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第六話 自由と天使は俺のもの

 





 俺はシューマンと酒場へと移動した。


 なにやら話があるという事だが、あまり真面目な話は好きではない。


 それは面倒だからという意味ではなく、あまり深入りしたくないからという意味だ。


 神の軌跡に所属していた時の処世術、といった所だろうか。


 嘘を仮面に塗りたくり、それを身に付け接触してくる奴が多かった。俺の力を、俺の財を、俺の立場を利用しようとする者が多かったのだ。


 それは否定しない。自分を高みへと押し上げるために、上に上がるために他人を利用するのは当然の手段なのだ。


 しかしそんな奴らに、付け入る隙を与えれば取り込まれるだろう。力があろうが立場が高かろうが、口が上手い者には頭では敵わない。


 武はどこまで行っても武。戦乱の世の中じゃない、力こそ全ての世界じゃないのだ。気に入らない者を武で蹴らしていけば、必ず知の壁にぶち当たる。


 その知を前にして、問答無用で武を振りかざせない世界。個で暴れる武は、全で纏まる知に敵わない、全の集合意識がそれを認めない。


 全の前で個は無力。圧倒的な力を持つ英雄などいない。世界は、人はそんなに単純ではない。都合などよくはない。


 ゆえに――――嘘を武器に、力を誇示せよ。


 一人でいたくないのなら嘘を吐け、孤高でありたいのなら力を示せ。


 誰からか聞かされた時は、逆ではないのかと思った。嘘吐きから人は離れ、力持つ者に集まるのではないかと。


 それは世界が平等だった場合の話。人は醜いもの、疑うもの、畏れるもの。


 綺麗事の裏には醜い顔があり、真実を聞く心は疑惑に塗れ、己と違う力を畏れる。結局のところ、人は自分にとって都合のいいものを好む。


 嘘は武器だ、悪い事ではない。この世界は、嘘を吐かなければ生きづらい。


 より良く生きやすくするための矛であり盾。武器を持たないで、他者の前に立つのは危険なのだ。


 なぜならば、大多数の者も武器を持っているのだから。自分だけ武器を持たず曝け出す必要はない。


 武器を持たなくてもいい相手は、ほんの一握りでいい。世界は、綺麗じゃないのだから――――



「――――ブッフゥ!! ゲッホゴホッ……」


「うわっ! 汚ッ!! なんだよイキナリ!?」


「俺、なに言ってんだろ? 綺麗じゃないのだから……だってよ。クサすぎ、酔ったのかな?」



 目の前に座るシューマンに酒を吹き出してしまった。酒も滴るいい男になったシューマンだが、その顔には怒りが浮かんでいる。


 長々なにを考えていたのか、酒が回ったせいなのか思い出せない。



「つまりなんだ、俺は嘘吐きって事だな」


「はぁ? なに言ってんのか全然分からねぇよ……」


「大丈夫、俺も何を言ってんのか分からねぇから」



 酒を飲み始めて早数時間、ただただ酒を飲みバカ騒ぎをしていた俺とシューマン。


 何のためにここに来たのか、そんな事を考えたら嘘吐きの話になっていた。


 俺は別に楽しいからいい。ここはシューマンの奢りだって言うし、何の心配もしていない。あるとすれば、アイシャに連絡をしてないので少し可哀そうかもと思うくらいだ。



「……嘘吐き……ね」


「なんだよ? 今度はお前が人の真理に迫るのか?」


「なんの話か知らないが……ここに来たのはさ、エミレアの事でなんだよ」



 杯をテーブルに置き、少々表情が暗くなったシューマンがゆっくりと語りだした。


 それはエミレアの事。以前より影がある子だとは思っていたが、予想通り何かしらの問題を抱えているようだ。


 俺は風穴の輝石を起動させ、残り少なくなった煙草に火を付け煙を吹かしながら、シューマンの話を聞いた。



「エミレアは、組合を移籍するつもりはないそうだ」


「ふぅ~……そうか、なんとなく気づいてはいたが」



 それは予想通り。出会った時もそうだったが、エミレアは自由な片翼……というか冒険者に固執している。


 あんないい子なのに、あんなに辛そうな顔をしながらもシューマンを見捨て、冒険者にしがみ付いた。なにか理由があるのだろう。



「前にさ、蟻蜘蛛の討伐依頼を受けただろ?」


「ああ、なかなか面白い冒険だったぞ」


「その時、キングが上級の輝石を落としたのを覚えているか?」


「そうだっけか? まぁどちらにしろ、お前達の報酬として渡しただろ?」



 シューマンに言われて思い出す。確かにキングは輝石を落としていた。


 あの時は、報酬が出ない特別依頼だと言う話だったから、せめてもの報酬にとシューマン達に渡したはずだ。



「そういや、あの輝石はどうした? 上級でも永久輝石だ、お前達からすればお宝だろ?」


「ああ、魔術師(ソーサレス)にピッタリの輝石だったから、エミレアに渡したんだよ」


「ふ~ん、使う事を選んだのか。まぁ、いいんじゃないか?」



 永久輝石は売ればそこそこ金になる。王ランク以上の永久輝石なんて、売れば数年間は遊んで暮らせるほどの大金となるはずだ。


 上級と言っても、当分の生活費にはなる。しかし冒険者にとって永久輝石は魅力的なもの。


 単発輝石が主流となった今の時代、永久輝石を持つ事は冒険を優位に進めると同時に、一つのステータスであった。



「……売ったらしい」


「売った、らしい……? お前に相談もなくか?」


「相談はなかった、事後報告……だな。でも流石に問い詰めたんだ」



 パーティーの物資を相談もなく売り捌いたエミレア。それだけ聞けばもの凄く感じが悪い。


 流石にシューマンも見過ごせず、エミレアに理由を問い詰めた。そんな事をする子じゃない、それは誰もが思う事だろうが、誰しも裏の顔を持つという事か。


 問い詰められたエミレアに驚いた様子はなく、バレる事を前提で売ったらしい。


 それほどまでに切羽詰まていたのか、他の理由かは分からないが、彼女は苦し気な様子で語ったという。



「――――ようするに、どうしても金が必要だと……」


「ああ。金がいる理由ははぐらかされたが、どうしても稼がなければならないらしい」


「まぁ冒険者は金を稼ぐにはうってつけだからな、危険はあるだろうが」



 とは言っても、少し前まで彼らは黄色冒険者で、報酬はそこまで高くないはず。大金を稼ごうとしたら、手っ取り早いのは輝石を売るか、体を売るか。


 しかし昇色し、緑色冒険となったシューマン達であれば赤依頼も受けられるため、頑張れば実入りはそこそこだろう。


 危険はあるが、今の状況であれば仲間の不評を買ってまで輝石を売るなんて事、するとは思えないのだが。



「相当な額を集めなきゃないのか、借金か……その辺りか? 時間的猶予もなさそうだ」


「そ、そうだよな。だから、その……協力してやりたいんだけど、金となるとな……」



 塞ぎ込むシューマン、なんとかしてやりたいとの想いがハッキリと伝わって来る。


 確かに大金となると中々難しい。俺も以前、上級輝石を二つほど譲った事がある。


 それを売っても目標額に届かない、相当な額が必要だという事だろう。


 そんな金が必要な状況で、移籍なんてしたら黄色冒険者に降色。それでは目標まで更に遠のく事になる。


 本来なら有無を言わず断る所だが、俺とシューマンには輝石を譲ってもらった恩義もあるため、移籍話を断りづらかったという事か。



「なぁサージェス。お前は金……ある訳ないよな、無職のヒモだし」


「ある訳ねぇけど、もう少し言い方ってもんを考えろよ」



 ただまぁ、金という現物を揃えるだけでエミレアが手に入るなら安い物だろう。


 心の問題とか、精神や性格的な問題なら兎も角、彼女を縛っているのが金だというなら話は早い。


 金で彼女の自由を買う。聞こえは悪いが、俺の自由だ、誰にも文句は言わせない。


 エミレアはもう俺の()()だ。俺は彼女が欲しい、彼女の笑顔が、体が、心が欲しい。


 彼女に暗い顔は似合わない。下心? ありありだよ、それの何が悪いんだ?


 下心を抱くほど、エミレアは魅力的な女だという事だ。魅力は彼女の力であり才能、彼女の努力の結晶。


 随分と邪で、滑稽な理由だと思う。無償ではない、俺は聖人ではない。俺は俺のために、アイツが欲しい。


 俺は空になった煙草の箱を見つめながら、天使の事を手に入れようと決意した。


お読み頂き、ありがとうございます

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