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林檎と蜜柑どっちにする?  作者: ココア
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様子見

どうもココアです。

……またしても一か月ほど空いてしまった。本当に申し訳ないです。

またこれからもよろしくお願いします。


「おはよう優人。どうした?辛気臭い顔して」


「うるせえ。もともとこんな顔だ」


 次の日。俺は普段通りを装いながら登校した。教室に入って早々に楠木が声をかけてきたけど、それを適当にあしらいながら自分の席に座った。


「……」


 昨日、楠木から“普段通りにしよう”と言われたけど普段の俺は一体どんなだっただろうか。普段通りを意識すればするほど、逆に普段通りに過ごすことが出来ないという現象……。それを解決できるいい方法はないだろうか。


「何であいつはあんなにも上手いんだろうな」


 頬杖をつきながら楠木のことを目で追う。今はクラスの明るいメンバーと一緒にふざけあっているが、その光景は紛れもなく普段通りだった。特別なことは何もしていない。他のクラスメイトもそう思っているだろう。


 しかし、その普段通りを俺は恐怖せずにはいられなかった。もちろん普段通りという提案をしたの楠木の方だけど、それにしてもこんなにも早く切り替えることが出来るものだろうか。


「感覚的なもんなのかな」


「何の話?」


「えっ?」


 一瞬、誰に声をかけられたのか分からなかった。朝、登校して教室に入る。楠木と数秒の会話をする。ホームルームが始まるまで退屈と戦いながら待つ。ここまでは普段通りだった。蜜柑ちゃんがやってくる前と変わらない日常だった。


 けど、このホームルームを待っているタイミングで学級委員長である成瀬三久に話かけられるのは普段通りではなかった。


「えっと……」


 話しかけられたのが成瀬さんだと気が付いたのが、特徴的な茶色の長髪を確認できたところだ。背中が隠れるほどの長髪と、太陽の光に透けるような茶色はこの学年では他にいない。

 

「そう言えば神崎君、昨日は大丈夫だった?滑ってぶつけてけがをしたんでしょ?」


 警戒しているということを悟られたのか、話題を変えて別の角度から攻めるように訪ねてきた。


「まあ、そんな大したことないけがだったから」


 本当は腹部にペットボトルのキャップくらいの痣ができたけど、それはあえて言わないことにした。もし西条茜の関係者である場合、不必要な情報を伝えることもないだろう。もし無関係であっても、余計な心配をかけさせるのも悪い気がする。


「それなら良いけど……。そう言えば、さっき言ってたことってどういうことなの?」


 一つ話題が片付いたところで、成瀬さんは次の話題を吹っかけてきた。元々はこの話題が俺に話かけるきっかけになっただろうが、俺があまりにも動揺したからそれを落ち着かせるためのワンクッションを挟んだのだろう。


「それは……」


 俺としても答えに迷っていた。成瀬さんの思惑通り、話しかけられたことに対しての動揺はもうない。けがに対しての話題をすんなり答えてしまった故に、もう“答えない”という選択肢を削られてしまった。


 しかし、思っていたこと全てを馬鹿正直に話すのは論外。かといって全て嘘のことを話しても真実味が薄れてしまう。嘘をつくときは、少しの真実を織り交ぜた方がよりだましやすくなる。


「昨日帰ってるとき、楠木に滑ってぶつけた話をしたんだよ」


「ええ」


「そしたら大爆笑されてさ」


「ああ……」


 まだ話している途中だけど、成瀬さんは納得したように首を縦に振りながら声を漏らした。ここまで全く疑おうとせずに頷くのは、楠木の日ごろの行いということだろう。頷く成瀬さんを確認し、まだ疑われてないということを確信してから作り話を続けた。


「あんまりにも笑うから、『お前ならその状況どうしてたんだよ』って聞いてみたんだよ。そしたら……」


 あえて言葉を一度切り、息を整えてから改めて口を開いた。


「ぜんっっぜん!分からねえんだよ。楠木の言ってることが!」


 両手を広げ、それを上下に大きく振りながら語る。少し大げさかもしれないけど、こうした方が本当にあった話をしているみたいに聞こえるだろう。楠木の馬鹿さを強めてしまったことは後で謝るとして、とりあえず今は怪しまれない程度の話を作るのに必死だった。


「『こうやってこうするんだよ』とか言ってくるけど全然分からないんだよ。多分あれはあいつが運動できるから無意識にそういう反射をとれるだけで、俺みたいな一般人には到底できない」


「確かに……。楠木君ってああ見えて陸上部の元エースだもんね」


「そうそう。だから“感覚的なもんなのかな”って考えてたんだよ」


 即興で考えたにしてはなかなか現実にありそうな作り話が出来たのではないだろうか。この頭の回転の早さと臨機応変に対応する力は楠木にはないだろう。


「そういうことだったの。急に変なことを言ってるからどうしたのかと思った」


「別にそこまで変じゃ……」


 途中まで否定をしていたけど、よくよく考えたらめちゃくちゃ変な奴だということに気が付いて言葉が止まった。


「いや、めちゃくちゃ変だったわ」


 そして、一秒前の自分にさよならを告げ、己の変人さを認めた存在に生まれ変わった。


「そうだろうね」


 成瀬さんは俺の言葉を全く否定したりはせず、ただ優しい笑顔を向けたまま静かに言った。


◆◆◆


「うう……。危なかった」


「どうした?何かあったのか?」


 午前の授業が終わり昼休み。いつものように楠木と一緒に飯を食べているところだ。今朝の成瀬さんとのことを思い出し、進んでいた箸が急に止まる。


「ちょっと朝に成瀬さんと話してな」


「お前……様子を見るって言った傍から」


「いや本当に軽率だった」


 楠木が呆れるように息をつくのも無理はない。様子を見ると、昨日散々釘を刺されたというのに自分から相手に話かけられるようなことを呟いてしまった。


「それで?なんの話をしてたんだ?」


「まあその……俺がお前の切り替えの早さに注目しててな。無意識に“感覚的”なんてことを呟いちまったんだよ。それに成瀬さんが食いついてきたってわけだ。まあでも、何とか誤魔化せたからよかったけど」


「誤魔化せたねえ。そんなに上手くいったのか?」


「実際のところは分からない。けど、俺が作った話以上のことは聞いてこなかった」


 そう。結局あの後は直ぐにチャイムが鳴って担任が教室に入ってきた。もし何か気になるところがあったとしても、聞ける状況ではなくなってしまったんだ。


 もちろんその後の休み時間の時にも特に話かけられてこなかったので、これは誤魔化せたと言っていいだろう。


「まあ、話かけてこないのはこっちとしても都合がいいから良しとするか。できる限り普段通り過ごすって言っちまったからな」


 本当ならこの昼休みは犯人を突き止めるための作戦会議になるところだが、普段通り過ごすとなるとそんなこともできないだろう。


「ってか、普通通りならお前はいつも後輩とかと飯食ってるじゃん」


 作戦会議の前を振り返ってみると、俺は蜜柑ちゃんと一緒に食べていたし楠木は教室を出て部活の後輩と食べることが多かった。


「本当に普段通りに過ごすなら、楠木は教室に居ない方がいいんじゃないか?」


「お前……本当にこういうことに関しては頭が働かねえな」


 呆れるを通り越して、可哀そうな子を見るような目で見つめてくる楠木。


「いいか?犯人にとって俺たちは分かりやすく言うと敵だ。仮にその敵を監視するなら別々に居られるより、二人一緒に居られた方が監視しやすいだろ。それに、俺と優人が犯人捜しをしていないということが伝わればいいんだ。

つまり“二人一緒でも犯人探しの話をしない”と思わせればいい」


「なるほど。楠木と一緒にいて全く関係のない話をすることで、“もう探していない”と思わせるわけか」


「そう。まあ簡単には思い込んでくれないと思うけどな。それに、俺がこのタイミングで後輩たちのところで飯を食うのは逆効果だ。一年のところに行って情報を掴もうとしてると思われる可能性もある」


「そこまで考えての行動だったってわけか。楠木、お前って実は頭いいだろ?」


「勉強できる奴が頭良いとは限らないってことだ」


 妙にかっこつけながら、楠木は再びパンをかじる。悔しいが、今の楠木はいつもより少しだけ……ほんの少しだけカッコよく見えた。


「全く関係ない話か……。あ、そう言えばそろそろ期末テストだな」


「ぶっ!!?」


 俺がテストの話をしようとすると、楠木はいきなり口に含んでいたパンを噴き出した。


「ちょ、きったねえな」


「お前が急に変なこと言うからだろ」


「別に変でも何でもないだろ。事実、もう来週からテスト始まるし」


「ふぇ?」


「……何だその『初耳です』って顔は。前に飾ってあるカレンダーにも書いてあるし、担任も授業の先生も何回か言ってただろ」


 恐る恐るカレンダーに視線を向ける楠木。ちなみに、今日は12月9日の金曜日。テストが始まるのは12月13日の火曜日。そこから四日間に渡って期末テストが行われる。この期末テストは受験には全く関係のないテストなので、多少平均点は落ちるだろうが元々低い奴がもっと落ちるということでもあるだろう。


「優人()()……」


 カレンダーを見た楠木が真っ青になった顔をこちらに向けながら口を開いた。


「泊りで勉強会なんてどうでしょうか?」


「……お前の家でならな」

読んでいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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