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林檎と蜜柑どっちにする?  作者: ココア
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顔合わせ

どうもココアです。


今回もよろしくお願いいたします


 学校が終わった金曜日。受験生にとっての金曜日は、週の終わりではなくむしろ始まりの時間となる。帰って部屋に引きこもり、英単語を覚えようと思ったけれど、家に帰ってみるといつも仕事でいないはずの父の姿があった。


 それに、会社に行くときよりも身だしなみに気を配り、まるでお見合いにいく人のような恰好をしていた。


「???。何でそんなきっちりしてるんだ?何か大事な商談でもあるのか?」


「違う違う。それより、お前も早く支度してこい。今日はちょっと高いレストランで食事だからな」


「……は?」


 妙にはしゃいでる父に違和感を覚えながらも、洗面所に行って何となく身だしなみを整える。しかし、整えるといっても普通の中学三年の男子が着飾ることもない。


 まだ残っていた寝ぐせを軽く直し、空いた制服ボタンを閉めて父の車に乗った。


「それで?何で急に食事に行くなんて言い出したんだ?」


「ん?ああ、今日は顔合わせなんだ」


「顔合わせ?」


「ああ。昨日再婚するって言っただろ?今日はそのご家族と俺とお前を合わせての食事だ。まあ、一緒に暮らす前の試運転みたいなもんだ」


 と、父は当たり前のように説明をするが、俺はその話を聞いて鼓動が早くなっていた。昨日と言い今日と言い、父は受験生の精神を歪ませたいのだろうか。


「……できればそういうことは早く言ってほしかったんだけど」


「言ったらお前は逃げるだろ?基本的に面倒なことを嫌うお前なら、数少ない友達の家にでも行くだろ」


「わざわざ“数少ない”って頭につけることないだろ。……まあ、二つの意味で合ってるんだけど」


 腐っても父親とでも言うのだろうか。普段俺に興味がないような素振りを見せながらも、俺の行動を予測できる程度には理解されていた。


「そう言えば“一緒に暮らす前の試運転”って言ってたけど、いつかは一緒に住むってことなの?」


「当然だろ。あくまでも今日の顔合わせの一番の目的は、お前と蜜柑ちゃんだからな」


「蜜柑ちゃん?」


「連れ子の名前だよ。中学一年生の子供がいるって話しただろ?」


 そう言えば昨日そんなことを言われたかもしれない。再婚報告→連れ子がいる→中学一年生→顔合わせと、重たい情報が一気に流れ込んできたものだからうまく処理が出来ていなかった。


「……その子もよく了承したよな」


「その辺は安心しろ。何回か会ってる俺が優人のことをちゃんと説明しておいた」


「へえ、ちなみになんて?」


「“うちも一人息子がいるけど、ただのヘタレで害はないから大丈夫だよ”ってな」


「……うん。間違いじゃないからそれでいいや」


 父の言葉にツッコミを入れる気力すら失っていた俺は、茜色に染まりかける空を窓越しに眺めた。


 車に乗ること1時間。ようやく目的地に到着した。住宅街を進んでいたはずだけど、いつの間にか背の高いビルが聳え立って紫色の光が目に突き刺さるような場所に着いていた。


「ここのホテルのレストランだよ」


「ほ、ホテルのレストラン!?顔合わせにそんな高いところいくことないだろ」


「あっ、智子さん」


「だから人の話を聞いてくれよ……」


 俺の言葉に耳を傾けることはなく、ホテルのロビーで待っていた女性の元へ近づく。どうやらあの人が再婚の相手らしい。

 父の背中から覗き込むようにしてその姿を見てみる。


 第一印象は“優しそうな人”だった。父と仲睦まじく話す女性……年は母さんと同じくらいだろうか。少し茶色がかかった髪に、控えめな化粧。それでも間違いなく「美人」と言っていいだろう。


「あら?あなたが優人くんね。勇人さんから話は聞いているわ」


 俺のことに気が付いた智子さんは顔を近づいて、にっこりと微笑みながら挨拶をしてきた。


「あ、えっと、初めまして神崎優人です」


 妙に照れ臭くなり、ちゃんと目を向いて返すことは出来なかったけど何とか名乗ることはできた。


「すみませんねえ智子さん。こいつ美人に会って緊張してるんですよ」


 父が乱暴に頭を撫でまわす。普段は声に出して笑ったりはしないのだけれど、今は「ハハハ」と変な笑い方をしている。どうやら緊張しているのは俺だけではないらしい。


「……」


 顔を赤くしている父の姿を見ていたら自然と緊張の糸が切れ、俺は辺りを見渡す。そう。智子さんの連れ子……娘の蜜柑ちゃんらしい姿が見えないのだ。

 父の話だと今日の顔合わせの目的は、俺と蜜柑ちゃんがメインらしいのでせいぜい安心させてやろうと思っていたのに。


「と、智子さん……。父から娘さんがいるって聞いたんですけど」


 楽しそうに会話にする二人の間に割って入るのは気が引けたが、聞かずにはいられなかった。


「ああ……蜜柑はちょっとトイレに行ってるのよ。今日は朝から体調がよくなくてね」


「そうですか……」


 智子さんの言葉に残念と思う反面、どこか安心したところもあった。遅かれ早かれ会うことにはなるけれど、別に早く会いたいわけではない。きっとその子もそんな気持ちでいるのだろう。


「俺もちょっとトイレ」


 そして、父と智子さんの間に入っていけなくなった俺は逃げるようにしてその場を後にした。近くにトイレ案内の標識があったけれど、時間を稼ぐためにあえてもう一つ奥のトイレに行くことにした。


「やれやれ……。40後半になるおっさんが新婚気分何て色々やべえな」


 ぶつぶつと呟きながら、普段は来ることのないホテルの雰囲気を味わおうと辺りを見渡しながら進む。すると、俺と同い年くらいの女の子を見つけた。


 ピシッと制服を着こなし、胸元につけているリボンは一ミリたりとも曲がっていない。艶のある黒髪に清楚な外見。


「どこかのお嬢様か?」


 こんなホテルならいてもおかしくはないだろうが、少し気になってしまい彼女のことを目で追ってしまう。彼女はつけている腕時計で時折時間を確認しながら壁に寄り掛かる。誰かと待ち合わせをしているのだろうか。


――観察すること数分。途中トイレに行ったりもしたが、彼女は同じ場所から動くことは無かった。


 そして再び腕時計で時間を確認すると、小さく溜息をついてからようやくその場を後にした。


「……あ。俺もそろそろ戻らねえと」


 少しゆっくり観察しすぎたと、小走りで父と智子さんの元へ戻ろうとしたとき、俺の前を歩いていたさっきの彼女が向かってくる男性とぶつかってしまった。


「きゃあ!」


「あっ、お嬢ちゃん大丈夫かい?」


 圧倒的な体重差に、彼女は尻もりをついて転んでしまい、男性は申し訳なさそうに手を差し伸ばした。


「ひっ!……け、結構です!!」


 しかし、女の子はその手を取らなかった。


「えっ、でも……」


 明らかに動揺をしている男性。それでも女の子は、怯えるようにして遠ざかり逃げるように走っていった。

 周りにいた人たちが少し首を傾げている中、ぶつかった男性は罪悪感を隠せないでいた。


 一連を見ていた俺からしたら、今の出来事には違和感を覚えるしかない。……男性に手を伸ばされたとき、彼女は恐怖していた。まるでこの世の終わりのような表情をしていた。


「……あ」


 そんなことを考えている場合ではないということを思い出し、俺は走って父の元へ走っていった。



◆◆◆




「遅い!何をしていたんだ」


 戻って早々、大声で父に怒鳴られた。


「いや……ちょっとトイレが混んでてさ」


 さすがに「可愛い女の子に夢中になっていた」とは言いずらく、適当に誤魔化した。


「大丈夫よ優人君。蜜柑もさっき戻ってきたばかりだから」


 微笑みながら話すと、智子さん誘導によって隠れていた蜜柑ちゃんが姿を現した。


「……楠蜜柑くすのきみかんです。よろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします」


「どうだ優人、智子さんに似て美人な子だろ?」


 笑いながら父は言う。だが、そんな言葉は殆ど頭に入ってこなかった。蜜柑ちゃん、その子はさっき俺が気になっていた女の子だったからだ。


「どうかしたの優人君?」


「い、いや……何でもないです」


 明らかに動揺している俺に智子さんが聞いてきた。咄嗟に出てきた言葉で誤魔化したけれど、何でもないわけがない。


 一度覚えた違和感を、簡単に忘れることは出来ない。



――そして、その日の顔合わせは始まった。


 コース料理になっていて、前菜から順番に料理が運ばれてくる。普段ナイフとフォークを使わない俺からしたら、作法が間違っていないか不安になりながらの食事だった。


 けれど……もっと気になってしまうことが一つあった。俺の前の席に座る蜜柑ちゃんだった。彼女は男性に対する警戒心が強すぎる。男性のスタッフが料理を運んでくる時は借りてきた猫のように固まり、女性のスタッフの時は13歳の女の子になる。

 俺が適当に話かけても素っ気ない返事をするだけだった。


 色々と気になることはあったけれど、それほど問題はなく顔合わせの食事が終わった。


「いや~取りあえずお前と蜜柑ちゃんが喧嘩しなくて良かったよ。忘れてたけど、思春期の時期だもんな」


「そんな季節ものみたいに言うなよ。……まあ、俺もあの子も面倒なことは嫌いなのかもしれないね」


「蜜柑ちゃんはどこかクールなところがあるよな~。そこだけが智子さんと似てないんだよ。父親に似たのかな」


「そうなんじゃない?」


 ……どうやら、父は蜜柑ちゃんの態度に気が付いていないみたいだった。それか、気づいていてもそれほど気にしていないだけかもしれない。


「これで一緒に暮らせるな。あ、ちなみにこの土日でうちに引っ越しに来るからな」


「はいよー。……え?は!?何て言った!?」


「この土日でうちに引っ越しに来るから」


「今日顔合わせしたばっかりなのに!?もう少し吟味しようよ!ねえ!」


「吟味なんて言葉知ってるのか。お前も受験勉強頑張ってるんだな」


「話をはぐらかすな!どうしてそう、毎回毎回直前に言うんだよーーーー」


 まだ大きな問題を抱えていそうな気がしたのに、それを解決する前にまた大きな問題がやってくるのだった。

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