第二話 自由と失いたくない花
長めになってしまいました
アルフレッド達に報告を上げた次の日、俺はアイシャの元を訪れていた。
もともと、組合を作ってしまおうと言う案はアイシャが提案したものだ。素晴らしい案だと俺はそれに乗っかり、まずは金を稼ごうと動いていた。
まさか、たった数日で目標額を達成できるとは。アイシャもさぞ驚いてくれる事だろう。
アイシャの驚く顔を想像しつつ、俺はアイシャがやって来るのを応接室で待った。
「――――お待たせ致しました」
「待ってないよ! 俺もいま来たところっ!!」
「知っています。それほど待たせたつもりもありません」
有名なラブフレーズだと言うのに、アイシャはピクリとも表情を変えなかった。
お待たせしたとか言った癖に、それほど待たせてないと開き直る始末。
どもまでクールでいられるか見物だな。たった数日で金貨三枚を稼いだ事に驚くがいい。
「登録手数料だったか? 稼いできたぞ」
「……本当ですか? 食事するのも一苦労だった貴方様が、たった数日で?」
「俺が本気を出せばこんなもんよ!! どうだ、驚いたか!?」
「驚きました。でしたらこれからは本気で生きて下さい」
「はいっ!!」
……ん? つい元気よく返事をしてしまったが、何かおかしくないか?
いつも通りのアイシャに釣られて、いつも通りに受け答えしてしまった。いつも通りという事は、驚いていないという事か?
何故だ。シューマンが一年間頑張って稼ぐ額を、数日で稼いだというのに。
「……本当に驚いてんの?」
「驚いてますよ、凄いと思います」
「……じゃあもうちょっと、驚く顔とかしてもいいんじゃない?」
「……わぁ!! すっごーい!! 尊敬しちゃ~う!! ……よろしいですか?」
「ほんと不器用だな、お前」
この子は感情の表現が苦手なのだろうか? どこぞの媚び媚び女かと思う程にキャピキャピしていたが、演技だとハッキリ分かった。
雄に媚びる雌の顔も余裕で作れる、女優のような女。これは過去のトラウマなどではなく、彼女が持つ本来の性格……という事なのだろうな。
「……ベッドの上では余裕なく乱れる癖に」
「そ、そういう事は言わないで下さい……」
「顔、真っ赤だぞ? 何を思い出したの?」
「…………ほんと、いじわる」
顔を真っ赤にするアイシャをもっと虐めたい気持ちに駆られるが、ここまでにしておこう。
次のステップに進むためにここに来たのだ。組合を設立するための資金は準備できた。いよいよ俺は、冒険者になるのだ。
「じゃさっそく登録に行こうぜ? パパっと作って、レゾートを出し抜いてやる」
「まだですよ」
「……なにがですよ?」
「お金だけでは設立できません。他にも条件がありますので」
「……聞いてないですよ?」
「言ってないですよ?」
コイツ……ニヤリと口角を上げやがったが、さっきの仕返しという事だろうか?
存外アイシャは負けず嫌いだ。攻められている時は可愛いのに、冷静になった後で必ず仕返しをしてくる女だ。
やられたらやり返す、という訳だな。色々とアイシャに頼っている手前、下手に怒らせると後が怖い。
「……他の条件ってなんだ?」
「まずは、組合の活動拠点の確保です。活動拠点を申請し、組合連合会に報告する必要があります」
「ええ……めんどくさ。俺のいる所が組合です! じゃダメなのか?」
「ダメです。子供の秘密基地じゃないのですから、しっかり報告しなければなりません」
つまりは活動するための物件の確保、それが必要だという事か。
話を聞くと、組合連合会からの定期的な連絡や、依頼者の条件にあった組合を紹介してくれるなど、色々とメリットはあるようだ。
そしてなにより、緊急時の避難場所として使われる事が大きい。組合の場所は公開され、有事の際に近くの組合に駆け込めるようにするのが組合の役目の一つ。
ただ小規模組合に貸し出される結界輝石は、低ランクのものになるらしいので、そこはあまり気にしなくていいとアイシャは言った。
「もう一つは、常駐する守備隊員の確保です。小規模組合であれば、一名以上の守備隊員が必要です」
「守備隊の確保? 用心棒みたいな?」
「そんな感じですね。組合内での法の番人になります。組合はいざこざが多いので、この中央諸国に居を構える組合には、守備隊の常駐が法律で定められています」
「マジか……リヒャルドとか来てくれるかな?」
「それは……無理でしょう。あの方は大隊の副隊長です。四大組合だとしても、あのレベルの守備隊員を引っ張るのは不可能です」
「あのレベルって……寝取られ属性なのに?」
「寝取られ……? なんの話ですか?」
血の気が多い冒険者に対する抑止力だと言う。この中央諸国で組合を作る以上、この国の法律には従わなければならない。
常駐員の他に、定期巡回する守備隊員の申請が必要。守備隊本部に赴き、常駐員と巡回員の申請をしなければならないようだ。
「あとは、当たり前ですが組合職員の雇用が必要です」
「雇用……あ、そうか。受付には花を置かなければならないからな」
「別に女性でなくとも、男性でも大丈夫ですよ?」
「なに言ってんの? あり得ないでしょ。扉開けた瞬間に、受付に男が座っていたら俺は即座に帰る」
そこだけは譲れない。依頼者に対する目の保養という意味でもそうだが、疲れて帰ってきた冒険者に微笑むのは天使でなければならん。
男に微笑まれても疲れは吹き飛ばん。こっちは疲れてんのに、なにヘラヘラ笑ってんだ!! ってぶっ飛ばしてしまいかねん。
「なぁ、誰か知り合い紹介してくれない? 友達とかにさ、仕事を探している美人いない?」
「…………」
「歳は問わないから、美人を…………な、なんで睨んでんの?」
「なんで……そんな事を言うんですか?」
「え……っと……でも、お前は……」
「他に言う事は……ないんですか……?」
目に涙を溜め始めたアイシャ。今にも溢れて零れ落ちてしまいそうだ。
アイシャが言う他に言う事、それは俺の頭の中には確かにあった。それを伝えれば、アイシャは拒否などしないだろう。
この自由な片翼に思い入れがあるアイシャだが、俺の言葉には従うのだろう。しかしそれは、強制しているようで憚られた。
でもそれは間違いだったと気づかされた。俺はただ、アイシャのためを思っている、つもりだっただけだった。
今にも泣きそうで、不安で、逃げ出してしまいそうなアイシャ。
泣かせたくないし、不安にもさせない、どこにも行かせない。悪いけど、俺のエゴに付き合ってもらおう。
俺はただ、お前と一緒に自由にやりたいのだ。
「アイシャ、俺と来い」
「…………」
ムスッとした顔のまま、何も言わずにアイシャは応接室を出て行ってしまった。
その瞬間、目の前がグラついた。自分は立っているのか、浮いているのか、起きているのかさえ分からなくなる。
アイシャが出て行った扉を未練がましく俺は見つめていた。どうやら、立っていたようだ。
無意識に椅子から立ち上がり、出て行ったアイシャを追おうとしたのだろう。
俺はまた…………失ったのだろうか――――
「――――お待たせ……ど、どうしたのですか!? サージェス様!?」
「ぇ……アイ……シャ?」
「と、とりあえず座って下さい! 真っ青で、汗も酷い……具合が悪かったのですか!?」
数分も経たずに戻ってきたアイシャを見た瞬間、引いた血の気が戻ってきた。
視界は徐々にクリアになり、無くなっていた足腰の感覚も戻ってくる。
俺はアイシャに抱きかかえられ、ゆっくりと椅子に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか? 疲れているのでしょうか?」
「ああ、いや……大丈夫だ。ちょっと……立ち眩みがしただけ」
「そう、ですか。分かりました、でも辛いなら言ってください」
気遣うようなアイシャの視線は、俺の事を本気で心配してくれているのだと伝わってくる。
自由になった代償か、あの感覚は随分と久しぶりだった。
あまり深く考えないようにしていたのだが、そのせいで俺は随分とアイシャに近づき過ぎてしまったようだ。
こうなった以上、こう思ってしまった以上は仕方がない。
俺は俺であるために、自分ためにアイシャを失う訳にはいかない。
「どこ行ってたんだよ? 愛想尽かされて捨てられたのかと思ったぜ」
「……私が貴方様の前からいなくなる事はありません。貴方様が望む限り、傍に置いて下さい」
「ならお前は、一生俺といる事になるな」
「本望です。――――では、行きましょうか? もうここにはいられませんので」
「え、おい! どこ行くんだよ!?」
アイシャに腕を引かれて応接室を出て、そのまま組合の外へ。
外に出る時、大勢の者がアイシャに声を掛けていたが、その全てを無視したアイシャの歩みは止まらなかった。
色々あってボケっとしていたが、よくよく見ればアイシャは組合の制服ではなく、私服になっていた。
可愛い……じゃなくて。早退したのだろうか? でなければ制服を脱ぐ必要はないし、あのまま応接室で話を聞けばいいだけなのだから。
「お、おいアイシャ! 早退したのか? どこに行こうってんだよ?」
「早退ではありませんよ。このまま近くのカフェにでも行きましょう」
アイシャは止まらない。別にそこまで力強い引っ張りではないため、止めようと思えば止められる。
それをしなかったのは、俺の手を引くアイシャが心なしか嬉しそうに微笑んでいたからだ。
「別に外に出なくても……話なら応接室でよかっただろ?」
「それは出来ません。私は――――自由な片翼を退職しましたから」
「……は? た、退職!? もう退職したの!?」
「はい。先ほど、退職届を提出しました」
退職した。それで制服を脱いだという事か。
アイシャの様子から、準備が整ったら俺の組合に来てくれるだろうと思ってはいたが、こんな早く行動するとは思ってもいなかった。
「これで私は無職になりました。貴方様の組合で、雇って頂けませんか?」
「……おう、雇ってやるよ」
その言葉に振り向いた彼女の顔には、今日一番の笑顔の花が咲いていた。
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明日明後日は投稿出来ないかもしれません




