幸せの時間は短く
どうもココアです。
本日二回目の更新でございます。
よろしくお願い致します。
――蜜柑ちゃんと昼食を食べなくなって数日。
最初は『やっぱり上手く行かなかった』とか、『クラスの男子が怖い』などと言ってもう一度戻るのかと思っていたけど、蜜柑ちゃんは思いの外楽しんでいるようだった。
やっぱり歳が同じで同性の方が話が合うこともあるだろう。帰る時はいつも楽しそうにクラスのことを話してくれる。特に西条茜さんというクラスメイトと一番の仲良しらしく、彼女とよく一緒にいるという話を聞く。俺としては蜜柑ちゃんが楽しんで学校生活を送ってくれるだけで嬉しいが、やっぱりどこか寂しさが残ってた。
「……お前露骨すぎないか?」
「ええ?」
自分の教室。昼休みになった瞬間、俺は力が尽きたように机に突っ伏していた。脱力を示す大きな溜息をついていたら、楠木が「シスコン」と罵ってきた。思わずその単語に苦笑してしまい、這うようにしてバッグから弁当を取り出す。
「そんなに一緒に食いたいなら、お前が一年生の教室に行って食えばいいんじゃね?」
パンを齧りながら楠木が言う。その言い方に悪気や変な意味は全く感じられず、純粋な提案であることを直ぐに悟る。だが、当然俺はその提案を渋い顔をしながら首を振って弁当を口に運んだ。
「首を振る気持ちも分かるけどよ。少しは俺の気持ちにもなれって。毎日毎日妹に会いたい愚痴を聞かされてもウザい」
「べ、別にそんなに言ってないだろ!」
「言ってなくても聞こえてくるんだよ。ってか、自覚ないのか?お前が妹と昼食を食べなくなってから、お前の周りの空気が重くなってるんだよ」
分かってるかと、そのまま額にデコピンを喰らわせてきた楠木。ペンで刺されたような痛みに怯み、いきなりデコピンをしてきた楠木のことを睨む。
「……何を遠慮してるんだか知らねえけど」
「別に遠慮はしてないよ。蜜柑ちゃんが楽しそうに過ごしてるのは良いことだし」
これ以上心を読まれないよう、淡々と淡泊に答える。だが、その言い方が余計に楠木の気に障ったのか、今度は思い切り手刀をしてきた。
「欲張らないのがお前の悪い癖だぞ。もっと自分の気持ちに素直になって、もっと貪欲になれ」
「……」
まるで全てを見透かしたかのように言った来た楠木は、いつもよりも力強い眼差しでこちらを見ていた。その巍然とした態度にやられたのか、的確に俺の心を突いてきたからなのかは分からないが、楠木に何も言えずにいた。
「そうやって隠してると、本当に欲しいものを見逃すぞ」
「……」
少し震えた声で放たれた言葉には、どこか寂しさや後悔が募っているような気がした。楠木が過去にそういう経験があったということなのか、あるいは俺自身にそういう過去があったからそう聞こえてしまったのか。
どちらにせよ、楠木の言葉が胸の奥深くに突き刺さったことには変わりなかった。
「……」
迎えた放課後。いつもは蜜柑ちゃんと一緒に歩いている道を、今日は一人で歩いていた。夕焼けに身を包まれながら、一人影を伸ばしながら帰る。蜜柑ちゃんが来る前は、これが普通だったはずなのに寂しいと思うのは、蜜柑ちゃんが隣にいることに慣れ過ぎてしまったからなのかもしれない。
隣にいれば安心するし、彼女の笑顔を見れば心が躍る。少し、蜜柑ちゃんと距離を置いたことによってそう思うようになっていた。
「貪欲に……か」
夕焼けに飲み込ませるような、かすれた声で今日楠木に言われたことを呟く。昔からなのか、物心ついたときから“独占”とかそういう気持ちが分からなかった。感情がないわけでがないが、心の底から湧き上がる感情のようなものは持ち合わせていない。
スポーツをやるようにも、ゲームをやるようにもどれも中途半端で趣味の域を出ないのだ。それは人でもそうなのかもしれない。自分の気持ちに素直になることはなく、相手に伝えるべき気持ちを伝えない。心のどこかに蓋をして、何もないようにして終わらせる。始まりが無ければ終わりもないのだから。
「……」
――だからこそ、今日楠木に言われた言葉が頭から離れなかった。あれからずっと、ぐるぐると頭の中をかき乱す。
貪欲に、欲張って、もっと自分の気持ちに素直になってという言葉がこだまする。誰の声で訴えかけているのかは知らないが、とにかくその言葉がこだましていた。
「ただいま」
頭の中がすっきりしないまま、家に着いてしまった。自分でも分かるほど、いつもよりテンションが低い。それはきっと楠木のせいだろう。
「おかえりなさいお兄さん」
「ただいま蜜柑ちゃん」
靴を脱いでいると、リビングから蜜柑ちゃんが出迎えてきてくれた。今日は蜜柑ちゃんは、『友達と帰ります』ということだったので、別々で帰った。俺より先に家に着いたということは、結構早歩きで帰ってきたのだろう。
「一気に友達が増えたみたいだな」
自分の部屋に上がろうと、蜜柑ちゃんの横を通った瞬間に言った。不意に蜜柑ちゃんの表情を見ると、とても冷たい目をしている気がした。
「蜜柑ちゃん?」
「え?あ、はい!これもお兄さんのお陰です」
もう一度話かけてみたら、いつもの蜜柑ちゃんの顔に戻っている。……気のせいだったのだろうかと、取りあえず気にしないで自分も部屋に行った。
「この調子で友達を増やしていってほしいけど……」
出迎えてくれた蜜柑ちゃんの笑顔を思い出しながら呟く。あの笑顔を見た瞬間、楠木の言葉などどこか飛んで行ってしまい、頭もスッキリしたような気がする。
やっぱり俺は貪欲に行くことなんてできない。自分の気持ちを100%出してしまえば、きっと自分のことしか見えなくなってしまうから。例えそれが相手のためだったとしても、それは相手のために何かしている自分を見ているのだ。
だから俺は自分の想いを胸に秘めたままでいい。正直になったところで、上手く行くとは限らないのだから。
「あら、お帰りなさい優人君。晩御飯ならもうすぐ出来るから待ってて」
制服から私服に着替えた後、再びリビングへ戻ると智子さんがキッチンに立っていた。俺がリビングに入るとクルっと体を回転させ、まるで聖母のような包み込む笑顔を見せてくる。
「お兄さん聞いてください」
智子さんの笑顔もそこそこに堪能して、ソファーに腰掛けるとキッチンの方の椅子に座っていたはずの蜜柑ちゃんがこちらにやってきた。まるで尻尾を振る子犬のような姿に、思わず頭を撫でてしまいたくなるがそこは何とか耐えて、蜜柑ちゃんの話を聞く。
「今日は学校で西条さんと……」
嬉しそうに今日あった出来事を話す蜜柑ちゃん。俺と話している時では見せない笑顔だが、俺はこの蜜柑ちゃんの顔もとても好きだった。年相応と言えばいいのだろうか、無邪気で無垢で本当に心の底から喜んでいるのが手に取るようにわかる。
話の内容はどこにでもある、女子中学生の日常と言ったところだろうが、蜜柑ちゃんにはそんな日常がとても嬉しいのだろう。彼女の体質というところが大きいが、こんな日常を迎えることを蜜柑ちゃんは望んでいたはずだ。それを考えると、俺と学校での距離を取るという判断は間違っていなかったのだ。
「……聞いてますか?」
「聞いてるよ。続きはどうなったんだ?」
「それはですね……」
こうして、どんどん友達が増えて行って……いつしかクラスの男子にも慣れて男性恐怖症が治って……なんて、そんなことを思いながら話を聞く。いきなりではなくても、一歩ずつ距離を縮めて……少しずつ慣れて行ってほしいと思っていた。
――しかし、そんな理想が覆されるのにはそんなに時間はかからなかった。
暫く毎日笑顔で学校に行き、笑顔で帰ってきたはずの蜜柑ちゃんが突然大粒の涙を流しながら帰ってきたのだ。
「み、蜜柑ちゃん?」
「うう……ぐすっ。ああああああああああ!!!!」
――その日は雨が降っていた。
朝はしっかりと傘を差していったはずなのに、帰ってきた蜜柑ちゃんはひどく濡れている。
彼女の心まで――
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