友達
どうもココアです。
……あらすじを変えたからですかね。
ブックマークが増えました。
ありがとうございます。
「もういたのか」
「おはようございます桜さん」
「……おはよう」
本格的に冬の寒さになってきた今日この頃。呼吸をするたびに白い息が口から洩れ、何にも覆われていない耳が痛いほど冷たくなる。
そんな寒さをもろともしない蜜柑ちゃんは、家の前に立っていた桜の手を握りながら何やら話している。
「桜さんの手……とても冷たいですね」
「ずっと外で待ってたから」
表情一つ変えず、淡々と言った桜。その言葉を裏付けるように、耳や鼻が寒さで赤くなっていた。手はかじかんで思うように動かないみたいで、蜜柑ちゃんの手から体温を感じ取るようにつないでいる。
「そんなに寒いなら家で待ってれば良かっただろ」
『家が近いんだから』と一言追加して、ズボンのポケットに入れていたあるものを桜に投げる。一瞬驚いた表情をした桜だったが、素早く蜜柑ちゃんの手を放して投げられたものをキャッチする。手に乗ったものを見た瞬間、いつもより若干目を輝かせながらこちらを見る。
俺が桜に向けて投げたのはホッカイロだ。貼るタイプではなく振ることで温かくなる、使い捨てタイプ。そこまで長時間温かいわけではないが、家から学校までの距離なら寒さを軽減することくらいはできる。
「いいの?」
「別にいいよ。俺は家出たばっかりだから桜よりは寒さ感じてないし」
本当は渡したくなかったが、さすがに罪悪感を感じずにはいられなかったので決死の覚悟でホッカイロを渡した。
ホッカイロを手にした桜は、それで手を温めているうちに自然と頬が緩んだのか薄く微笑んだ。桜が笑ったのを見るのは久しぶりだったので、俺は妙に照れ臭くなりスタスタと通学路を進んでいった。
「蜜柑ちゃんも使う?」
「私は寒さに強いので大丈夫です!それは桜さんが使って下さい」
3人で楽しく登校――なんてことはなく、現実は俺一人だけ取り残されている状況で桜と蜜柑ちゃんだけが盛り上がっていた。
俺はせいぜい二人のボディーガードとでもいうのか、完全に蚊帳の外であることは確かだった。
少し大きめの溜息をつくと、さっきまで蜜柑ちゃんと話していたはずの桜が近くに寄ってきた。
「寒いの?」
「体も心もな」
恐らく無意識だろう。桜の声色から悪気は一切感じられなかった。でも俺は、一人で取り残された仕返しに、若干の不満をぶつけるように言葉を返した。
「ええ……」
それを聞いた桜が心底めんどくさそうな表情を浮かべ、まるでゴミを見るような目でこちらを向いてくる。さっきの微笑みは一体どこにいったのだろうか。
めんどくさそうな表情をしたと思ったら、今度は顎に手を当てて何かを考えるようなそぶりを見せる。そして、ようやく答えが決まったのかゴミを見る目は変わらずとも、こっちを向いた。
「特別」
こっちを向きながらそう一言呟くと、ポケットに入れていた俺の右手を強く引っ張り、桜の上着のポケットに入れた。ポケットの中はとても温かく、何かガサガサと音がする。どうやら俺が渡したホッカイロが入っているらしい。
「……何してんの?」
「体が寒いんでしょ。あと心」
「確かに言ったけどさ」
まさか桜がこんなことをしてくるとは思わなかった。いつも何を考えているのか分からないけど、今日はいつになく大胆な行動をしてきた。それでも郷に入っては郷に従えというのか、俺は桜のポケットの温もりをじっくりと堪能することにした。
ガサゴソと必要以上に手を動かしてみたり、ホッカイロを握って振ってみたりする。しかし、ポケットの中でそんなことをしていたら、当然他の何かに当たってしまう。
「あっ……」
思わず声が出てしまったのは、桜の左手に当たってしまったからだ。男のように固く、がさついた手とは違うすべすべで弾力のある肌。態度はデカくても手はとても小さくて、簡単に包み込めてしまうほどだ。
「ごめん」
さすがに悪いと思い、咄嗟にポケットから右手を引き抜く。一瞬で襲い掛かってきた冷気が、俺の右手の体温を奪うがそれを冷たいと感じることはなかった。
温められたのは右手だけだったはずなのに、身体全体を温められたように熱くなっている。
「……気のせいだよな?」
そう。顔が熱くなっているのも、きっと気のせいのはずだ。
◆◆◆
――学校について、桜とはそこでお別れとなった。帰る約束は特にしていないので、下校は気にしなくていいのだろう。
一年と三年では昇降口の場所も違うので、校門をくぐって直ぐに蜜柑ちゃんとも別れた。
俺はいつも通り靴を脱いで、いつも通り上履きを履いて、いつも通り教室へ向かう。しかし、教室に入ってみるといつも通りではなくなっていた。
「あれ?なんかめちゃくちゃ人がいるな」
教室のドアを開けてみると、もうクラスの8割が登校していた。いつもならまだ3~5人程度しかいないのに、今日はやけに人が多い気がする。
「あっ……」
思わず教室の壁にかけてある時計に視線を向けると、いつもの到着時間より10分ほど遅れている。桜の登校時間に合わせるため、いつもより遅くついてしまったのだ。
「よう、おはよう優人。今日はいつもより遅い到着だな」
自分の席に行き、荷物を置くと後ろから話しかけてきた。いつもより少し小馬鹿にしている風な口調が鼻につくが、こんなのをいちいち相手にしてはキリがない。
「ちょっと色々あったんだよ。そういう楠木はいつもより早い時間じゃねえか」
「はっはっは。俺はこの前覚えたんだ。早起きは三文の徳という言葉をな!!」
自信満々に答える楠木を見て、俺は思わず苦笑する。中学三年……というか、この受験の時期になって今更覚えたのかということにだ。
わざわざ突っ込む気にもならなかった俺は「はいはい」と適当に返事をして、バッグから教科書を取り出す。
「えっと一限目は数学だから……」
教室の前に張ってある時間割表。この席は一番後ろの窓際の席なので、少し目を凝らさないと見えない。そろそろ眼鏡を買うべきかと、ノートと教科書、筆記具を取り出したところでバッグの奥に眠っているピンク色の袋を見つける。
「あ、やべ……」
その袋を取り出してみると、それは蜜柑ちゃんの分のお弁当だった。今朝、智子さんから渡すよう頼まれていたのに、それをうっかり忘れてしまっていたのだ。
「……」
チラッと時計を再び確認すると、ホームルームが始まるまでは後5分だった。走れば余裕で間にあるが、そもそも昼も一緒に食べることを考えると届けに行かなくてもいいかもしれない。
「ん?何だその弁当」
少し考えていると、楠木がそれに気が付いた。
「蜜柑ちゃんの分の弁当。届けるかどうか悩んでる」
「いや行って来いよ」
俺が説明すると、楠木はノータイムで返事をしてきた。その早さはまるで条件反射のようで、俺はたまにこの楠木のはっきりとした性格を羨ましく思うことがある。
「んじゃちょっと行ってくる」
楠木の一言でようやく重たい腰を上げた俺は、弁当を片手に蜜柑ちゃんの教室まで走った。
一年の教室は二階にあり、俺たち三年の教室は四階にある。階段を二つ分降りないといけないが、そこまで大した距離ではない。
1分も経たずに蜜柑ちゃんの教室まで着いて、前の入り口から蜜柑ちゃんのことを探す。一年生の教室は三年よりもわちゃわちゃしていて、数人のグループで話しているのが多い。
「あ、蜜柑ちゃーん」
ようやく蜜柑ちゃんのことを見つけ、手を上げながら声を出すが、蜜柑ちゃんの姿を見た瞬間どちらもやめた。
「……」
教室にいた蜜柑ちゃんは、他の女子生徒と仲良さそうに話していたからだ。蜜柑ちゃんは男性恐怖症なだけであって、別に人見知りというわけではない。むしろ人当たりはいい方だと、勝手に思っている。
男子ではなく、女子なら普通に仲良くすることくらいできるだろう。でも、俺が蜜柑ちゃんが同級生と仲良さそうに話している光景を見るのは今日が初めてだった。
「やっぱり後ででいいか」
嬉しさと、少しだけの寂しさを感じながら俺は自分の教室へと戻った。
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次回もよろしくお願い致します。