これはいわゆる
どうもココアです。
約一か月ぶりの更新でございますが、これからもよろしくお願いします。
「終わった……」
四日間にもわたって行われた期末テスト。冬休み直前に立ち塞がっていた苦行を終えて、クラスはいつもよりに賑わっている。
しかし、俺の前に座っている楠木だけは死んだ魚の目をしながら天を仰いでいた。
「どうした?せっかくテストが終わったのに」
「今日やった数学……。半分空欄がある」
「お前、そんな調子で受験大丈夫なのかよ」
同情する気にもなれず、ため息を吐きながら手際よく荷物をリュックにつめる。
「あれ?もう帰るのか?」
「今日はちょっと用事があるんだよ。だから先に帰るな」
リュックを背負いながら適当に手を振って、教室を後にした。
外に出てみると、既に空は暗くなりかけていてより一層気温が下がっていた。手袋はしているものの、マフラーやネックウォーマーのようなものはしていないので首元を冷たい風が襲う。
「うう……寒い。いい加減マフラー買おうかな」
寒い季節にしか使わないので、買いたいという考えはあってもいつも断念してしまう。しかし、寒い時期になるとやはり欲しくなってしまう。
手で首元を守りながら歩いていると、校門の前で校舎の方を睨むような視線で見ている桜が見えた。
「おーい桜ー」
桜の姿を見つけた俺は、寒いので最小限の動きで手を振って歩く速度を上げた。
「……遅い」
「開口一番がそれかい」
頬をハムスターのように膨らませながら、ジッとこちらを睨む。確かに待たせたのは悪いけれど、学校が違うのだから下校時間に差異があるのは仕方のないことだろう。
「ってかそもそも家が隣なんだから帰り道で話すこともねえだろ。しかもこんなくそ寒い中で」
「二度手間やだ。それに、優人がうちに来るのも嫌だし」
「俺が行くこと前提なんかい……」
「今は優人の家にも行きたくない。蜜柑ちゃんになんて声をかければいいか分からないし」
「そうか……」
少し悔しそうで、それでいて寂しそうな表情をしながら桜は言った。元々人付き合いが苦手な桜は、誰かと話すのもそんなに得意じゃない。それでいて思ったことを口に出してしまう、いい意味では素直なところがある。
しかし、その素直は敵を作りやすく桜のことを苦手と思うやつも少なくない。そして桜自身も分かっているのだろう。さっきの『なんて声をかければいいか分からない』というのは、自分は余計なことを言って蜜柑ちゃんをより傷つけたくないからということだ。
だから俺もそれ以上は何も聞かなかったし、聞けなかった。
「まあそれはいいとして、明日明後日の話だな。この前スマホでも送ったけど」
「蜜柑ちゃんのプレゼントだっけ?」
「そうそう。それを選ぶのを手伝ってほしいんだよ」
本当は一人で買おうとしたけど、今まで女の子にプレゼントなんて渡したことのない俺にはハードルが高すぎた。どんなものを上げようというイメージすら湧いてこない。もしこれが楠木であったなら真剣に欲しいものから、ネタ的なプレゼントも渡すことができる。
「いまさらだけど、私が選んでもいいの?」
不安そうな視線を向けてくる桜。まだ蜜柑ちゃんとそんなに仲良くなっていないのにとでも言いたそうな表情だ。
「俺が選んだら壊滅的に最悪なものになりそうなんだ。それに、一応は女子だし……なんかいいアドバイスがないかなって」
「その『一応』って言うのがすごく気になるんだけど」
余計なことを言ったと、後悔するのが遅かった。気づいた時には桜から尋常じゃないほどの殺気を感じる。
……ヤバい。もしかしたら死んじゃうかもしれない。聖夜を迎えるまでに、俺の『通夜』が迎えられるかもしれない。
「優人……歯を食いしばって」
「心の底からすみませんでした」
どんな時でも平手打ちは痛いけれど、寒い季節はより痛みが増す気がする。せめて温かい季節になるまでその怒りを鎮めてもらいたい。
「あれ?そう言えば桜って手袋してないのか?」
平手打ちが飛んでくるかもしれないと、桜の手を追っているうちに気が付いた。寒さに強いというなら分かるけど、しっかりとマフラーを巻いているのに手袋をしていないのが解せなかった。
「去年を出してみたら破けてた」
「ああ……。使った後にしまったら次使うまで基本姿を見ないからな」
桜の話を聞いて、俺は至極納得した。やはり特定の季節にしか使わないものは、その時にしかお目にかからないので破けていたというのはよくあることだ。他にもサイズが合わなくなってしまったり、片方だけ見当たらなくなってしまったり。
「この季節に手袋がしてないのは手に対しての虐待だぞ」
「じゃあマフラーをしていないのは首に対しての虐待なの?」
「違う。これは愛の鞭っていう表現の仕方をするんだ」
「優人は歪んだ愛を持ってるんだ」
こんなくだらない会話も桜相手だからできることだった。楠木としようものなら話の腰をおられそうだし、他の女子なんて話したこともない。……よくよく考えれば俺の交友関係ってめちゃくちゃ狭いのか?
なんてこの場では全く関係ないことを考えていると、桜が急に俺の左手を握ってきた。
「え?なに?桜さん?」
予想もしていない行動に、思わず早口になってしまう。
「貸して」
「えっ?」
「手袋貸して」
「……」
急に手を握ってきたと思ったらただの物乞いだった。思春期の男子が女子に手を握られるというのが、どれだけ心臓に悪いのか知らないのかこいつは。
いろいろ複雑な感情を桜にぶつけたかったが、グッとこらえて握ってくる右手を振り払った。
「桜に貸したら俺の手が寒いだろうが」
「これも手に対する愛の鞭だと思って」
「愛の鞭は首だけで十分。手には純愛を注ぎたい男なんだよ」
「ケチ」
「言ってろ」
確かにこの季節で手袋がないというのはかわいそうだけど、俺だって手が冷たくなるのはごめんだ。それに手袋をしているからと言って100%寒さをカットできるわけでもない。
「そういや桜。明日のことだけど……」
「うん。11時で駅でもいい?」
「駅?別に問題ないけど、家隣なのにわざわざ駅に集合するのか?」
明日は蜜柑ちゃんのプレゼントを選びに都内の方へ行くので電車を使うことになる。てっきり俺は家の前集合だと思っていたので、桜の提案は少々意表を突かれた。
「別に……ただ何となく」
理由を聞いてもそっぽを向いているだけで特に教えてはくれなかった。俺としてもそこまで無理に聞くことでもないので、集合場所に関してそれ以上掘り下げるのはやめた。
「それじゃあまた明日……」
「おう」
話しているうちにもう家に着いてしまったらしい。結局、本来の目的である明日の話は最後の最後時間と集合場所を決めただけになってしまった。俺は桜が玄関を開けて、家に入るところまで見送ってから改めて自分の家へ足を進めた。
暗くなりかけていた空は帰っているうちにすっかり真っ黒に染まっていて、寒さもより一層激しくなっていた。
「うう……寒い。早く帰ろう」
一人になった途端に寒くなったような気がして、目と鼻の先にあるはずの家がすごく遠くに感じた。
「明日は11時に駅集合か」
そしてさっき話したばかりの明日のことを考える。
「そう言えば二人で出かけるのっていつぶりだろうな」
自分から誘っておいて今更な気がするが、桜と二人で出かけるのは小学生ぶりのような気がする。中学からは学校も違うので、会う機会自体減ってしまったから。
……二人きり。男女。出かける。クリスマス。
置かれている状況を何となく思い返してみると、とんでもないことに気が付いた。
「もしかしてこれって、“デート”になるのか?」
読んでいただきありがとうございます。
ちなみに皆さんはマフラーを巻いていますか?
作者は手袋はしても、マフラーは巻かないという優人と同じタイプの人間です。
それでは次回もよろしくお願いします。