好き勝手に
どうもココアです。
本日もよろしくお願いいたします。
――蜜柑ちゃんが泣いて帰ってきたその日。家の雰囲気は穏やかではなかった。
智子さんも父も、もちろん俺も考えていることは同じだった。蜜柑ちゃんは、部屋にこもったきり出てこなくなってしまい、今は俺と父と智子さんの三人でテーブルをかこっている。
「……まず何があったんだ?」
重たい空気の中、父が温度を抜き取ったような冷たい声で言う。
「結論から言うとわからない。でも、学校で何かあったのは確かだ」
父の問いかけに、俺はこれまでの学校生活のことを話した。最初はクラスに打ち解けなかったこと、最近になって友達ができたこと、そして今日も友達と一緒に帰ると言っていたこと。
俺が言ったことが嘘ではないことは、隣に座っていた智子さんが証明してくれた。『蜜柑も、最近は毎日笑顔で帰ってきた』と、言葉を追加してくれたのだ。
「……何があったかは本人から聞かないと、たぶん何も分からない」
リビングのドアの方に視線を向けながら言う。そんな簡単なことは二人には分かっている。だが、それが簡単にできないからあえて言ったのだ。……俺もなんとなく理由は察している。父と智子さんよりは、想像ができているくらいだが。
「とりあえずこの件は蜜柑ちゃんから話してくれるのを待つしかないだろう」
腕を組みながら苦しむような声を出す父。自分に何もできないことが悔しいのだろう。無力の自分を恨むように、血が出るほどの強い力で自分の腕に爪を立てる。
「そうね……」
隣に座っている智子さんも、同じような声で答えた。特に智子さんは、父よりも絶望が大きいことだろう。これまで似たような事態はあったからこそ、笑って学校から帰ってきた蜜柑ちゃんを見てうれしかったはずだ。
だからこそ悲しみが強くなる。高いところから突き落とされたとでも言うのだろうか、大きく安心したからこそ次の苦しみも大きくなってしまった。
「……そうだね」
かくいう俺も、父の言葉にとりあえず答えておく。もちろん悲しみは大きかったが、それよりも父と同じく自分への怒りの方が大きかった。
同じ学校である俺は、二人よりも蜜柑ちゃんの学校生活を知っている。だから俺一人でも簡単に調べて……
「優斗」
「なんだ?」
明日から学校でやることをまとめていると、何かを察したように父が強い口調で名前を呼ぶ。
「余計なことはするな。お前が行動することが、すべて蜜柑ちゃんの望みに繋がるわけじゃない」
「!!!」
冷静な父の言葉を受けて、俺は頭が冷えるどころかむしろ熱くなってしまう。
「そんな悠長なことしてられるか!」
気が動転していたのか、俺は自分自身に抱いていた怒りもぶつけるように叫んだ。しかし、父は表情を一つ変えずに巍然とした態度で見定めるように、俺のことを見ていた。
「同じ学校に行ってるんだから気づくべきだったんだ。もっと俺が気を付けていれば、俺がもっと上手く動いていればこんなことにはならなかった」
自分への怒りの中に、さっき見た蜜柑ちゃんの泣き顔がよみがえる。それでより一層使命感のようなものに駆られ、口調が激しくなる。
「俺がもっと上手く……俺がもっと賢く、俺がもっと見ていればよかったんだ。でも、それを俺の怠慢が全てを台無しにした。だから、俺が全てを取り戻さないといけないんだ」
それだけ告げた俺は、乱暴に立ち上がって勢いよくドアを閉める。
「……大丈夫ですか?優斗君、いつもとは違う顔をしていましたけど」
優斗がいなくなった後、智子が不安そうな表情で勇人に問いかける。
「大丈夫ですよ。あいつはやるときはやる男です。一応は止めましたが、どうせ何かするに決まってる」
「そうではなくて……さすがに危ないんじゃ……」
「本当にどうしようも無くなったら頼ってきますよ。とりあえず、この件に関しては蜜柑ちゃんから話してくれない限り、俺たちは関与しない方がいいかもしれない」
『辛いことを語らせることもないでしょう』と、勇人は言葉を付け足してお茶を一口飲む。それを聞いた智子は、黙ってうなずいたがそれでも心配という表情を浮かべている。
勇人は智子とは違い冷静な表情を浮かべている。
「……まあ、あいつの言い方にも少し気になったしな」
そして、智子さんにも聞こえないほど小さな声でそう呟いた。
◆◆◆
「蜜柑ちゃん……。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
リビングを出た後、俺は自分の部屋に戻る前に蜜柑ちゃんの部屋を訪ねた。話かける前に何度かノックをしてみたが、予想していた通り返事はなかった。
「何があったか……聞きたいけど、それを無理に話してもらおうとは思ってない。ただ、今回のことでもし自分を責めているなら止めてほしい」
慎重に慎重に、言葉を選んで蜜柑ちゃんの重みにならないよう配慮しながら話を続ける。この言葉が蜜柑ちゃんの心に残るように、胸に響くような口調で。
「……」
それでも一言も返事はなかった。だけど、俺は語り続けた。誰かに課せられたわけでもなく、ただ自分の意志に従うように。
「しばらく学校のことは忘れていい。俺が全部片づけるまで、待っててくれ」
真摯にそう告げた俺はスタスタと自分の部屋へ戻った。頭の中は明日からどう行動することでいっぱいだが、その片隅にさっき父に言われた言葉が残っていた。
それはまるで呪いの言葉のように、俺の行動を妨げる鎖のように付きまとう。
「……分かってる」
先ほどの父の言葉に、今になって言葉を返した。『お前の行動する全てが蜜柑ちゃんの望みに繋がるわけじゃない』という言葉。
頭では理解していても、それを素直に受け入れられるほど大人じゃない。だから俺は好き勝手にやらせてもらう。
心の中で様々な葛藤を繰り返し、俺はベッドに倒れこんだ。
読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。