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林檎と蜜柑どっちにする?  作者: ココア
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もう少し

「男の人は……怖い?」


「どうしてですか……?」


 俺の言った言葉に驚いた表情を見せる蜜柑ちゃん。どうしてその質問が飛んできたのか、どうして分かったのか戸惑っているようだった。


「どうして分かったんですか?」


 風が吹く音で掻き消されてしまうほど小さな声で、とても弱々しい声色で返してきた。その言葉を返すだけでどれだけの勇気が必要か、苦手な男の人を相手に話すことが今の蜜柑ちゃんにとってどれほど苦しいことか俺には分からない。


 でも、分かろうとする努力だけはしようと思った。


「ちょっと場所を変えて話そうか」


「……はい」


 そして俺と蜜柑ちゃんは近くにある広場に向かった。住宅街に身を隠すようにしてあるその場所は遊具もなければ座れるベンチがあるわけでもない。

 ただ、軽く花や木が植えてあるだけだ。


 俺と蜜柑ちゃんはそこの中心に生えている木の陰に入り、寄りかかりながら話の続きをすることにした。


「このくらいの距離なら大丈夫か?それとも、もっと離れた方がいい?」


「大丈夫です。……なんて言っても説得力ないですよね」


「……」


 俺は無言のまま蜜柑ちゃんの方に視線を向ける。そこには恐怖で体を震わせる蜜柑ちゃんの姿があった。再び下を向いて、俺と顔を合わせようとしない。


「別にいいよ。本当に男性恐怖症なら、俺とこうしているだけで苦しいだろ」


「……男性恐怖症?」


「男の人に対して極度な苦手意識や恐怖心を抱くことだ。精神病の一つだから明確な治療法がない。これは症状が重いと男性の近くにいるだけで気分が悪くなったり、呼吸困難になったりするらしい」


 そもそも男性恐怖症になるのは、過去に男性トラブルをした人がなるケースが多い。その事件の大きさが、症状の重さにも比例するらしい。


「違和感は食事会の時からあったんだ」


「えっ?」


「あの日、智子さんたちと対面をする前に蜜柑ちゃんのことを見かけたんだよ。走ってきた男の人とぶつかったところを」


 あの時の蜜柑ちゃんはひどく怯えていた。ぶつかってきた男性は本当に悪気はなかっただろう。でも、それでも蜜柑ちゃんはひどく怯えて、そして男の人を拒絶した。


 精神の防衛反応が働いて走ることができたのだろうけれど、もしそれが働かなければどうなっていたか分からない。


「ぶつかっただけにしては異常なほど怯えてた。それに、その後の食事会でも俺と目を合わせようとしなかった。緊張という言葉で片付ければ簡単かもしれないけど、それで済ませてしまったら本当に悩んでいる人を助けることができない」


「……3年前です」


「えっ?」


 俺が蜜柑ちゃんのことを男性恐怖症だと感じた経緯を話したところで、今度は蜜柑ちゃんの方が昔の話を切り出した。


「丁度3年前に男性トラブルにあったんです」


「……3年前。それがきっかけで男の人が怖くなったのか」


「特に大人の人がダメなんです。幼稚園生とかは全然大丈夫なんですけど、同学年から年上の男の人が……」


 苦しそうに、悲しそうに蜜柑ちゃんは言った。不意に蜜柑ちゃんの方を向くと、目から大粒の涙を流しているのを確認できた。


「ちなみにこの話は誰かにした?」


「い、いえ……誰にも言ってないです」


「そうか……」


 涙の理由。それが分かったような気がした。


 きっと蜜柑ちゃんは今まで苦しかっただろう。誰にも相談もせずに、一人で抱え込んで妖怪のような男の人に怯えてきたのだ。


――“話す”ということは想像よりも勇気がいることで、大抵の人間は自分の状況を言えずに終わってしまう。

 プライドを守るためだったり、現状よりももっと酷くなることを恐れる恐怖心から自分の気持ちに素直になれなくなってしまう。


 でも今日、蜜柑ちゃんは言った。別に言ったから男性恐怖症が治るわけではない。でも、それでも、この瞬間蜜柑ちゃんの心を支配していた男性への恐怖心は少し和らいだはずだ。



◆◆◆





――言った。言った。初めて言った。


 男の人が怖いって、誰かに言うことが出来た。今までは『怖い』と思うだけで誰にも言うことが出来なかった。お母さんにも、友達にも……誰にも言うことが出来なかった。


でも――


「よく頑張ったね」


――この人には言うことが出来た。


 この人には言うことが……


「えっ――」


「どうしたの?」


「顔が……」


――見れた。朝見たときは他の男の人と同じように黒いもやがかかっていたはずなのに、今そのもやが晴れて初めて顔を見ることが出来た。


 声と同じように優しそうな顔。眩しい笑顔。


 この人が私の……


「――お兄さん」


「えっ?」


「な、何でも無いです!」


 目を合わせることができた。思えば、男の人の近くにいるのに気分が悪くなったり体が震えることもなくなっていた。


「……ありがとうございます。お兄さん」


「ああ。どういたしまして」


 きっと、まだ完全に治ったわけでは無いと思う。けれど、治るかもしれないという希望をこの人がくれた。だからこれからは少しずつ頑張ってみようと思う。


 少しずつ、少しずつ。

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