テストが終わったら
どうもココアです。
今回もよろしくお願いします。
「お邪魔しまーす」
「優人!よく来てくれた」
「まあ、お前には最近借りがいっぱいあるかな」
土曜日のお昼過ぎ。俺はリュックに着替えと教科書などを詰め込んで楠木家を訪れていた。インターホンを鳴らすと楠木が出迎えてくれた。楠木家に来るのは初めてではないが、いつもはお母さんが出迎えてくれるので本人がやってくるのは少し新鮮な感じだ。
「今日は両親はいないのか?」
「あー。お袋に『優人と勉強合宿する』って言ったら、単身赴任の親父のところに行くって言ってな」
「へえ。ちなみにどこに行ってるんだ?」
「広島だよ。土産にもみじ饅頭買ってるって」
話しながら階段を上がると『蓮太』と書かれた看板が吊らされているドアが現れる。ここが楠木の部屋というわけだ。俺は何度か入ったことがあるが、本当に何の変哲もない男子中学生の部屋というような部屋が待っている。
「まあ、中で少し待っててくれ。今から飲み物とってくるから」
「おう」
ドアを開けてそう促す楠木。俺はその言葉に甘えて、床に転がっているクッションの上に座って部屋を見渡した。
前に来たのがどれくらい前なのかは覚えていないけれど、その時から全く変わっていない空間が広がっている。
「あいつ……模様替えとかしないのかな」
他人の部屋を文句を言うが、俺の部屋もエンターテイメントに優れた物があるわけでもない。しかし、人にはあれこれ文句を言いたくなってしまう。
「さてと」
俺はリュックから持ってきた私物を取り出し、それを目の前の折り畳み式のミニテーブルに広げる。今回は勉強合宿という体になっているが、本来は俺が楠木に教えるという一方的な勉強合宿になるだろう。
人に教えるのは嫌いじゃないし、楠木には借りがいっぱいあるので断る理由もない。
だが、あいつに勉強を教えるのは色々と面倒なのだ。
「お待たせー」
途端、閉ざされたドアが開いて楠木がお盆にコップと飲み物を持って現れた。
「おう、ありがと――」
自然な流れでお礼を言おうとしたが、俺はあるものに気が付いてそれを止めた。そう。楠木のポケットに、ゲームコントローラーが入っているからだ。
「お前……そのゲームコントローラーは何だよ」
「え?だって勉強合宿だろ?」
「『勉強合宿だろ?』じゃねえよ!じゃあ何でコントローラー持ってきてるんだよ。明らかに遊ぶ気満々じゃねえか!」
「えっ?息抜きも無し……なのか?」
「息抜きしている余裕がねえから俺を呼んだんじゃねえのかよ!!」
「いやいや、お前がいるからその余裕が生まれたんだろ」
まるで俺の責任のようなこと言いだす楠木にイラっとし、コップを机の上に乗せている隙にコントローラーを奪った。
「あ、何するんだ優人!」
「何するんだじゃねえよ。これは俺がゲームしても大丈夫だと判断したら渡してやる」
鞭の後の飴という意味ではないが、そういう風にしないと勉強するモチベーションを保たせることができない。もちろんゲームをやらせるつもりは毛頭ないが、勉強自体に集中させないと本末転倒になってしまう。
「ゲームがしたいなら少しでも勉強することだな」
「よしじゃあさっそく始めようぜ!」
うるさいくらいに鼻息を荒くして、ノートを開いた楠木。上手いことやる気を出させることができたようで一先ずは安心してした。
しかし……
「ちなみに何が分からないんだ?」
「全部!!」
「……」
やっぱりゲームをやらせる余裕はないと、再認識したのだった。
◆◆◆
「……」
「……」
勉強がスタートして早くも5時間。外はもう真っ暗になっていて、部屋に飾ってある時計も18時30分を示していた。
そろそろ一区切りしようと声をかけたくなるが、楠木はまだ集中している様子でペンを動かしていた。声をかけるのも躊躇わせる集中力で、楠木がいかに追い詰められているのかがその様子から伺る。
「なあ優人」
「どうした?」
そんな中、突然楠木が声をかけてきた。今までも何度か声をかけてきたが、それは分からないところがあった時だけで。今みたいに呼ばれるのは今回が初だった。
「テスト終わったら直ぐに冬休みが来るんだよな」
「ああ、確かテストから一週間後とかだったか」
最近色々なことがありすぎて冬休みのことなんて考える暇がなかった。楠木に言われて、改めてその存在に気づかされた。
「今年の冬休みってさ、丁度12月24日から始まるだろ?」
「そうなのか?」
当たり前のように言うが、日にちまで大して気にしていなかった。全く興味のない話題なのでここまま適当に相槌を打つだけにしようかと思ったが、12月24日という言葉を聞いてあることに気が付いた。
「……12月24日?」
「そう。いわゆるクリスマスイブ。まあ、彼女も居ない俺たちからしたら全く関係ない話だけど蜜柑ちゃんにプレゼントでもあげるのかな~ってちょっと気になっただけ」
「プレゼント?」
あまり聞き覚えないのない言葉に頭をハンマーで殴られたような衝撃が走る。楠木の言った通り、今まで彼女の一人もできたことがない。だから自分もずっと無関係なイベントだとずっと無視していた。
しかし、楠木の言った通り今は蜜柑ちゃんがいる。プレゼントの一つでも渡せば少しは元気になってくれたりするだろうか。
「そっか……クリスマスプレゼントか」
「渡そうとしているのか?」
「いや、今お前の言葉で思いついただけだ」
楠木に言われるまではその考えすら浮かばなかったであろう。……だが、こいつに気づかされたというのは少々癪に障るところがあったりもする。
「プレゼント……プレゼント……」
とりあえず渡すことにはしたけど、どんな物を渡したら良いのか全く見当がつかない。蜜柑ちゃんなら嫌な顔をせず受け取ってくれるだろうが、やっぱり貰って喜ぶ物をあげたいだろう。
「どんなのをあげたらいいと思う?」
再びノートにペンを走らせている楠木に気を遣うことはなく、土足で踏み入れるようにして訪ねた。少し怒られることも予想していたが、楠木は静かにペンを置いてから腕組みして真剣な様子で考え始める。
「うーん……」
分かりやすく唸りながら首を傾げるが、どうやら良い感じの案が浮かんでこないようだ。そして……
「全く分からん!」
「お、おう……」
一周回って清々しさすら感じさせる言い方に、俺もそれ以上話を続けることができなかった。楠木は俺の知る限りでは彼女できたこともないし、好きな子がいるという話も聞いたことが無い。最初から異性に対しての興味が他よりも薄いのかもしれない。
「誰か他に頼れるのは……」
自分で決めるという選択肢は完全に無くなってしまい、俺の狭い交友関係を頭の中で辿って行く。もは勉強合宿ということを完全に忘れていた。今はテストよりもプレゼントのことの方が俺にとっては重要なことになっていた。
「クラスの女子とかはどうだ?」
「そんなに仲良くねえよ」
「話聞くだけでも参考になるんじゃねえか?」
「まあ、それはそうか」
楠木の意見も一理あるが、俺はその提案に対しては後ろ向きだった。別にクラスメイトと特別仲が悪いというわけではないが、特別仲が良いということもない。他人と知人の間のような関係と言えばいいのだろうか。
少なくともクリスマスプレゼントのことを相談するような間柄ではないことは確かだ。
「うーん……」
また俺を悩ませる問題が増えたと、頭を抱えているとポケットに入れておいたスマホが震えた。何か思って取り出してみると、メッセージが届いたようだった。
「あっ」
今のスマホは設定によってアプリを開かなくても誰から送ってきたメッセージくらいは分かるようになっている。俺はメッセージの送信者を見て一瞬で閃いた。素早く4桁のパスワードを打ち込み、メッセージアプリを開いて返信をする。
「これで良しっと」
「誰に送ったんだ?」
「ん?内緒だ」
変にからかわれるのも面倒なので質問には答えなかった。しかし、それだけですんなり引いてはくれず何度か聞いてきたけど、俺は黙秘を貫いて誰に連絡をしたのかは言わなかった。とりあえずそんなところで勉強合宿の一日目は終わりそうで、一つ悩みの種が無くなってスッキリした気分だった。
――その頃鴛家では。
「桜ー。早くお風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
母の言いつけ通り、私はお風呂に入ろうと着替えを持って部屋を出ようとした。その時、机の上に置いておいたスマホが振動し、ブーブーという音を鳴らす。さっき優人に送ったメッセージの返信が来たのかとスマホを手にとってアプリを開く。
「えっ?」
メッセージを見た瞬間、思わずスマホを手放してしまった。
「えっ?えっ?えっ?どういうこと?どういうことなの?」
私は今までにないほど慌てていた。その訳は優人がしてきた返信内容だ。内容は私が聞いたことに対しての返信と、優人からの提案の二つがあった。
そして優人からの提案は――
――『今度の土日ちょっと付き合ってくれ』
読んでいただきありがとうございます!
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