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第四話 自由と最後の条件

 





 守備隊に常駐員の申請をした後、俺はアイシャの元に戻った。


 たった数時間しか経っていないのに、建物の中はすでに備品で溢れ、ボロさに目を瞑れば冒険者組合と言って差し支えないほどに整っていた。


 有能すぎるアイシャ・ログレス。大きな書類棚、テーブルや椅子など、彼女のセンスが光るチョイスに満足するが、一体どうやってこの短時間で運び入れたのだろう。


 床を清掃していたアイシャに尋ねると、自由な片翼の職員時代の伝手を使ったらしい。


 それはおかしな事ではないのだが、その後に出た彼女らしからぬ言葉には驚いた。



「男って案外単純なのですね。ちょっと笑顔を見せれば、最優先かつ最安価で動いてくれるのですから。これも男に慣れるための一環です」



 以前聞いた話だと、アイシャは男性に笑顔を見せた事がないという事だった。それは流石に大袈裟だろうが、あまり見られるものではない事は確かだろう。


 その笑顔が自分だけに向けられたのだ。男なんてイチコロだろうさ。


 笑顔を見せるどころか手駒に取るとは、彼女の成長は目を見張るものがある。



「――――出来ました、どうぞ」


「おう! いただきま~す!」



 日が暮れるまで組合の掃除をした俺達は、アイシャの家に戻って食事を取っていた。


 もう何回ここに来ているかも忘れるほど、勝手知ったる我が家の様になってしまったアイシャの部屋。


 嬉しい誤算としてはアイシャの家が組合の近くだったという事だな。



「うん、相変わらず美味いよ」


「ありがとうございます」


「俺の妻になる?」


「してくれるのですか?」


「無職でいいなら」


「ダメです」



 無職夫婦。とてもそんな悲惨な雰囲気は感じられないが、現実だ。


 アイシャはずっといた思い入れのある職場を捨ててまでも、俺に付いて来てくれたのだ。


 失敗する訳にはいかない。失敗したとしても、何が何でもアイシャの事は幸せにしなければならない。


 それが自由にやった責任だ。覚悟を持って、責任を。



「……貴方様といられれば、私は幸せですよ?」


「お前、人の心が読めんのか?」


「読めません、顔に書いてありましたので」



 組合職員として様々な者を見てきたアイシャは、人の表情を読むのが得意なのだろう。


 ポーカーフェイスは苦手だ。別の感情を喚び醒まして、表情を意図的に変える事はできるが、何かしらの感情は表に出てしまう。


 ポーカーフェイスと言えばやはり、アイツの顔が思い浮かぶ。神の軌跡で、俺の秘書官(セクレタリー)を務めてくれていた女性。


 冗談抜きで、俺はアイツの笑う顔を見た事がなかった。



「さて、明日からの行動ですが……」


「おう、明日も掃除か?」


「掃除……というか、組合の事は私にお任せください。サージェス様には、大事な仕事があります」


「大事な仕事?」


「はい。仕事と言うより……組合を設立するための、()()()()()です」



 まだあったのかよ……そう顔に出てしまったのだろう。


 俺の顔を見るアイシャの目が若干キツくなった。大方、お前が頑張らなくてどうするんだよ? そんな事を思っているのだろう。


 まぁここまで順調に来ているはず。最後という事は最後という事だ。


 これをクリアすれば、俺はいよいよ冒険者になれるのだな。



「なんでも来いや!! 俺に不可能はない!!」


「所属する冒険者が最低、五名必要です。つまり、あと四名の冒険者を登録しなければなりません」


「なんだ、簡単じゃねぇか! えっと……俺とシューマン、エミレアにルルゥ……ん? 今、何人だ?」


「四人ですね」


「足りないじゃないか!?」


「足りないですね」



 なんてこった!? 僕は友達が少ない!! はがない!! たった四人も集められないとは……。


 誰か他にいないか? この街に来てからの知り合い……ガイエンとか? なんか最近、奇跡の目撃者とか言われているらしいが。


 ともかく、そこら辺を当たるしかないか。誰か一人くらいなら、見つかるだろ。



「そもそも、シューマンさん達は来てくれるのですか? 四大組合に所属している冒険者が、こんなボロ小屋の組合に」


「お前もそのボロ組合の職員だろ! 来てくれるさ! 俺、命の恩人だし」


「ではお任せ致します。他に心当たりはあるのですか?」


「ないな」


「……私の好きな人は、友達が少ない女たらしの貧乏無職という事ですか」


「……君、本当に俺の事が好きなの?」


「好きですよ? どうしようもないくらい」



 とてもそうは思えん。今だってほとんど表情を変えず、興味なさげに声を出したほどだ。


 アイシャはエミレアやルルゥ、レイシィなどの最近仲良くなった女性達と比べると、そんな雰囲気をほとんど出さない。


 照れたり言葉にして好意を伝えては来るが、その倍以上も厳しい目や言葉で俺を虐めてくる女だ。


 甘えてくる事なんて、ほとんどな――――



「――――あ、あの……デザート……た、食べませんか?」


「ん? デザートもあんの? 食べる食べる!!」


「では、その……寝室で、待っていてください……」


「……寝室でデザート食べるのか?」


「もう、いじわる言わないで……――――」



 ――――

 ――

 ―



 なんて可愛い事を言って甘えてくるデザートを美味しく頂いた翌日。


 朝も早い内から行動を開始した俺は、シューマン達がいる一夜の過ちまで足を運んでいた。


 この時間を逃すと彼らは冒険者として行動してしまうため、捕まえづらくなる。三人が揃う時間は、この宿で何度も彼らと行動を共にしていた事で把握していた。


 そうしてやって来た一夜の過ち。その扉を開けて最初に目に飛び込んできたのは、気怠い表情をしていた長耳種の美人だった。



「――――いらっしゃ~……あら? ついにお支払いかしら?」


「すみません、もう少し待って頂けませんか?」


「まぁいいけど~……あぁそうそう、昨日は戻って来なかったわね?」


「ああ、アイシャの家に泊まった」


「誰~? よく分からないけど、寝床があるならそこに移ってくれる~? もう貴方の部屋、他の人に当てちゃったのよ」



 悪びれもせずそう言う、一夜の過ちの店主ミネア。


 しかしそれは仕方がない事。俺は一日更新で部屋を借りていたから、宿に戻らない日があれば自動的に他の客に割り振られる。



「そっか、また空いた時は頼むよ」


「はいは~い。ツケの支払いも忘れないでね? あとたまにでいいから相手してよ? 私の部屋はいつでも開いてるから~」



 妖艶に微笑むミネアに手を振り別れた俺は、そのまま宿が経営している酒場へと足を運んだ。


 この時間であれば、シューマン達は朝食を取っている時間だろう。


 目論見通り、シューマン達三人は固まって朝食を取っていた。



「はよ~っす」


「おうサージェス! おはよう!」


「おはようございます、サージェスさん」


「おはようございます」



 椅子が三脚しかなかったため、一番体が小さいルルゥに近づいた俺は、強引に彼女から椅子の半分を奪う。


 多少座りづらいが、落ちる事はない。ルルゥもそこまで強くは反発しなかった。



「もうっ……サージェス、狭いですよ!」


「まぁそう言うなって。今朝はルルゥの気分だったんだ」


「どんな気分ですか……相変わらず女たらしですね」



 非難するものの、そこまでルルゥに嫌がっている様子は見られない。


 もう少し椅子を寄こせと、ワザとらしく体を押し付けてくる。まったく可愛らしいウサギさんだ。


 シューマンとエミレアの羨望の眼差しを受けつつ、俺はすぐさま用件を切り出した。



 ――

 ―



「――――マジかよ!? 冒険者になれないから組合を作った!?」


「まだ作れてないけど、今の所は順調だ。後は所属してくれる冒険者だけなんだよ」


「す、すごいですね。確か組合を作るのには大金が必要だったと思いますけど……サージェスは貧乏でしょう?」


「ハッキリ言うんじゃない! 年下の子に言われると刺さる……」



 その後は悪魔行進(デーモンパレード)などの話を織り交ぜつつも、雰囲気を良くする事を心掛けた。


 お願いする立場だからな。雰囲気や印象操作は目標達成への土台作り。成功の頂きに手を届かせるためには手段は(えら)ばぬ。


 まぁ、最終的に命の恩人って事を振りかざせば嫌とは言えまい。


 そのかいあってか雰囲気は良くなったと思う。シューマンは真面目な顔をしながらも笑い、ルルゥは驚愕と尊敬といった感情でコロコロと表情を変えて見せた。


 しかしちょっと問題というか、気になる事があった。


 それはエミレアの様子。いつもの彼女らしくない、何か思い詰めた表情をしていたのだった。


お読み頂き、ありがとうございます


明日はお休みの予定です

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