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どうもココアです。
……もう八月になってしまいました。
それでは皆さん、どうぞご覧ください。
「おう」
「優人?何でこんな時間までいるんだ?」
校門に寄りかかる形で待っていると、部活で一汗かいてきた楠がやってきた。今は午後6時を示していて、空はもう真っ暗になっていた。
「ちょっと話たいことがあるんだよ」
「話したいこと?」
「帰りながらで良いから聞いてくれ」
そう言いながら俺は、事前に用意していたスポーツドリンクを楠に投げる。タイミングが際どかったはずだが、さすがは楠、何食わぬ顔でキャッチをしてみせた。キャッチした楠は、改めて確認をとることもなく蓋を開けて喉を鳴らしながらスポーツドリンクを飲む。
「ふう。サンキュー優人」
「ああ。それで話なんだけどさ」
校門を出たところで、俺はさっそく本題に入ることにした。部活で疲れている楠に、これ以上疲れさせるようなことは言いたくはないが、『一人でやろうとするな』と釘を刺されてしまったので、話さないわけにはいかなかった。
「実は今日、帰ろうとしたところで階段から突き落とされたんだ」
「はっ?」
「いきなり後ろから押されてさ。咄嗟のことだったから犯人の顔なんてみれず、そのままズルズルと_まで転がっていったらしい」
「らしいって、お前大丈夫だったのかよ!!」
「大丈夫だって。ほら、ピンピンしてるだろ?」
何ともないということをアピールするため、俺は無理に体を動かす。少しだけ背中に痛みが走るが、表情が変わってしまうほどの痛みではなかったので楠は普通に騙されてくれた。
「いきなり階段から落とされる……。もしかして」
「ああ。恐らく、蜜柑ちゃんをいじめている主犯格――如月梓関係の仕業って考えていいと思う」
楠も何かを察していたらしいが、俺の方が我慢できずに先に口走ってしまった。すると楠の表情が一気に暗い表情になる。
こんな楠の表情は見たことがない。こいつとは結構長い付き合いだが、今までもこんな顔をしたことがあっただろうか。
「優人が俺と分かれた瞬間に狙われたってことは、俺らの行動がバレているのかもしれない」
「えっ、ああ、おお」
初めて見る楠の表情に独特な緊張感を覚えていると、思わず言われたことへの反応が遅れてしまった。
「何ボーっとしてるんだよ。この一件、考え方によっては俺たちの行動がバレている可能性があるぞ」
「どういうことだ?」
「お前……成績良いのに、何でこういう時は頭が回らないんだよ」
「第三者の加害者の可能性なら俺も分かって――」
「違う。いや、それもそうだけどもっと重要なことだ」
食い気味に言ってきた楠の表情に、もうさっきのような暗さは残っていない。今はただ焦りの感情が高まっているということがその顔からも、口調からも感じとることができた。
「これはやった側からすると『口封じ』だ。今回は階段から落とされるだったけど、変な行動をしたらもっとやるぞっていうな。しかも、その口封じをしたってことは俺らの行動が主犯格である如月梓にバレているってことだ」
「バレている……?」
妙な前置きがあったからもっと重要なことを見逃していたのかと思ったけど、そんなことは俺でも想像できる。これ以上探られるわけにはいかないと、如月梓が感じ取ったからこそ俺のことを階段から落として口封じをしようとした。
だから一番の問題は、どうして如月梓に俺たちの行動が見つかったのかというところで――
「あれ?」
「気が付いたか?」
ある一つの疑問が生まれたところで、思わず声が漏れる。こういう時はいつも馬鹿にしてくるはずの楠も、今日は全くと言っていいほど口を出してこない。むしろ静かに、ただ俺の方を見ながら小さく頷いていた。
「如月梓に俺らの行動が見つかった原因。考えられるのは、俺と優人の会話を偶然如月梓の取り巻きが聞いていた。そしてもう一つ。このことを話した唯一の人物、鈴木良助が如月梓の手先だったっていう可能性だ」
「……!!」
言葉にされて、より事の重大さを理解することができた。それと同時に、何で今までそのことに気が付かなかったのかと、自分で自分を責め立ててもいた。
俺は今まで如月梓に俺たちのことがバレたということばかりに気を取られていたが、本当に重要なことはそこではなかった。今回より重要だったのは、結果ではなく過程だったのだ。
如月梓に知られたという結果より、どうして知られたのかという過程だったのだ。
「まだ確定はしていない。けど、この考え方だと鈴木は如月梓率いる奴等に動かされている可能性は高い」
「……どうすればいいと思う?」
一番重要なことを見逃していたのにも関わらず、俺は次にどんな行動をとればいいのかすら分からなかった。
「……」
冷たい空気が頬を撫でる。沈黙の中で感じるのは、その冷たさと楠が放つ独特な緊張感だった。そして、ゆっくりとその口が開かれて白い息と共に小さな声が吐き出される。
「一回手を引こう」
「えっ?」
「暫くの間は手を引いた方がいい」
予想もしていなかった提案に、頭の中が一瞬で真っ白になっていく。
――“手を引く?”どうして?犯人を捕まえるために、蜜柑ちゃんをもう一度学校に通わせるために俺がこのいじめを止めるって決めたのに。
「引くってどういうことだよ」
「そのままの意味だ。俺たちの行動が張本人に知られているとなると、こっちも動きにくくなる」
「だからってここで諦めるのかよ!じゃあ、蜜柑ちゃんはどうすればいいんだ。また学校に行かずに、家で引きこもればいいのか!!学校に行けなくなるほどいじめられたのに、一人でずっと塞ぎこんでればいいってことか!!」
「違う。そうは言ってない。俺はただ――」
「俺たちが解決しなきゃ誰が解決するんだよ。今学校側に告白したところで、『証拠が何もない』って言われて突き返されるのが関の山だ。だから俺たちが……俺が解決するんだよ」
「話を聞け!!」
「――!?」
いつの間にか体が熱くなっていた俺は、今まで溜まっていた言葉全てを吐き出すように当たってしまった。
「お前の気持ちはよくわかる。けど、これが今の最善なんだ。それに俺はいじめを解決することをあきらめるつもりはない。ただ、今は身を引くだけだ。少しの間だけ身を引くだけだ」
「少しだけ……」
「口封じを大人しく受け入れたって相手に思わせるためだ。そうすれば油断もするだろうし、証拠集めもしやすくなる。それに、まだいるかもしれない加害者を見つける時間もできるかもしれない」
「楠……お前そこまで考えていたのか」
当たり前のことのように言葉を並べているが、相手の行動を予測しながらここまでの作戦を立てるには相当な洞察力と想像力が必要だ。
普段の定期テストとかは下から数えた方が早いというのに、なぜこんな時はこうも頭の回転がいいのだろうか。
「分かった。暫くはこの一件からは手を引くことにする」
「そうした方がいいだろうな」
「ありがとう楠。正直、ここまで考えてくれているとは思わなかった」
「お前が俺に協力してくれなんて初めてだったからな。まあ、お前には今までの恩があるからそれのお返しだと思ってくれ」
ポロっと口にされた言葉に歩く足が一瞬止まる。俺は今まで、楠に恩を売ったことがあるだろうか。何となく振り返ってみるが、特に何かしてあげたという思い出は見つからなかった。
「あれ?俺ってそんなにお前に何かしたっけ?」
「ん?ああ、これから恩を売ってもらう予定だったから」
「借りを作ったから返せってことかよ!……紛らわしい言い方しやがって」
あまりに回りくどい言いかたに思わずため息がでる。もう、さっきのような熱さは残ってはいなかった。この寒さにやられたのか、それとも楠の言葉に熱を奪われてしまったのか。
でも、今となってはもうどうでもいいことだった。今はただの“友人”としての会話だけでいい。けれど、またその時が来たら今度こそ証拠を掴んで犯人を捕まえる。
――もう二度と、蜜柑ちゃんに涙を流させないために。
読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。