これはもしかしてデート? その1
どうもココアです。
今回もよろしくお願いします。
「これはデートじゃない。これはデートじゃない。これはデートじゃない」
俺は自分の胸に手を当てながら何度も自分に言い聞かせていた。現在の時刻は午前10時30分。集合時間は11時だけど、色々と落ち着かなかった俺は少しでも頭を冷やそうと早々に家を出てきた。
しかし、その抵抗もむなしく俺の心は相変わらず平常心とは程遠いものとなっていた。『デートじゃない』ということを意識すればするほど、逆に『デート』ということを意識してしまう悪循環に陥っていた。
「よく考えろ。別に桜と二人で出掛けるのは初めてじゃない。小学校の時もあるし、家族同士で遊んだこともある。今更緊張することはないはずだ」
結果、強引に自分を納得させるしか落ち着かせる方法を思いつかなかった。そう。桜とはただの幼馴染なだけで、『デート』と思う方が間違いなのだ。
「そもそも今日は蜜柑ちゃんのクリスマスプレゼントを選ぶために呼んだだけで――」
「……何を一人でぶつぶつ言ってるの?」
「うひゃあ!?」
一人だけの世界に入っているところで声をかけられたので、思わず変な叫び声を上げてしまった。
「なに今の叫び声……。変な優人」
「桜が急に話かけるからだ……ろ……」
「……?。どうしたの?」
文句の一つでも言ってやろうと、声が聞こえてきた方を向く。そこで俺は今日初めて桜の姿を視界に入れたのだが、桜を見た瞬間思わず声が止まってしまった。
平日は学校があるので服は当然制服になるが、休みの日となると私服を着ることになる。俺は中学生になって初めて見る桜の私服姿に目を奪われていた。
白いブラウスに、ネイビー色のスカート。今日はいつもよりは気温が高いので、スカート丈もふくらはぎくらいのものになっている。そしてそれらを包むように着こなされたグレーのチェスターコート。
少し大人びているように見える格好だけど、元々外見は大人びて見える桜にはぴったりだった。
「優人……?」
「え?あ、その……何でもない」
惚けるようにして見ていたら、桜が心配そうな表情をしながら声をかけてきたので慌てて視線を逸らした。
「あれ?そう言えばまだ10時40分なんだな」
桜から視線を逸らした先で丁度時計が映り、時刻を確認することが出来た。昨日打ち合わせた時間よりだいぶ早い集合になったけど遅くなるよりずっといいだろう。
「ちょっと早く集まる感じになったけど、もう電車乗るか?」
「うん」
桜は小さく頷きながら返事をした。何となく、いつもより大人しい気がするけどそれはきっとこの寒さのせいだろう。
『まもなく発車致します。駆け込み乗車はおやめください。ドアが閉まります』
駅員さんのアナウンスを聞きながら急いで電車に乗り、発車するのを待つ。今日は土曜日で休日ということもあって、電車内は平日よりも人がいなかった。二人で座れるスペースがあるところまで歩き、ゆっくりと腰掛ける。
「よいしょっと」
「……」
俺が腰掛けると、その右隣りに桜が座る。その瞬間、空気に弾んだ髪から甘い匂いが漂ってきて鼓動が一気に高鳴る。ドキドキがバクバクという音に変わり、やがてドッドッドッと重低音のような鼓動に変わる。
もしかしたら聞こえているのではないかと思っていると、桜がいきなりスマホ画面を見せてながらより一層密着してきた。
「蜜柑ちゃんに買うプレゼントだけど……雑貨とかだったらこの店は?」
「え?あ、どれどれ?」
いつもより早口になりながら、スマホ画面をスクロールしながら確認する。桜が調べてくれたのは、小物やインテリア雑貨を取り扱うお店で写真を見たところかわいらしいものが多かった。
果物の形をしたビンや手のひらサイズのぬいぐるみ、可愛らしいポーチなどさまざまだ。確かに女の子受けが良さそうな店ではある。
「うーん……」
しかし俺は、何となく乗り気ではなかった。せっかく桜が提案してくれたものに水を差すようだが、こういうのは好みがあるから独断で決めるとはずれる可能性が高いような気がする。どうせ渡すなら喜んでくれる物を渡したい気持ちがあるので、小物や置物系はNGかもしれない。
「好みの一つでも聞いてればなあ」
「何も知らないの?」
「お恥ずかしながら」
そもそも蜜柑ちゃんはあんまり『自分の物』というものを持っている印象がない。うちに引っ越してくるときも荷物が少なかったし、積極的に物を欲しがるタイプでもないだろう。
「桜はどうだ?同じ女子としてもらったら嬉しい物とかないか?」
「私?私は……」
今まで女子にプレゼントなんて渡したことのない俺には、何でもいいから情報が欲しかった。いちおうインターネットという誠に便利なもので一通り調べたけど、やはり生の意見には勝てないだろう。
「ぬ、ぬいぐるみとか?」
「ぬいぐるみ?」
意外なものが出てきたので思わず聞き返してしまった。桜とは幼馴染だけど、ぬいぐるみが好きという話は聞いたことが無かったからだ。
「~~!!」
恥ずかしいのか、りんごのように顔を真っ赤にしたままそっぽを向いた。別に恥ずかしがることは何もない。今まで聞いたことが無かったので少し驚いたけど、桜も一人の女の子なのだ。
「ぬいぐるみ……ぬいぐるみか」
確かにプレゼントの候補としてはかなり良い線だろう。しかし、一つ不安な点があった。俺はポケットに入れておいたスマホを取り出し、検索のところに『ぬいぐるみ』とフリック操作で打ち込む。
「やっぱり高いか」
俺の嫌な予想は見事的中してしまった。画像を検索すれば、可愛い動物のぬいぐるみが沢山出てきたがそのどれもが中学生にしては大金と言える値段ばかりだった。手が出ないというほどではないが、本当に好きな物かどうか分からないという博打をするには高すぎる値段だ。
もちろん手頃な値段の物もあるが、ビジュアルやサイズ等を比べるとお粗末なものとなってしまう。
「普段から使うものはどう?」
スマホの画面を見つめながら頭を悩ませていると、桜が新たな選択肢を提案してくれた。確かに普段から使うものなら、そこまで高価なものはないだろう。それに『好み』という点でも悩むことが無さそうだ。
「例えばどんなものがある?」
女子と男子ではそもそも使うものが違う。再び桜の意見を得ようと実際に尋ねてみる。
「うーん……」
すると桜は小さく唸り声を上げながら天井の方を見上げる。考えているというより、思い出していると言ったような姿だった。
普段から使っているからこそ、そこまで意識して持ち歩こうとはしていないのだろう。
「リップクリームとか?」
「リップクリームか」
名前も知らない物が出てきたらどうしようかと思ったけど、割と馴染み深い物で安心した。この季節は特に乾燥がひどくなってくるので、常備している女子は多いだろう。
「確かに結構いいかもな」
「色々な種類があるけど、色付きとか香り付きとか」
「学校に持っていけることを考えたら無色無香料のものがいいんじゃないか?」
「別にいいんじゃない?休みの日とかにつければ。私も今日は色付きだよ」
「どれどれ?」
会話の流れに身を任せた俺は何も考えず桜の唇に顔を近付ける。
「えっ、あ――」
「うーん……」
別に普段から桜の唇を見ているわけではないけど、言われてみるといつもより瑞々しい気がした。色はよく見ないと分からないくらい薄いピンク色になっていて、唇の存在感を強調している。
『次は○○~。○○。お出口は左側です』
「おっ、そろそろか」
車内アナウンスが響き、目的の駅がもう直ぐだと分かった俺は降りるために席を立った。
「どうかしたか?」
一応降りる駅ということは伝えたつもりだったが、何故か桜は固まったまま立ち上がろうとしなかった。何かに驚いているようにも見えるが、それがきっと気のせいだろう。すると桜は油が切れたブリキ人形のように首を回し、ゆっくりと口を開いた。
「だ、大丈夫……」
思わず『絶対大丈夫じゃないだろう』とツッコんでしまいそうなほど震えた声だったけど、本人が大丈夫と言った以上変な手助けをするもんじゃないだろう。俺は桜を信じて「分かった」と一言返して、ドアの方へ先に向かう。
「……馬鹿優人」
背中を向けたところで桜が何か言った気がするが、きっとただの空耳だろう。
読んでいただきありがとうございます。
……男女二人で出掛ける。それは『デート』なんでしょうか?
正直、デートの概念はよくわかりません。
次回は皆さんの予想通り『これはもしかしてデート? その2』になります。
次は実際に買い物をするところですね。
それはでは皆さん、次回もよろしくお願いします。