転入
どうもココアです。
お久しぶりの投稿になります。
皆さん、よろしくお願いいたします!
「転入してきた神崎蜜柑さんです。じゃあ簡単に自己紹介して」
学校について、お兄さんが職員室に案内してくれた。それから担任の先生の元へ案内され、こうしてクラスに連れて行ってもらった。
皆の前に立つとバクバクと心臓の暴れ出す。声を出そうと口を開けても、言葉が喉に詰まって出てこなくなってしまう。それに…やっぱり共学の学校には男の人がいる。
「……」
大丈夫。お父さんとは違う。大丈夫、大丈夫。と心にそう言い聞かせるけど、そうすればするほど恐怖の感情が大きくなる。
「はあ……はあ」
緊張と恐怖が相まって呼吸が乱れる。
「神崎さん?」
「す、すみません。ちょっと緊張してしまって……」
先生が心配そうに見つめる中、私は掠れてしまうほど小さな声で伝えた。きっと、私の顔色は病人のように悪かっただろう。
すると先生は何かを察してくれたのか、適当にまとめてくれて私を席に座らせてくれた。
「よろしく神崎さん。俺、こう見えて学級委員だから何でも聞いて」
「……」
隣の男の人が話しかけてきた。笑顔で、とても優しい声と言葉で。でも、それでも私は言葉を返すことができなかった。抱えるには重すぎる罪悪感と恐怖を覚えながら、私は無視をしてそのまま席に座った。
「それじゃ彩人君。この後、神崎さんに校内を案内してあげてね」
「あ、分かりました」
「えっ……」
知らない男の人と一緒に居るなんて無理に決まってる。それは自分が一番分かってることで、直ぐに人を変えてもらおうとしたけれど、自己紹介もまともにできなかった私がいきなり先生に意見を言うことなんてできるわけがなかった。
「じゃあ昼休みでいいかな?結構広いから、迷わないよう案内するよ」
「よ、よろしく……」
一度は無視をされたはずなのに、隣の人は変わらない様子で話してくれる。でも、相変わらず顔には黒いもやがかかっていてどんな表情をしているのか分からない。
本当は怒っているのかもしれない。学校案内をしながら、私のことを襲ってくるかもしれない。そういう被害妄想が絶えなかった。
◆◆◆
「……大丈夫かな」
窓側の一番後ろというベストポジションで、外を見ながらふと呟く。“大丈夫か”というのはもちろん、蜜柑ちゃんのことで男性恐怖症の彼女に男子がいる教室は地獄でしかないはずだ。
目を合わせることすらできないのだから、会話なんてものは不可能だろう。
「なーに辛気臭そうな顔してるんだ?」
「……別に何でもねえよ」
表情に出ていたのか、友人の楠木蓮田が近づいてきた。
「何でもないってことないだろ。先週末は死んだ魚みたい登校してきたと思えば、今週は考えこんでるような顔してるし」
「楠木ってよく人の顔見てるな」
「いやいや、お前が表情に出しすぎなんだよ」
そこまで顔に出ていたのかと、先週末のことを思い出してみると確かそこは父に再婚するということを伝えられた時だろうか。
再婚→会食→引っ越し→受験勉強→学校
……思い出してみれば、先週から今週明けにかけて怒涛のスケジュールだったかもしれない。体力のみならず精神的にも大分削られた。
「何かあったのか?お前んところは父子家庭だろ?飯とかちゃんと食ってるか?」
「ん?ああ、飯は食ってるよ。後、最近父親が再婚してさ」
「はっ?」
自然な流れ、俺はそう思って口にしたけれど聞き慣れない言葉に楠木は目を大きく開く。
「え?なに、再婚?お前の親父さん再婚したの?」
まるであの時の俺みたいに動揺する楠木。そうか、俺はこんな風に動揺していたのか。
「そうなんだよ。いきなり“俺再婚するから”とか言って、週末は会食だとか引っ越しの作業で疲れ果てててさ」
「そ、そうか……色々大変だったんだな」
「まあな……」
一通り話が済んだところで再び窓の景色を見つめる。
「再婚ねえ……ちなみに、義理の兄弟とかできたのか?」
「義理の妹ならできた。今日からこの学校に転入してくるんだとよ」
「はあああああああ!?馬鹿野郎!何でそれを早く言わねえんだ!」
いきなり大声をあげたと思えば、どこからか出した手鏡で必死に髪の毛を整えはじめる楠木。その姿はまるで、合コンに参加している女子大生のようだ。
「……何してるんだ?とか、ベタな質問した方がいいか?」
「見れば分かるだろ?こうして身だしなみを整えてるんだよ。自己紹介は“義理の兄、神崎優人君の大親友です”で行こうと思う」
「違う訂正しろ。“神崎直人の下僕です”だ」
「お前!友人に向かってそれはないだろ!」
朝から騒がしい会話を繰り返していると、一限目担当の先生がやってきた。
「ほらーお前ら席につけー」
「先生!神崎君に義理の妹が出来たみたいなので、ちょっと挨拶に行ってきていいですか?」
「そんなことは休み時間にしろー。ほれ、さっさと席ついて教科書開け。そしてそのまま52ページを読め」
適当に流しつつも授業を進行しようとする辺り、長年の業を使っている気がする。
「えっと、『〇〇は走った。ただ必死に走った』」
そしてそれに黙って従う楠木はただの馬鹿というわけだとろうか。
◆◆◆
「はーい。じゃあ今日はここまで。ちゃんと復習しておくように」
「「はーい」」
チャイムが鳴って授業が終わる。これでようやく午前の授業が終わった。
「はあ……やっと終わりました」
出していた教科書やノートを机に入れたところで、周囲の違和感に気が付く。
「あれ?」
一斉に席を立って数人で机をくっつけると、お弁当を取り出した。
「そう言えばお昼ですか……」
緊張と恐怖であまりお腹が空いてなく、お昼ご飯というのを忘れていた。そう言えば朝お母さんが持たせてくれたお弁当があった。
……とはいっても、誰か一緒に食べてくれるわけではないので、私はお弁当を持ったままこそこそとクラスを出ようとした。
すると……
「あ、待って神崎さん」
「えっ?」
男の人が話しかけてきた。授業中は授業に集中してるし、休み時間は寝たふりをしていたから誰にも話かけられなかったけど、今教室を出ようとしたところで男の人に声をかけられてしまった。
「朝に説明したけど、一応この昼休みで校内を案内するからさ。それに、僕の都合で悪いけど部活のミーティングもあるから、お弁当食べる前に案内させてもらってもいいかな?」
「あ、えっと……」
ダメだ。うまく話せない。相手が何を言っているのかもわからない。男の人が近づいてくると、頭が真っ白になってうまく考えることができない。
それに……男の人の顔は黒いもやがかかっていて、誰が誰なのか分からない。
怖い。怖い。怖い!
「――あ、神崎さんっている?」
「えっ?」
私が体を震わせていると、反対側にある入り口で名前を呼ぶ声が聞こえた。その声が男の人だということは直ぐに分かったけれど、それと同時に私は心の底から安心することができた。
そう。やって来たのはお兄さんだった。
「神崎さんならここにいますけど……」
「お、ありがとう。いや~実はお弁当間違えててさ。ちょっと取り換えに来たんだよ」
そう言うとお兄さんはピンク色のきんちゃく袋を私に差し出した。私の巾着袋は青色。確かに“間違えた”というのは納得することができる。
「あ、そうなんですか……って、3年生の神崎先輩ですよね?この兄妹だったんですか?」
「ん?そうそう。っていうか、ちょっと会話聞いてたけど部活のミーティングがあるのに、校内案内頼まれてるんだって?」
「そうですけど」
「じゃあここに来たついでに案内変わってやるよ」
半ば強引に、お兄さんは私の腕を引っ張る。
「あ……じゃあお願いします」
「おう。じゃあまたな」
「……」
そして私とお兄さんは一年生のクラスを後にした。
「……あの、ありがとうございます」
「念のため様子を見に来て正解だったな。あの状況で泣き出したら、クラス中がパニックだぞ」
「そう……ですよね」
私のことを助けてくれたお兄さん。でも、私の不甲斐なさに罪悪感を覚えずにはいられなかった。このままお兄さんに甘えたままでいいのか、このまま助けてもらってばかりでいいのだろうか。
そんな考えが頭の中を過る。
「さてと……この辺だったら誰も来ないだろ」
「えっ?」
教室から出て暫く歩いた先で止まったのは、学校の一番隅にある階段。人気はなく、あえてここを通る人はいないほどに閑散としているところだった。
「一人で食べるのも味気ないし、ここで一緒に食べようぜ」
「お兄さん……はい!」
そうしてお弁当を広げる。一緒に蓋を開けると、中身が同じお弁当が並んだ。卵焼きにタコさんウインナー、ミニトマトにハンバーグ。
どれもこれも私の好きなおかずばかりだった。
「さて、じゃあいただきます」
「……いただきます」
転入初日。どうなるか分からなかったけど、お兄さんのお陰でどうにかなりそうです。
読んでいただいてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします!