある商店で行うもの。商業連合は商人のための施設のはずで、冒険者であるエミレアが足を運ぶ場所ではない。
そんなエミレア。正面にある入口を迂回し、側面にあった入口より中に入った。
なにその裏口? 守備隊もいるし……少なくとも普通じゃないのは確定じゃん。
「さてどうするか……中で何をしてんのか」
とはいえ、四大組合や組合連合会より警備が厳重な商業連合。金の動きは冒険者組合以上で、様々な物資や様々な人が入り乱れる。
そんな中に、商人でもない一般人の俺が入るのは難しい。正面のゴタゴタしている辺りは大丈夫だろうが、エミレアが入った裏口からは厳しい。
守備隊を無力化すれば入れなくないだろうが、そこまでのメリットがあるかと聞かれれば怪しいものだ。
俺は裏口の様子が見られる所に待機し、エミレアが出てくるのを待つ事にした。
――――
――
―
予想に反して、エミレアはものの数十分で商業連合から出て来た。
特に変わった様子は見られない。商業連合に来たのだから、何かを購入でもしたのかと考えたが、何かを持っているようには見えなかった。
ともあれば、やはり借金だろうか? 商業と言えば金、金は命より重いと考えるのが商人だ。
もし借金をしているのであれば、商人の追求からは逃れられない。不当な利子を付ける連中ではないが、どんな事があっても金は必ず回収するだろう。
――――その後もエミレアの尾行を続けたが、彼女は宿には戻らず別の場所に向かっているようだ。
今回は先ほどとは違い、特に遠回りをするような移動はしていない。一目散に目的地に向かっているし、心なしか急いでいる様にも見えた。
「――――ここは……なんとなく読めてきたな」
商業連合を出たエミレアが、そのまま向かった先にあった施設。
特に煌びやかでもなければ、冒険者組合や商業連合の様に大きな建物と言う訳でもなく、いたって普通の建物。
目を引くのは、エミレアが入って行った建物の隣にある、荘厳と神聖な雰囲気を醸し出している大きな建物だった。
「神の聖典ね……」
もはや誰でも知っている、世界で一番有名な教会が隣に鎮座していた。
神の軌跡が運営する宗教組織、神の聖典。
神への祈り、神への願いや懺悔を聞き届けてくれる教会であり、人々は神の聖典を崇拝している。
その恩恵として人々を様々な怪我や病気から救ってくれる医療施設でもある。
総本山は北方諸国にある聖都アハムカイトにあり、各地にその聖典を開いていた。
「神の軌跡が絡んでるのかね……」
エミレアが入って行った施設は、神の聖典が運営している医療施設の一つだった。
その証拠に、施設の入口には聖典騎士と呼ばれる連中が警備を行っていたのだ。
教会や施設の入り口にも、彼ら聖典騎士も携えている白と黒の線で描かれているシンボル。白い十字線の上に、黒いバツ線が十字線を塗りつぶすかのように描かれていた。
もちろん表向きの活動に問題点などない。医療行為を受けるための料金は良心的だし、多くの人を救ってきた偉大なる組織。
その裏では……何をしているのかは詳しくは知らないな、興味もなかった。
ただ真っ当な事ではないのは確かだ。あの女がトップに君臨するこの組織が、本当の意味で人々のために存在している訳がない。
「教会は警備が厳しいだろうが、医療施設なら何とかなるな」
ストーカー極まれり。ここまで来ておいて、何もせずに帰るつもりは更々なかった。
エミレアの行動からして、この施設に病に侵された者でもいるのだろう。その者を癒す薬か輝石を、商業連合から購入している。
だが金が足りない。その薬が高額なのか、はたまた別の理由なのかは分からない。
しかし、場所が神の聖典なのが解せない。神の聖典に身を寄せている以上、薬など必要ないはずだが。
まずは彼女の行動理由を知ろうと、無駄に高い身体能力をフル活用してエミレアの後を追いかけた。
――
―
俺は開いていた窓から医療施設に潜り込んだ。
入ってしまえばコッチのもの。病人に面会しに来た振りをして、堂々と廊下を歩けば誰も気に留めない。
そうして施設内を歩き回っている時に思った。この施設は入院用の施設であるという事。いくつかの部屋があり、中からは人の声が微かに聞こえて来ていた。
それは別におかしな事ではないが、この施設は神の聖典に連なる施設なのだ。
極端に言えば、神の聖典に治癒できない怪我や病気はない――――金さえ払えば。
高ランクの治癒輝石を有する組織、その奇跡を起こせるだけの優秀な術者も揃っている。
つまりこの施設に入っている者は治療待ちの患者か、治療中の患者という事になる。金がなければ入院など出来ない……いいや、入院などさせる訳がない。
上手い事を言って、金がない者を入院させないようにしているはず。外面は慈悲深い組織という体裁なのだから、金がないからと言って門前払いはしないだろうが。
分からなくなったのは、エミレアはなぜ商業連合に赴いたのかという事。
この施設に入院できた以上、治癒を受けるだけの金を支払ったという事だろう。
神の奇跡が、人が作った薬なんかに劣る訳がない。神の聖典の庇護を受けているエミレアには、商業連合の薬は必要ない。
商業連合に赴いた理由は別にあるのか? そもそも治療の金を支払い済みであれば、もう金の工面は必要ないのではないか?
そんな事を考えながら施設内を歩いていた時、とある部屋からエミレアの声が聞こえたため、俺は歩みを止めた。
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