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第三十一話 自由な私の英雄様

 





 提示した要求を全て跳ね除け、アイシャの命を狙うロードラン。


 辺りに人の気配はなく、助けに来る者はいない。


 アイシャは震える心を叱りつけ、なんとか抗おうと藻掻くのだった。



「わ、私を殺しますか?」


「ああ殺す。貴様、この証拠はパメラが集めたものだな? パメラの息がかかった、そんな奴を生かしておけん」


「……それを燃やした所で無意味ですよ? 写しがないとお、思っているのですか?」


「はっはっは……どうだろうな? 確かにパメラの入れ知恵なら、二の手三の手を用意しているはずだな」



 殴られた頬の痛みは消えてきたが、心の震えが止まらない。動くのは口先だけ、足は動かず逃げる事は叶わない。


 ロードランの言う通り、この証拠は先代組合長のパメラが集めたもの。病で亡くなる前に、この証拠はパメラからアイシャへと渡されていた。



「パ、パメラ様は……あなたが更生するのを望んでいました。糾弾するならもっと早く出来たのです。わ、私も、それを待ちましたが……あなたは……!」


「更生などするものか! やっと組合長まで登り詰めたのだ、手放すには惜しいのだよ」


「……不正を重ねて作った、偽の玉座ではないですか。本当に愚かな人です、パメラ様はあなたの事を――――」

「――――パメラパメラうるせんだよッ!! アイツはもういない、邪魔だから始末してやったのだ!! お前、本当にパメラが病で亡くなったと思っているのか?」


「ど、どういう……事ですか……? あなた、パメラ様に何かしたのですか!?」


「ククク……はははは……別になにも? 持病を抱えていたアイツが、いつも持っていた薬を間違って捨ててしまっただけだ」


「うそ……でしょう……?」



 私にとって恩人とも言えるパメラ・グレイス。しかしロードランの言う通り、パメラは病に侵されていて、いつも薬を持ち歩いていた。


 そして亡くなったあの日、パメラはしきりにロードランの事を気にしていた。その時初めてロードランの不正の話をパメラから聞き、証拠物を預かったのだ。


 私はすぐにでも糾弾しようとしたが、それはパメラに止められた。


 パメラにとって組合の者は家族同然。それは罪を犯していたロードランも同様だと言っていたが、私は正直……甘いと思っていた。


 しかし恩人であるパメラの願いだ。


 パメラの言葉、想いを受け継いだ私は、ロードランの更生を信じて待ったが、願いは届かなかった。


 このままではパメラが愛した家族諸共、組合は衰退し無くなってしまう。私はパメラの愛したものを守るために、この男の前に立ったのだ。


 そんな家族を、この男は――――



「……ふざけるな……ふざけるなロードラン・マッケス!! お前……なんて事を……!!」


「ほぉ、デカい声が出せるんだな? 驚きだが……その怒りも、再び恐怖に変わる」


「は、離しなさいっ!! お前は、パメラ様の想いを踏みにじ――――」

「――――黙れッッ!! 小娘が、誰に口を利いている!? もう遊びは仕舞いだ、精々あの世で後悔していろ!!」



 床に転がっていた私に覆いかぶさるロードラン。必死に抵抗するも、体格も力も何もかもが違うロードランに抗う事など出来なかった。


 己の無力さを痛感する。私を信じてくれたパメラ様の期待にも応えられず、冒険者達の願いも叶えられなかった。



「……この……屑が……――――ッく……!」


「ほら、もっと泣き叫んでみせろ! 安心しろ、この部屋には結界が張ってある。少しくらい騒いでも、誰も来る事は出来ないからな!! 怖いんだろ!? ほら、さっきみたいに怖がって見せろ!!」


 ロードランは張り手でアイシャの頬を叩き始める。力を抜いたお遊びのような張り手だが、アイシャに恐怖を与えるには十分だった。


 殴られても涙などは流れない、そんなものはとうの昔に枯れ果てた。


 しかし怒りに支配されていた心が、徐々に恐怖側に傾いていく。さっさと殺せばいいのに、この男は私を弄んでいるようだ。



「ほら、泣けよ!? 叫べよ!? 喚けよ!! 怖いんだろう? 男がッ!」


「うっ……くっ……し、死ね……! ……し……や、やめ、て……やめて……怖い、怖いよ……」


「はっははははは!! そうだ、その顔だ!! ほら、泣け!! 泣けよ!!」


「はぁはぁ……ごめんなさいごめんなさい……やめて、やめてください……良い子にします……アイシャ良い子にするから……やめて……お願い……」



 怒りで満たされていた心は、恐怖という抗いがたいものに支配されてしまう。


 過去のトラウマ。そんなものに振り回される自分が情けないが、体と心が言う事を聞いてくれない。


 子供の様に頭を抱え、ただただ恐怖に耐えるだけ。抗おうとも逃げようともせず、蹲って己の心を守るだけ。


 誰も助けてはくれない。今まで手を差し伸べてくれたのはたった三人だけだった。


 母とパメラ。そして、私を地獄から救ってくれた英雄様。母とパメラは死に、英雄様とはそれ以後出会う事はなかった。



「なんだよ、さっきまでの威勢はどうした!? ああ!?」


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」


「ッチ、つまらねぇな。もういい。殺すには惜しい女だが、生かしておく訳にはいかん。馬鹿な正義感を振りかざした事を後悔しながら――――死ね!」



 ロードランが言っている事など頭に入ってこない。しかし雰囲気から、終わりが近い事は経験から分かった。


 あの目は昔、よく見た目。興味を失った目だ。


 やっと恐怖から解放される。昔とは違い、ここでは本当の意味で終わりが訪れるのだろう。


 パメラと冒険者には申し訳ないが、私には……無理でした。


 昔、母が言っていた通り良い事もありました。助けてくれる人もいました。しかし、幸せにはなりませんでした。


 パメラ様、申し訳ございません。今そちらに向かいます。


 あぁ、でも最後に、一目でいいから……英雄様にお会いしたかったな。



「……ごめんなさい……――――」

「――――謝る必要はねぇよ。よく頑張った」


「な、なんだきさ――――グウぁぁぁぁッッ!?!?」



 目の前で何が起きたのか理解できない。


 今まさに私を殺そうとしていたロードランが、急に視界から消え去った。


 直後に響く轟音、立ち上る埃。ロードランが吹き飛ばされ、執務机にぶつかったのだとやっと理解した。


 その直後、抱き起こされる感覚が体を襲った。そして頭を包む柔らかな手の感触。僅かに漂う、ロードランとは違う優しくも苦い匂い。


 それらは恐怖に支配されていた私の心を、眠りについていた感情を喚び醒ました。



「――――わりぃなアイシャ。ちょっと結界を壊すのに手間取ってよ」


「…………サ、サージェス……さん……?」


「おう、サージェスさんだ。なんだよ、もう忘れちまったのか? そんな量産型の顔じゃないと思ってたんだけどな……」



 私を恐怖の檻から救ってくれたのは、サージェス・コールマンだった。


 なぜここにいるのか、どうして助けてくれたのか、なんで貴方には恐怖を感じないのか。色々聞きたい事はあるのだが、そんな事はどうでもよくなった。


 この人は私に恐怖を与えない。この人は私に安心をくれる。


 それは図らずも、最後に会いたいと思っていた英雄様、そのものであった。


お読み頂き、ありがとうございます

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