第一話 自由と甘い報酬
二章後編です
アザレスの街を出発してから数刻、一行はクロウラへと戻って来ていた。
時間的には昼を少し回った辺りだろうか、太陽の位置と空腹具合でそれを判断する。
すぐさま昼食へと考えるサージェスではあったが、問答無用でリヒャルドに守備隊の本部に連行されていた。
そこで待っていたアルフレッドに、作戦終了の報告を入れる。
「――――大活躍だったそうだな? サージェス」
「まぁそれなりには。分かってんだろうな? アルフレッド」
「無論だ。報酬は増額している、受け取れ」
そう言ってアルフレッドが包み紙を渡してくる。給料袋という事だろうが、見た感じ数枚の硬貨しか入ってなさそうだ。
しかしどうしてもニヤけてしまう。緩んでいく頬が制御できない。
実は手渡しの報酬はこれが初めてだったりする。神の軌跡は自前の預金機関を持っていたため、自分で引き出す方式だった。
実行官としてそれなりに忙しく、それなりに高額だった組織の給金。使う事が少ないのに高給取りだったため、金は貯まる一方だった。
なにが言いたいのかというと、組織にいた頃は金を稼いだ、報酬を得たと言う実感がなかったのだ。そこに行けば金がある、そんな感じだった。
給料日が来ても別に嬉しくない。いくら引き下ろしても残金が減らないのだから。
「なんかドキドキするぜ…………えっ!? こ、黒貨!? マジで!? いいの!?」
「あ、あぁまあ……正当な報酬であろう」
「マジかよ!? 黒貨五枚…………煙草が…………一千万箱!?!? やべーーー!!」
「……十万箱だろ」
呆れた様子で指摘してくるリヒャルドだったが、そんなのはどうでもいい。
十万だろうが百万だろうが、俺のスモーク人生はモクモクだ。ははは、煙で前が見えねぇ……お先真っ白だぜ!
この甘い匂いを放つ黒貨があれば、組合も作れるしツケも払えるし女の子とデートも出来る! 第二の人生、ド派手に決まったな!
しかし黒貨なんて初めて見たな。もちろん稼いではいたが、こんな高額貨幣を引き出した事なんてないからな。
すげぇー、黒貨って溶けるんだな。ベタベタするし、甘い匂いも……――――
「――――って溶けるかぁ!?!? なにこれ!? え、もしかして黒貨ってマジで溶けるの!? 儚き貨幣なのか!?」
「はぁ……溶ける訳ないだろ。大隊長も、何を子供みたいな事をしているのですか」
「ハッハハハハ!! すまんすまん! ついさっき頂いた菓子でな、硬貨を象った……チヨコとデートと言ったか? 使えると思ってな」
「大隊長、チヨコとデートではなく、チヨコレエトという東方諸国の菓子だったと思います」
菓子と言う言葉に、今にも流れ落ちそうになっている液体を口に含んでみた。
甘くて濃厚、どこかほろ苦い。どこかで食べた事のある味……って思ったら、この前にエミレアと食べたクレイプに似たような甘みがあったな。
「よく分からんが、基本は液状で使用するらしい。固める事はできるらしいが、輸送コストが掛かると商人が言っておった」
「あっそ、どうでもいいけどさ。まさかこれが俺の報酬だって言わないよな?」
「戯れはこれくらいにしておこう……報酬だ、受け取ってくれ」
憎たらしい顔が急に真面目になり、本来の報酬を渡してくるアルフレッド。
確認すると、報酬は金貨三枚。念のため齧ってみたが、紛れもない本物だ。
正直、これの半分どころか十分の一くらいを想像していた。金貨なんて大金も大金だ。一般的な仕事についている物は、一月にその半分も貰えないだろう。
それが三枚。流石に過剰評価というか、過剰報酬な気がするが。
「……もらえるもんはもらうけど、いいのか? 流石に多すぎないか?」
「悪魔行進への貢献、天魔の排除。街への被害らしい被害はなし……十分過ぎる働きで、これでも少ないと評価している」
「これで少ねぇのかよ? あまり働いた事がないから、正確な相場は分からんが……」
「もっと出したい所なのだが、これ以上は許可が下りん。最大の貢献者はレイシィ・ミストリアとなっている、他ならぬ貴公が仕向けたのだぞ」
やはりアルフレッドには筒抜けか。言い方的に、公にするつもりはないようだからそれはいいが。
金貨三枚となれば、一発で組合設立金が確保できた事になる。気が変わらない内に貰っておいたほうがいいな。
「本来の報酬は金貨一枚だ。増額分は、様々な者が出資してくれた」
「ま、マジかよ? 一体誰が……」
「俺とリヒャルド、そしてリヒャルドの部下数十名……アザレスの者も何人か」
その言葉を聞き俺はリヒャルドに目を向けた。
我存ぜぬと目を逸らしているリヒャルドではあったが、その態度がそれを余計に事実だと物語っていた。
「まぁ出資と言うよりは、報酬の譲渡……と言う事になるが。悪魔行進を防いだ事による特別報酬、遠征手当などをサージェスに回す様にと進言があったのでな」
「い、いいのかよリヒャルド? なんか、流石に悪い気がするんだが」
「……構わん。お前には個人的な礼もあるし、部下の者もみな賛同してくれた。金に困っているのだろう? 受け取っておけ」
こちらを見ないでそう言うリヒャルドには、僅かだが照れが見えた。
個人的な事とは、レイシィの寝取り……歪んだ性癖の事だろうが、それの口止め料という事だろうか?
なんにせよありがたい。一刻も早く金は欲しかった所だ。
「それとアルフレッド様。私は例のあの依頼に、サージェス・コールマンの登用を進言します」
「あの依頼……領主様からの依頼の件か? 確かに実力はあるが……」
「問題ないでしょう。コイツは人心掌握などお手の物です。何かあった時の責任は私が取ります」
「お前がそこまで言うのなら……私は構わないが」
なにやら俺を置いて話が進んでいるようだが、話の感じからして、新しい仕事を紹介してくれるという事だろうか?
しかしもう金は十分だ。これからは仕事ではなく、冒険者として活動し報酬を得ていくのだ。
お受け致しましょう。冒険者に依頼と言う形で。
「サージェス、もう一つ仕事を請け負わないか? 内容はクロウラの領主――――」
「――――秘書を通してください。私は、冒険者なのです」
アルフレッドの了承を得たリヒャルドが、今度はちゃんと俺の目を見て話しかけてきた。
やはり新たな仕事の依頼のようだが、もう立場が違うのだ。
我が冒険者組合に来て、受付に依頼を申請してください。受けるか分からないけどな? これから忙しくなるだろうからぁーーー!!
「……秘書? どういう事だ? 根無し草のお前に、秘書などいないだろう? さらに言えば冒険者でもないだろう」
「はぁ? いるよ、優秀な秘書官が…………あ」
いなかった。
そうだよ、組織を抜けた時点でアイツとは別れたんだ。
あれ? そういえば組合を作ったとして、受付嬢はどうすればいいんだ? ただ漠然と金を稼いでいたが、金を稼いだらその後はどうすればいいんだ?
「よく分からんが、なら秘書を通す。誰に言えばいいのだ?」
「あ……えと……冒険者組合で……依頼をして……くれれば……」
「お前、冒険者じゃないよな? そもそも組合の受付は、秘書とは違うだろう?」
「ああ……うん、そうだよね……えっと、俺が金を稼いでいた理由なんだけど――――」
俺はリヒャルドとアルフレッドに、冒険者組合の設立を目指している事を告げた。
そのために金が必要で、今回の仕事で設立できる資金を得られた事も。
しかし金の準備が出来ただけで、どうすればいいのか全く分からない。
「――――貴公が組合を設立し、冒険者となるのなら、貴公に指名依頼と言う形で依頼を出そう。設立はいつになる?」
「あ……えと……いつだろう……?」
「時間的な猶予はあるが……そもそも、パトロンはいるのか? 常駐守備隊の者は?」
「え……と……なんとか……なるだろ?」
「「なる訳ないだろ。お前は何を考えているんだ?」」
二人に問い詰められ俺は冷や汗をかく。
当たり前だが、俺は組合や冒険者の事を何も知らない。
組織にいた頃は、事務処理や面倒な事は全てを秘書官に任せ、依存していた。
そのツケと言う訳ではないが、僅かでも俺が自由でいられたのは、優秀な人間の支援があってこそだったのだと思い知らされた。
冒険者となれば自由になれるのかもしれないが、その自由を得るための準備は、俺一人ではどうにも出来ないようだ。
二人の呆れた目を背に、俺に自由をくれるであろう女性の元へ足を運ぶ。
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