情報収集
どうもココアです。
本日更新でございます。
よろしくお願いいたします。
「それで?少しは収穫があったのか?」
午前の授業が終わり、迎えた昼休み。周りのクラスメイトも各々好きな者同士で食べているので、教室はガヤガヤしている。それなら聞かれる心配はないだろうと、俺は菓子パンを口にくわえる楠木に問いかけた。
収穫というのは、今朝話した蜜柑ちゃんのいじめの件についてだ。
「はっきり言うとないな。俺が朝聞いたのも一人だけだし、そいつは蜜柑ちゃんと同じクラスでもない」
「そうか……」
楠木の話を聞いて、俺は少しだけ肩を落とす。そう簡単にはいかないと、もちろん分かってはいたがそれでも心のどこかでは期待していた自分もいたので、がっかりせざるを得ない。
「まだ行動して時間も経ってない。それに、元々いじめは被害者にしか分からないケースが多いからな」
淡々とした雰囲気で話しながら、大きな口でパンを頬張る楠木。俺はその言葉を聞いて、思わず箸が止まってしまう。少しだけ楠木のことをにらむが、それでも何も言い返せないのは楠木の言ったことが正しいからだろう。
昼食を食べながらも、食べ終えた後も互いに色々な意見を出し合ったが結局何も有力なものは浮かばなかった。楠木は最後に「ごめんな」と申し訳なさそうに呟いて、一度教室を後にした。
「……」
午後の授業が始まるまで10分程度。俺は楠木が居なくなってからも、一人で何か方法がないかひたすら考えていた。
「やっぱり事情聴取しかないのかな」
考えの末に出たのが、それだった。ポツンと小さく呟いたはずだったが、運悪く耳に入ってしまったようで一人のクラスメイトが近づいてきた。
「神崎君。今、“事情聴取”って聞こえたけど、何かしようとしてるの?」
「えっ?」
心臓の鼓動が一気に大きくなり、変な効果音のような声がもれてしまった。話かけてきたのは、クラスの学級委員の成瀬三久だった。どうして俺がここまで驚いているのかというと、成瀬が話かけてくること自体が稀であるのと、俺が何気なく口にした言葉を聞かれてしまったことっだ。
聞かれたのがさっきの一言だけなら何とかなるが、楠と相談をしていたこと全てを聞かれると面倒なことになってしまう。
「えっと……」
ここは慎重に言葉を選ばないと、こちらから墓穴を掘りかねない。俺は少し様子を見るような質問をしてみることにした。
「じ、事情聴取って何のこと?」
「え?今、神崎君が言ってたことだよ」
「そんなこと言ってたっけ?」
「言ってたよ。小さな声で、他の人には聞こえなかったかもしれないけど、私にはちゃんと聞こえたよ」
取り合えずしらばっくれてみたけど、これだけではどこまで聞いていたのかは分からなかった。成瀬は全く表情を変えず、ただ何かに取りつかれたかのように目をキラキラさせていた。
「昨日、刑事もののドラマを見ていてさ。その事情聴取のシーンが何となく印象に残ったから、口に出したのかもしれない」
俺は自分でも似合わないと思うハイテンションで言い、『逃げるが勝ち』と言わんばかりに教室を後にした。席を立った瞬間、『ちょっと待って』という成瀬の声が聞こえたが、それを振り切るようにしてスタスタと教室を出ていく。
「……危なかった」
教室を出ていき、少し歩いたところで俺は安堵の息をついていた。緊張の糸が切れたように安心し、早くなっていた鼓動も徐々に正常な運転を取り戻す。
「ん?何やってるんだこんなところで」
「おお楠」
大分平常に戻ったところで、さっき教室を出て行った楠の声が耳に響いた。顔を上げて楠の声の方を見てみると、見慣れない人物が楠の隣にいる。
楠よりも一回り小さい体で、少々緊張をしている様子の彼は俺の顔をじっと伺っていた。
「えっと……楠、隣にいるのは?」
「こいつは陸上部一年の鈴木良助って言うんだ。お前の妹、蜜柑ちゃんと同じクラスだから、何か知ってるんじゃないかって思って」
「そういうことか」
楠の説明を受けて、俺は再び後輩――鈴木君の方に視線を傾けると、鈴木君は見るからに不思議そうな目をしている。まるで、自分がなぜここに連れてこられたのか理解していないようで……。
「なあ楠」
何かを察した俺は、一応楠に尋ねてみることにした。
「この子……鈴木君に、ある程度の説明はしてるんだよな?」
妙な緊張感が込み上げながらも、楠の方を向くと目が合ったところで楠がゆっくりと首を横に振った。
「いや、まだしてない」
罪悪感などどこ吹く風のように、表情一つ変えずに言い切った楠。その言葉を聞いた瞬間思わず苦笑してしまうが、状況に追い付いていない鈴木君が可哀そうになってきたので楠に説教するのは後にしよう。
「ごめんな鈴木君、いきなり連れてきて。俺は神崎優人っていう楠の友達だ。楠がここに連れてきた理由は、実は少し協力してほしいことがあるからなんだ」
「協力してほしいことですか?」
時々首を縦に振りながら聞いてくれた鈴木君だが、明らかに『なんで自分に?』という顔をしている。色々な疑問や疑念はあるだろうが、そんなことを気にしていてはいつまで経っても前に進めない。
「君のクラスに神崎蜜柑っていう子が先日転入してきたと思うんだけど、最近変わったことなかったか?」
「……!!」
俺の問いかけに対して、分かりやすく表情が変わった鈴木君。言葉にして表さなくても、何か知っているということだけは分かった。
「何か知ってるんだね」
少し高圧的な態度で接するようにして問いかけた。自分でも柄に合わないことは知っているが、もうなりふり構っていられなかった。力強く一歩前へ足を出し、鈴木君との距離を縮める。すると、何かを感じとった様子の鈴木君が口をモゴモゴさせながらこちらを見る。
「……」
俺はあえて何も言わず、鈴木君の方を睨んだ。このまま何も言わずに逃げられしまうのが一番最悪なパターンなので、俺はどんなに彼に嫌われたとしても情報を得ることを優先することにしたのだ。
「えっと……その」
そして、今にも泣きそうになり震えた声で鈴木君はようやく口を開いた。一歩踏み出した鈴木君だが、よほどの口止めされているのかまだ口をモゴモゴさせている。
「誰かに脅されるのか?」
「……」
先ほどの高圧的な態度とは一変させ、今度は真摯に聞こえるような声色で問いかける。すると、鈴木君は静かに小さく首を縦に振り、そのまま俯いた。
……ここまで話してみて、鈴木君の性格が大体わかってきたような気がした。彼は臆病で、それでいて優しい性格なのだろう。本当に言えないなら、なりふり構わずここから逃げるはず。しかし、それをしなかったということは、話そうという意思が少しでもあるということだ。
「君が俺たちに話したことがバレた場合、こう言えばいいよ」
そして俺は、糸を垂らすように鈴木君の逃げ道を用意する。
「“神崎優人に脅された”ってね。ついでに“神崎蜜柑の兄”ということも言っていいよ」
「えっ?」
「それがあれば、少しは君の保身も守られるだろ?」
糸を垂らしたというよりは、話せない理由を埋めていくような言い方で迫っていく。再び高圧的な態度で、威嚇するような雰囲気を出して彼に迫る。
「自分が知っていることは本当に少ないです」
そして、ようやく目を合わせてくれた鈴木君が小さな声で言った。その返事を待っていた俺は、力強く頷き楠と共に人気のない場所まで移動することにした。
◆◆◆
「それで?鈴木君は何を知ってるんだ?」
場所を変えて、ここは旧音楽室。吹奏楽部が練習するときに使ってたりするが、普段は使うことがない空き教室となっている。
そこで改めて鈴木君から話を聞くことになり、独特な緊張感が漂っていた。
「自分は神崎さんとは話したことがなかったので、正直どんな子かは知らないです。クラスに転入してからも、しばらくは一人で過ごしていました」
自分の中でようやく覚悟を決めたのか、ぽつぽつと語り出す鈴木君からは恐怖が全く感じられなかった。
「友達なのか……クラスメイトと話しているところを見るようになったのは本当に最近です。西条茜さんというクラスメイトとよく話していました」
「西条茜?」
話の途中でありながら、聞き覚えの名前が出てきたことに思わず反応してしまう。話を一度遮ったことに頭を下げ、鈴木君に続きを話すよう促す。少しだけ心配するような表情を浮かべながらも、鈴木君はまたぽつぽつと話し出した。
「西条さんはクラスでも特に目立つような人じゃないです。けど、ずっと一人でいた神崎さんが放っておけなかったのかもしれません。でも、それを面白くないと思っている人がいました」
最後の一言だけ少しだけ低いトーンで、それでいて力強い口調だった。聞かなくても分かってしまうほど分かりやすく、俺は思わず拳を握る。
「……それは誰だ?」
「クラスの如月梓です。クラスだけでなく、たぶん一年の女子のリーダー的存在です。神崎さんの転入初日にも絡んだっていう話を聞いたことがあります」
「えっ?」
鈴木君の話を聞いて思わず変な声が出てしまった。そう、今言った如月梓という自分らしい人を知っているからだ。恐らく同一人物だとは思うが、それを確証付けるには判断が早すぎる。
溜まっている様々な言葉を飲み込み、黙って鈴木君の話を聞くことに専念した。
「昨日のことです。昨日、部活で使うジャージを取りに教室に戻りました」
――昨日の放課後は特に寒くて、ジャージが無いと凍死してしまうほどでした。
「うう~寒い寒い」
誰も居ない教室に入って、自分のロッカーからジャージを取りました。そこまでは別に何もなくて、いつも通りの放課後でした。
「早く戻らないと先輩に怒られる」
ジャージを片手に、急ぎ足で教室を出たその時です。
――ガシャン!!
「なんの音?」
教室近くのトイレから大きな音が聞こえました。何か落ちたのかとトイレの方に向かってみました。そしたら……
「神崎さん?」
「~~~!!」
女子トイレからずぶ濡れの神崎さんが飛び出してきました。声をかけてみましたが、目を合わせずに走って行ってしまいました。
暫く神崎さんのことを目で追っていたら、女子トイレから声が聞こえたので男子トイレに隠れたんです。
「今の見た!?傑作じゃなかったあの顔!?」
「ほんとウケたんだけど」
「ってか、この季節にずぶ濡れってヤバいんじゃない?」
数人の女子が笑いながら女子トイレから出てきました。内容からして、さっきの神崎さんのことだってことが分かりました。自分はバレないように息を殺してどっか行くことを待っていて、暫くしてから走って逃げました。
「……でも、逃げてるとこを見られたのかもしれないです。今朝、その女子グループに呼ばれて脅されたんです」
「……」
「……」
話が進んでいくに連れて現実味を帯びていき、より空気が重くなっていく。俺と楠は話を聞いて暫く何も言えず、茫然と立ち尽くしていた。
「鈴木……」
「はい」
そんな中、楠がようやく口を開いた。
「これは聞かない方がいいかもしれないけど、俺は聞くぞ。お前、何で脅されている?」
「……」
いつもおちゃらけた態度の楠だが、今は普段とは雰囲気が違った。怒っているともとれる、楠の感情の変化は鈴木君も気づいたようだ。
「えっと……三人に呼び出されて」
再びぽつぽつと語り出した鈴木君は、自分の右手を見つめながら物思いに更けているようだった。
「強制的に一人の女子の胸を揉まされて、それを写真に撮られました。『誰かに話したらこの写真をばら撒く』って言われて」
「……そうか」
楠はそれだけ呟くと、鈴木君の頭にそっと手を乗せた。そのまま頭を撫でるのかと思ったが、再び高く振り上げて勢いよく振り落とした。
「あたっ!?」
「少しは相談しろ!お前、俺らがいじめについて調べようとしてなきゃあぶねえじゃねえか」
「先輩……」
「お前のその写真に件も併せて解決する。それでいいよな優人」
「お、おう」
いつものと違う顔の楠を見て、若干気圧されながら返事をする。普段はふざけている奴だけど、しっかり先輩をしているのだと認識したところだった。
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