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第一話 退職届

気分転換のため投稿中

 





「――――辞めるとは……どういう意味です?」



 周りの者達がザワザワと騒ぎ、口々に動揺を露にする中、一人だけ冷静な男が静かに問いただした。


 清潔感のある優男、それが大多数の第一印象だろう。


 その男は俺の所属している組織、【神の軌跡】で【管理官(アドミン)】を務める男、クーヴァ。


 流石に大所帯の組織で、上位の幹部ってだけはある。でももうちょっと驚いてくれると思っていたのだが。



「そのままの意味だ。俺はこの組織、神の軌跡から抜けさせてもらう」


「……貴方の冗談は散々聞いてきましたが、流石に笑えない冗談ですよ? ご自分の立場をお忘れですか?」



 言い方を改め、ハッキリと退職を言い渡した。


 流石のクーヴァも目元をピクつかせ、多少険しくなった目からは不快感がヒシヒシと伝わって来る。


 そんな目をしてもダメだ。御社のやり方に、私ことサージェス・コールマンは疲れてしまいました……なんてね。



「立場なんて関係ないだろ? 辞めたいから辞める。今は自由の時代だろ? 世界は自由な冒険者で溢れかえってるぜ?」


「貴方に自由などありません。貴方は組織の中枢も中枢、実行官(エクス)の序列三位なのですよ? 貴方の代りなどいない、貴方ほど組織の情報を持っている者もいない……!」



 言葉に僅かな怒気を含ませたクーヴァ。他の管理官(アドミン)達はクーヴァの珍しい姿に固まってしまっていた。


 末端の人員が辞めるのとは訳が違う。組織の事を知り尽くした組織の最高戦力、辞めたいから辞めるで済まされる事ではない。


 周りの管理官(アドミン)達も、クーヴァに同調し言葉を発し始める。皆一様にサージェスの退職に反対し始めた。



「……だから?」


「だから……? 言わなきゃ分かりませんか? 辞めるなんて事は許されない、そう言っているんです」


「……誰が許さない?」


「だ、誰がって……組織全体に決まっているでしょう! 私達管理官(アドミン)も更にその上層の人間も、他の実行官(エクス)も許しは……しま、せん……」



 クーヴァの怒気は鳴りを潜めていった。この組織で最も強いと噂されている男の雰囲気が、変わったのを感じ取ったからだ。


 しかし後には引けない、この場には部下である下位の管理官(アドミン)が大勢いる。


 管理官(アドミン)実行官(エクス)、従事する仕事は違えども位はそこまで変わらない。武力が怖いからと下手に出れば、組織の中での格付けがついてしまう。



「許さない……仮にそうだとして、誰が俺を止められる? 貴公か? 他の実行官(エクス)達か? それとも奥でふんぞり返っている【指揮官(ディレクト)】どもか?」


「そ、組織の全戦力をもって貴方を止めます!! ……考え直してください、貴方はこの組織に必要なのです!」



 サージェスの変わった雰囲気を前に、クーヴァには僅かだが震えが見えた。


 知の幹部である管理官(アドミン)。序列なんていう位は存在しないが、立場的には実行官(エクス)と変わりはない。


 しかし同列に並ぶ立場だとしても、武の幹部には力で敵う訳もない。様々な知略謀略を巡らせるのは得意でも、ことこの場においてはサージェスを止める手立てなどない。



「俺に自由はないと言ったな? それは俺が己の意思で不自由であったからだ。望めば俺は自由だ、何故かは頭の良い貴公なら分かるだろ?」


「……自由を体現できるほどの…………力がある……」


「その通り! 止めたきゃ止めろよ? 俺は自由に……立ち塞がる障害はぶっ壊す!!」



 ちょっと言葉を強められただけで、凶悪な殺気が管理官(アドミン)達を包み込んだ。


 元々戦闘に不慣れという事もあり、腰を抜かして座り込んでしまう者や、恐れ戦き後ずさる者もいた。


 そんな中で、体を震わせながらも立ちはだかったのはクーヴァ。彼を支えていたのは上位の管理官(アドミン)としての矜持と、()()()に希望を見出しての事だった。



「……どうしてもというのなら、貴方が所持している()()は全て置いて行って下さい。あれらは全て神の軌跡の所有物です」


「全て? おかしな話だな? 任務中に手に入れた輝石は全て提出している、俺が所持しているのは俺の輝石だが?」


「貴方が組織の一員であった頃に入手した物は、全て組織の所有物です! 貴方ですら組織の所有物だったのだ!」



 輝石とは奇跡の力を行使する時に使用する宝石の事で、この神の軌跡が最も欲している物だ。


 ――――遥か昔、人類には摩訶不思議な力が宿っていたと言う。


 その力は失われた訳ではないが、宿す者の数は減っていき、現在では純粋な奇跡を持つ者は少なく珍しい。


 その奇跡の力を、誰でも簡単に扱えるようにするための道具が輝石。この輝石は戦闘以外でも多く使われ、人々の暮らしを豊かにしていた。


 一般家庭の台所には【輝石:火】が使われ、明かりを灯す【輝石:灯】は町中に溢れている。


 その輝石は様々な場所に存在しているが、数多くの輝石が存在する場所は神殿や神宮と呼ばれ、多くの冒険者が訪れる活気のある場所となっていた。



「最低でも貴方の所持している【ランク:神】の輝石は、全て置いて行ってもらいます! 組織を抜ける貴方には必要のないものでしょう?」


「俺が長年使ってきた輝石だぞ? 他の奴に扱えると思うのか?」


「問題ありません。ランク:神を所持している実行官(エクス)は大勢いる、誰に与えるのかは指揮官達が決めるでしょう」



 数瞬の沈黙が辺りを支配する。


 輝石は人に絶大な力を(もたら)す。サージェスの強さを担っているのは輝石、それがなければ差ほど脅威ではないだろうと、クーヴァは考えていた。


 懸念があるとすれば、サージェスが大人しく輝石を渡すのかどうかという事。普通に考えれば渡す訳がない。


 しかし万が一のため奥の手を用意してある。サージェスの死角には、二人の実行官(エクス)を配置しているのだ。何かあればすぐに彼らが飛び出す算段だった。


 もちろん単純に正面からぶつかっては、いくら二人といえどもサージェスに勝てるか怪しい。そのための作戦は考えてある。


 大人しく渡すなら良し、渡さないのなら――――



「――――ほらよ、これでいいか?」


「…………え……?」



 クーヴァの目の前では予想外の事が起きていた。


 絶対に渡す訳がないと踏んでいた、サージェスが所持していた輝石。それをサージェスは簡単に手放して見せた。


 綺麗な放物線を描き宙を舞う数種の輝石、その輝きは紛れもなくランク:神。


 輝石の中でも貴重なランクの輝石を、投げて渡したサージェスに驚くが、動揺を悟られないようにとクーヴァは輝石に近づき、それらを拾い上げた。



「……これがランク:神……本物なのでしょうね?」


管理官(アドミン)のお前なら見た事くらいあるだろ? まあお前の()()じゃ扱えないだろうが」



 誰しもが輝石を扱える訳ではない。


 神力と呼ばれている、人が内に宿す力の大きさによっては扱えない輝石もあった。扱えない輝石などただの石ころと変わらないのだ。



「……これで本当に全部ですか? まだ隠し持っているのでは?」


「そんな下らねぇ事はしねぇよ。まだ輝石はあるが、全て【ランク:一般】だ。煙草の火くらいは取り上げないでほしいものだな」



 ランク:神の輝石を手放したと言うのに、サージェスの様子に変化は見られない。


 この輝石を求める多くの人間、そのほとんどは見る事すら叶わないほどの宝だと言うのに。


 それにサージェスの力は、輝石を手放した事で激減しているはず。地に落ちたと言っても過言でもないほどに、弱体しているはずだ。


 それなのに動揺をまったく見せない。しかし今なら……簡単に殺せる。


 組織を抜ける裏切り者を、外に出す訳にはいかない。留まらせる事が出来ないのであれば……ここでその人生を終えてもらおう。


お読み頂き、ありがとうございます

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