お帰りなさい
どうもココアです。
本日更新でございます。
「いよう!今帰ってきたぞ二人とも!!」
父親と智子さんが行った新婚旅行。一週間というのは長いようで短いもので、俺としては『もう帰ってきたのか』というのが率直な感想だった。
旅行疲れを見せないハイテンションな父の姿を見ながら呆れたような溜息をつき、父の後ろにいる智子さんの方を見る。すると、包み込むような優しい笑顔を向けてくれた。長旅で疲れたはずなのに、帰ってきてそんな笑顔を見せてくれるとは思わなかった。
ずっと行っていなかったが、智子さんはとても美人だ。そして、それを受け継いだ蜜柑ちゃんも可愛い。整った容姿に細身の身体。
艶やかな黒髪は誰よりも日本人らしさを滲み出している。
「お帰りなさい」
そして、俺の横に座ってた蜜柑ちゃんが小動物のように二人の元……正確には智子さんの元へ行った。男性恐怖症である蜜柑ちゃんは男に近づかれることを心底嫌う。
俺は大丈夫だが、まだ父には少しの恐怖が残るらしい。……元々その原因を作ったのが年上の男性らしいから、父を怖がるのは無理のないことだろう。
「しっかり蜜柑ちゃんを見てたようだな」
「別に俺は何もしていないよ」
父は蜜柑ちゃんに怖がられている、避けていることに気づいているのだろう。詳しい事情は知らなくても、智子さんから少しは説明されているはずだ。
だから蜜柑ちゃんに避けられるような態度をされても、気にしていない素振りで話かけてくる。
「そう言えばどこに行ってきたんだ?」
二人が旅行に行ってた間に蜜柑ちゃんが風邪を引いたということは伏せておくことにした。それを言ったら二人は気にするだろうし、俺にまで隠していたことを見ると蜜柑ちゃんも知られるのは本望ではないだろう。
「場所か?それはなあ、松島に行ってきたんだ」
「松島?」
意外なところが出てきたと、俺は思わず聞き返す。松島は日本三景の一つでもあり、観光として非常に人気の高い場所ではあるが、新婚旅行で行くところなのかと聞かれると首を縦に振りづらいような気がする。(作者の見解です)
「いや~いいところだったぞ。日本三景って言われるだけのことはあるな」
父は自分の顔に手を当てて、頷きながら旅行の思い出を語る。いつもテンションが高く、笑顔が絶えない父だが、今日は特にテンションが高かった。
よっぽど新婚旅行が楽しかったのだろう。俺は久しぶりに父の話を聞きながら笑うことができた。
「ちゃんとお土産も買ってきたからな!」
そういうと、父はドアの横に置いていたスーツケースを開けて大きな紙袋を取り出す。その中にいくつか箱が詰まっており、取り出してみると大きく“最高級海苔”と書かれていた。
「海苔?」
予想の斜め上を行くお土産に、思わず声に出してしまった。……何というか渋い。もちろん、もっとおしゃれなものが欲しかったというつもりはないが、それでも中学3年と中学1年の土産に海苔を買ってくるとは思わなかった。
「……何で海苔なんだ?」
「ん?ああ、それは違う違い。お前たちのはこっちだ」
一つの紙袋にまとめていただけで、お土産自体は数種類買ってきたらしい。父はガサガサと音をたてながら紙袋を探り、緑と黒の箱を取り出して渡してきた。
「ほれ」
渡された箱には“ずんだ餅”と書かれている。ずんだとは枝豆を擦り物してペースト状にしたもので、松島だけではなく東北の方でよく食べられているものだ。それをモチーフにしたのがこのずんだ餅。ずんだ餅は特に宮城県の土産として知られており、俺も何度か食べたことがある。
「へえ。萩の月じゃないんだな」
「俺は萩の月じゃなくてずんだ餅派だからな!」
「俺たちに買ってきたんじゃないのかよ」
あくまでも自分好みの土産を買ってきたらしい。それでもずんだ餅は好きだし、勝ってきてくれたことに関しては素直に嬉しかった。
「……それにしても多く買い過ぎじゃね?」
紙袋の中身を全て出してみると、全部で12個もの箱が入っていた。海苔が4箱、ずんだ餅が4箱、あとはクッキーやら何やら。それに加えて牛タンや牡蠣など、4人で食べるには明らかに買いすぎと言っていい量だった。
「違う違う。会社とかに配るんだよ」
「ああ。そういうことか」
父の言葉を聞いて安堵の息をはく。それなら別にしておけばいいのに、と小さな声で口にすると再び父がずんだ餅を差し出してきた。
「えっ?」
どういうわけが分からず戸惑っていると、父は言葉に迷っているように口をパクパクさせて何度か天井を見上げてから言った。
「これは白鳥さんの分だ。……近所の人に配るのは白鳥さんだけでいい」
「……」
“察してくれ”と訴えかけるような瞳で俺の顔を覗いてくる父。思わず俺も無言になってずんだ餅を受け取り、いつになく弱気な父の姿を瞳に映していた。
こうして父が弱気なのは粗方想像がつく。どっちに非があろうと、父は一度離婚をしている。それは隠し通せるものではなく、どんなに気をつけていたとしてもいつかは露になる。ご近所さんにヒソヒソと影で話されるのも、そんなに時間はかからなかった。
たとえ父に非がなかったとしても、世間は“離婚をした”というところだけ見てしまう。原因を知らなければ、あとは噂に噂が重なって間違った事実が世に出回る。
「分かったよ」
父が伝えたかった感情、言葉、それら全てを飲み込むようにして頷く。すると父は、心底嬉しそうな表情を浮かべながら黙って頷いた。
「じゃあさっそく行ってくる」
父に頼まれた俺は、ずんだ餅を片手にリビングを後にした。善は急げという言葉があるが、単純に後回ししたら絶対に行かないということが目に見えているからだ。
「どこへ行くんですか?」
玄関で靴を履いていると、トタトタと小さな足音を立てながらやって来た。智子さんと話すのに夢中になり、俺と父の会話を聞いていなかったらしい。
「ちょっと土産を届けに桜のところまで行ってくる」
トントンと、位置を整えるようにしてつま先を玄関に叩きながら説明する。すると蜜柑ちゃんは、少し寂しそうな表情を浮かべる。
「……直ぐに帰ってきてくださいね」
でも、寂しさを悟らせないように精一杯の笑顔を向けてくる蜜柑ちゃんに、いじらしさを感じずにはいられなかった。気づけば俺の右手が蜜柑ちゃんの頭に伸びていて、触れると割れる風船を扱うように優しく撫でていた。
「あ……」
さすがの蜜柑ちゃんも撫でられるとは思っていなかったのだろう。目を大きく開けて戸惑うが、少ししたら嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ行ってくる」
時間にして数秒。けど、それで蜜柑ちゃんの寂しさは晴れたらしい。ほんのり頬を赤くしながらも、今度は思わず口元が緩んでしまうような可愛い笑顔で見送ってくれた。
それを見た後では早く帰らないとという使命感に駆られ、いつもよりやや早歩きで桜の家まで向かう。と言っても桜の家までは歩いて10秒。走れば5秒で着くような距離だ。わざわざ急がなくても、そこまでのライムラグはない。
「桜ーちょっと開けてくれー」
インターホンは鳴らさず、ドアを直接ノックして一言。俺は桜の家を訪れるときはこのスタイルで、今まで桜の家のインターホンを鳴らしたことがないほどだ。
少し外で待機していると、なかからトタトタと急ぎ足で歩いている音が聞こえる。段々と音が大きくなり、ドア越しでも人の気配を感じたところでガチャとドアが開かれた。
「なに?」
いつもより若干睨むようなジト目を向けてくる桜。声も少しばかり低くなっているので、少々機嫌が悪いみたいだ。
「別に大したことじゃない。これを渡しに来ただけだ」
桜が不機嫌なことなど、全く気にしない俺は左手に持っていたずんだ餅を桜に差し出す。
「……?」
素直に受けった桜だったが、『何でずんだ餅?』という表情をしていたので、「新婚旅行のお土産だよ」と追加してあげた。
すると『ああそうこと』と言うように首を縦に振った桜。
「じゃあまたな」
「あ、待って」
目的は果たしたので、早々に家に帰ろうとしたところで桜に引き留められる。機嫌が悪そうだから早く帰ってほしいと思ったが、どうやら違うらしい。
もう一度桜の方を見ると、先ほどより少しだけ顔が赤くなっている。必要以上に瞬きをして、何か言いたそうにモジモジとしている。
「あの……明日」
ようやく声を出した桜だが、あと一歩踏み出せないようで再び言葉が詰まる。俺はそんな桜のことを見ているだけで、あえて何も言わなかった。そして、改めて呼吸を整えた桜がもう一度口を開く。
「明日一緒に学校行こう」
「えっ?」
恥ずかしそうに声を震わせて言った桜の表情は、まるで熟れた林檎のように真っ赤になっていた。そして、その有無を言おうとする前にドアを閉めて家に引きこもってしまう。
「……どうやって返事するんだよ」
呆れたように呟くと、ポケットに入れておいた携帯が震える。手に取って開いてみると、桜から一件メッセージが届いていた。
《あとで連絡して》
とその一言だけ。
桜と連絡先を交換して、一番最初のメッセージがそれだった。それだけ確認した俺は、再び携帯をポケットに入れて真っ暗になっている空を見上げながら家に帰った。
読んでいただきありがとうございます!
……気づいた方もいると思いますが、あらすじを変えさせてもらいました。
作品を投稿してからあらすじを変えるのはやっぱり、あまりよくないですかね?
ちょっと、書いているうちに「もっと膨らませた方がいいんじゃね?」なんてことを思ってしまったので。
そんなこんなで、次回もお楽しみに!!




