第三話 自由と準備開始
アイシャが自由な片翼を辞めたその足で、さっそく俺達は組合の拠点となる物件を探し歩いていた。
基本的に物件は賃貸となるらしく、毎月決まった額を払わなければならない。
しかし組合というのは不安定な仕事。特に小規模でスタートした組合は失敗する事も多く、最終的には畳んでしまう事もあるらしい。
そのため暗黙の了解として、賃料を半年間程度であれば滞納しても融通してくれるという話だ。
とはいっても、慎重に選ばなければならない。高額な所を借りても、依頼が安定するかどうかも分からないのだから。
「――――最初はやはり、賃料が安い所から始めるべきです」
「え~でもさ、庭にプールとか欲しくない? 大丈夫だよ、俺がちゃんと稼いでくるから」
「……組合に庭などありません。あるのは訓練場くらいです」
「じゃあ酒場併設は? 依頼が終わったら皆で騒ぎたいだろ?」
「酒場を持つ組合など、四大組合くらいです。維持費や諸々を考えると、とてもではないですが黒字運用できません」
「え~じゃあさ――――」
「――――そもそも、定期的に依頼がくるとは限りません。稼ぐと言っても、依頼がなければ無職と変わりません」
し、辛辣っ!! アイシャは少しだけイライラしているようだ。夢見るアホな青年に現実を教えるかのように、厳しい目で俺を睨みつけている。
無職はお前だろうが!? なんて口が裂けても言えない。俺も無職だし。
そもそもこんな俺に付き合ってくれているのだ。感謝はあれど文句などありはしない。
「……じゃあ、アイシャに任せる。働きやすい場所を見つけてくれ」
「分かりました。それと組合長ですが、とりあえずは私が代理という事で宜しいですか?」
「ああ、いいんじゃないでしょうか……」
逆らえる雰囲気はない。アイシャは別に組合長がやりたい訳ではないのだろう、俺のためを思ってくれているはずではある。
しかし俺が肯定した瞬間、瞳が怪しく光ったのを俺は見逃さなかった。
コイツ、組合長の立場を利用して変な事するつもりじゃないだろうな。
「では参りましょう。今日中に目星は付けたいので」
「なぁ、お腹空かな――――参りましょう」
時々思うのだ、この子は本当に俺の事が好きなのだろうかと。
あの人を射殺せそうな鋭い目、あの目は結構な頻度で俺に向けられる。
俺には従うけど心は許していない、みたいな感じなのだろうか? 線の内側に入ってしまった以上、もう外側に出したくはない。
なんて事を考えていると、前を歩いていたアイシャが急に振り返り、こちらに向かってきた。
「あの、サージェス様」
「ん? どうした?」
「その……腕を組んでも、よろしいですか?」
「いいけど、どうした急に」
「どうしたって……腕を組んで歩きたいだけです」
俺の腕を取り、己の腕と絡ませたアイシャは再び歩き始めた。
どちらかと言えばアイシャは、腕を引き前を歩くタイプではなく、服の裾を掴み後ろをついて来るタイプだと思っていた。
普段と違う行動だからなのか、それとも別の理由でなのか。
チラッと盗み見たアイシャの横顔は真っ赤になっているのだった。
――――
――
―
アイシャと共に組合の拠点となる建物を探し歩く事、数時間。
途中に昼休憩を挟みつつも、なんとか彼女のお眼鏡にかなう物件を見つける事ができた。
メインの通りからは二つほど外れてはいるが、それなりに人通りは多く、かつそこまでガヤガヤとはしていない。
立地的には悪くない、日当たりも良好だ。聞いた所によると賃料も手ごろであるとの話なので、アイシャはほぼここに決める事だろう。
しかし、一つだけ問題が――――
「――――ボロくね?」
「ボロいですね」
「今にも崩れ落ちそうじゃね?」
「崩れ落ちそうですね」
「こ、ここにするの?」
「ここにします」
ボロかろうがなんだろうが、アイシャはここにするようだ。
自由な片翼や、他の四大組合に比べると王宮と馬小屋ほどの違いがある。贅沢を言うつもりは少ししかないが、これは流石に……。
俺は人間だ、断じて馬ではない。まぁアソコは馬並みだがゲフンゲフンッ!! ごめん、ちょっと盛った。
「でもよ、こんなにボロいと……誰も入ってこないだろ?」
「化粧と同じです、外だけ補修すればいいのです。人の心を動かすには外面から、内面の補修は後回しでいいでしょう」
「化粧って補修なのか? 流石に酷くね? しかし見た目が良い人が言うと説得力がありますね」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
「……少しは恥ずかしがれよ」
謙遜し過ぎるのもあれだが、出来ればもう少し顔を赤くして恥ずかしがってほしい。
アイシャの反応は不遜まではいかないが、言われ慣れている感が滲み出ていて面白くない。
「外面が良くて扉を潜っても、中がボロボロだったら回れ右をしないか?」
「しません、中も綺麗ですから」
「さっき中は補修しないって言わなかったか?」
「受付には私が座るのです。少なくとも男は下がらず前に進み続けるでしょう」
「……凄いね君。いや本当の事だろうけど、よく恥ずかし気なくそんな事が言えるね?」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
「ん? 俺は褒めたのか……?」
ともかくアイシャはここに決めたようだ。アイシャが、ここが良いと言うのであれば俺もそこまで口出しするつもりはない。
その後、仲介してくれた者と交渉をし、物件を押さえた。とりあえず一月分の賃料と仲介料を払い、建物を後にする。
この一か月の間に、組合をスタートさせられれば問題ない。この間に準備を終え、俺の冒険者生活が始まるのだ!!
――
―
「――――では、私は組合備品の調達や、清掃に取り掛かります」
「えっと……手伝った方が良いか?」
「いいえ、サージェス様は守備隊本部に向かって下さい。組合の常駐員と巡回員の、申請手続きを行って来てください」
言うや否や動き出したアイシャに触発され、なぜか焦ってしまった俺はすぐに守備隊本部へと向かった。
昨日の今日だったせいか、入口を警備している隊員に止められる事なく進んだ俺は、受付にいた者に事情を話すと別室で待つように言われる。
そして待つ事、十数分。見慣れた顔がやって来た。
「――――お前、本当に冒険者組合を立ち上げるのか」
「ようリヒャルド、昨日ぶりだな」
挨拶もなく、俺の対面の席に腰を下ろしたリヒャルド。
恐らくだが、話を聞いたリヒャルドがわざわざ足を運んでくれたのだろう。流石に申請処理なんかで、副隊長は動かないだろうからな。
「わざわざ悪いな? 副隊長様よ」
「こちらにもメリットがあっての事だ。お前には依頼をしなければならないのだから、事務事など素早く終わらせるのがいいだろう」
わざわざ申請などしなくとも、リヒャルドに話を通せば手っ取り早いらしい。
とは言っても多少の時間は掛かるそうだ。巡回員ならともかく、常駐員ともなれば希望者は中々見つからない。
守備隊の仕事の一つだとは言え、冒険者組合に常駐するのだ。それは出世コースを外れ、外敵から国民を守る守備隊とはまた違った仕事だ。
「基本は退役した者や、怪我をして前線に出られなくなった者が付く仕事だ。四大組合ならまだしも、小規模組合ともなれば……」
「やっぱり厳しいか? お前は……無理だよな」
「俺は無理だ。というか……すまんな、俺は大隊長を目指している。冒険者組合の常駐守備隊員というのは……」
「分かった。無理は言わねぇよ」
「すまん。だが巡回員にならなってやってもいい。時間がない時は別の者に頼めばいいだけの話、組合連合会に提出する書類に俺の名を書け」
常駐員に関しては心当たりを当たっておくと言われ、リヒャルドと共に部屋を出た。
去り際に、頑張れと労いの言葉を掛けてくれるリヒャルド。いつか恩返しをしなければならないかと考えていたが、最後の一言でそれは吹き飛んだ。
「これで貸し借りはなしだ。それと、またいつか頼むぞ、寝取り――――」
「――――お断りだ」
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