協力
どうもココアです。
本日更新でございます。
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「楠木、ちょっと話がある」
翌日、学校についた俺は椅子に座って悠々自適な様子でホームルームを待っている楠に声をかける。楠は返事をしながら振り向いたが、俺の顔を見た瞬間に表情を変えた。『いつもと違う』ということを感じ取ったのだろう。
「なんだよ話って」
そういいながら楠木は俺の机を指さして、座るよう促す。元より座って話すつもりだったので、特に拒否したりはせず椅子に座って楠と向かい合わせになる。
「……少し言いにくいんだけどな」
覚悟を決めたはずだったが、俺はあと一歩踏み込むことができなかった。もう一言のところで言葉が詰まり、胸が苦しくなる。これを楠に言ってもいいことなのか、本当は俺一人でやるべきではないのかという考えが頭の中に浮かぶ。
「どうした優人。話があるんだろ?」
「ああ……」
俺が踏み込めないことを悟ったかのように、楠木が問いかけてくる。そんな楠木の気遣いを蔑ろにするように、俺は続きの言葉が出てこなくなってしまう。
「……」
「……」
沈黙の時間が続く。他のクラスメイトたちの雑談が耳障りになるくらいには静かになっていて、楠木もさっきみたいに問いかけてくることはなかった。きっと俺に気を使ってくれているのだろう。楠木は優し奴で、人の感情に敏感な男だ。
細かなところに目が行くし、小さな変化でも絶対に気づく。俺が言いにくい理由もなんとなくさしいていることだろう。だからこそ、急かすことができないのだ。
「実は……蜜柑ちゃんのことなんだけど」
楠木への罪悪感を覚え、俺は閉ざしていた重い口を開けて淀んだ声色で語り始める。
「昨日、蜜柑ちゃんが泣いて家に帰ってきたんだ。それだけじゃなくて、服も髪もずぶ濡れでさ」
昨日は朝から雨が降ってきた。登校するときは雨が降っていたので、蜜柑ちゃんが濡れて帰ってくること自体がおかしかった。
「蜜柑ちゃんから直接言われたわけじゃない。だから確証はないかもしれなけど」
「……いじめか」
俺がそう言い切る前に、楠が声のトーンを低くしながら言った。俺はその言葉に対して静かにうつむき、楠木は自分の拳に視線を落としていた。
「俺に相談してきたってことは、それに関して調べようとしてるってことだよな」
「ああ」
問いかけではなく、あくまでも確認に近いような言い方で聞いてきた楠木に俺は迷わずに答える。聞く前から分かっていたはずの楠だが、俺の返事を聞いてさらに表情が暗くなっていった。
「……結論から言うとかなり厳しいと思うぞ」
苦しい表情を浮かべながらも、力強い口調で言った。俺は直ぐに反論しようとしたが、自分の無力さを悔やむようにして拳を握る姿を見て踏みとどまった。どれだけ楠木が葛藤していたのか、どれだけ俺に気を使っているのかがうかがえた。
「やっぱりそう思うか」
「ああ、お前の妹さん……蜜柑ちゃんが本当にいじめにあったとしてもそれを証明するのは難しい。証拠というほどの証拠がないからな」
「徐々に証拠を集めようと思ったんだけどな。ほら楠木は部活やってるから後輩とかにも接点あるだろ?」
楠木は陸上部の短距離選手だ。今は3年なのですでに引退しているが、帰宅部の俺よりも後輩とかかわっていたはずだ。まずは一年生の情報を得るために、楠木に協力を仰いだ。俺がそういうと、楠木は『やっぱりか』と言いながらため息をはいて、机の上に置いた自分の右手に視線を落とす。
「……分かった」
一度目を瞑り、小さな声でそう呟いた。その言葉を聞いた俺は思わず耳を疑い、楠木の顔を見上げる。すると楠は、少々呆れたような表情を浮かべながら口を開いた。
「まあ他ならぬ優人の頼みだからな。お前がそうやって俺を頼るのも初めてだし、ここは協力してやるよ」
「楠木……ありがとう」
楠木の言葉に、少しだけ瞳を濡らしながら真摯に言葉を返す。そして、楠が差し出した右手を力強く握った。
◆◆◆
「それで?具体的な案はあるのか?さすがに無作為に行動するのはリスクが高いぞ」
「分かってる。でも、正直今ある情報が少なすぎるんだ」
楠木の協力を手にした俺はさっそく作戦会議を始めることにした。しかし、そこでまず最初の壁に当たってしまう。それは今持っている手持ちのカードの少なさだ。これから色々行動しようにも、手札が少な過ぎてどこから動けばいいのか頭を悩ませていた。
「なんか蜜柑ちゃんと仲が良かったとか、そんなのはないのか?」
「仲が良い……そういえば、最近友達ができたって話を聞いたな」
「その子の名前は?」
シャーペンを構えながら問いかけてくる。俺は頭を押さえながら、数日前の蜜柑ちゃんとの会話を思い出す。
「確か、西条茜だったはずだ」
「西条茜、聞いたことがないな。少なくとも陸上部じゃないはずだ」
俺の言った名前を直ぐにノートに書き写す楠木。ノートには、陸上部の一年生。後は互いに知っている人物の名前が書いてある。どの人物が蜜柑ちゃんと関係しているのかは分からないが、一番関係しているのは西条茜という子なんだろう。
「何かは知ってると思うが、いきなり近づくと怪しまれるな」
名前を書き終えた楠木が、顔を上げながら言った。俺はそれを聞いて小さく頷く。楠木の言った通り、いきなり近づいたら怪しまれる。もしこれで西条茜が犯人だった場合はいいのだが、違った場合真犯人を捕まえるのがさらに難しくなる。
「うーん。難しいな~」
「他にも協力者を増やすか?妹とか、弟とかいるやつもいるだろ」
頭の後ろに手を回して教室の天井を見渡している俺に意外な提案をしてきた。俺は思わず開いた口が塞がらないまま、改めて楠木のこと見る。
楠木は親指でクラスメイトたちのことを指差す。俺は楠木の誘導に便乗するようにクラス全体を見渡す。クラスは俺たちがいじめの犯人を見つける計画をしているとは思っているわけもなく、いつも通りの日常を送っている。
楠木の言った通りこのクラスは弟や妹がいる人たちが多いかもしれない。三年も一緒にいれば少しくらいは家族構成を理解できるものだ。
「協力者を増やす……か」
「不服か?」
「少しな。もちろん絶対じゃない。けど、あんまり大事にしたくないって言うかさ」
自分の中でもはっきりとしない答えを、曖昧な言葉にして楠木に言った。協力してほしくないわけではないけれど、協力する人数が増えればそれだけ大きな事件となってしまう。
俺の目的は蜜柑ちゃんをいじめた犯人を見つけることだが、本当の目的はその先にある。蜜柑ちゃんがまた笑顔で学校に通ってほしいという、それが一番の目的であり目標だ。しかし、大事にすればそれが公になる可能性もある。当然、いじめていた子は色々と処罰を受けるが、それだと蜜柑ちゃんも必要以上の注目されてしまう。
結局は、いじめがなくなって息がしずらくなってしまうだろう。
「大事にはしたくないね……。随分と犯人に甘いことで」
「それは違う。主犯を見逃すわけじゃないし、見つけたらそれ相応の対処は学校からしてもらう。けど、大事にしたら蜜柑ちゃんがかえって学校に来づらくなるんじゃってな」
「お前、本当にシスコンだな」
「この流れでその言葉が出てくるのか」
重たい雰囲気を和ませるような言い方に、俺は思わず笑いがこぼれる。
「分かった分かった。お前の言う通りこれ以上は誰にも言わねえよ。あくまでも俺たちで解決するってことだろ」
「そうしてくれると助かる」
「はいよ。んじゃ、俺はさっそく後輩辺りから探ってみる」
そう言いながら楠木は席を立ち、教室を出て行った。元々ガタイがよく色々と頼りやすい存在だが、今日の楠木はいつもよりも頼もしく見えた。
「……あと5分でホームルームだけど大丈夫かな」
話に夢中で気づいてなかったのだろう。俺は教室の前の壁に飾ってある時計を見ながらつぶやく。話の流れ的にすぐに行動に移したかったのだろうが、あいつは急ぐことなく妙にかっこつけた足取りで教室を出て行った。
あれならきっと一年生の教室についた頃にはチャイムが鳴るだろう。
――そしてその予想通り、ホームルームが始まるチャイムが鳴り終わった時、激しく息を吐いて疲れ切った楠木が帰ってきた。
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