連絡先
どうもココアです。
本日更新でございます。
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「……今日も来たのか」
インターホンが鳴って、「はーい」と声を出しながら玄関を開けるとそこには見慣れた桜色の髪の毛をした女子がいた。
相変わらず無表情え何を考えているのか分からないその女子は、俺が呆れたような態度が気に入らなかったのかいつもより少しだけ鋭い目つきになっている。
「別に来てもいいでしょ」
不機嫌そうに言ったその人物は、俺の幼馴染で隣の家に住んでいる桜だ。何で俺が少し呆れているかというと、桜はここ最近毎日うちに来ている。一番最初は蜜柑ちゃんを紹介してほしいということだったが、最近は特に目的が無さそうなのに毎日来てる。
「あ、桜さん。いらっしゃい」
まだ家に入っていいという許可を出した覚えはないが、桜は俺とドアの間を奇麗に足早にリビングへと向かった。リビングには蜜柑ちゃんがいて、桜が来たことを喜んでいるようだ。
顔は見えていないが、いつもより声が弾んでいるような気がした。
玄関に一人残された俺は軽く息を吐いて、桜の後を追うようにしてリビングへ向かった。
「うちに来るのはいいけど、こう毎日毎日来るもんじゃねえだろ」
リビングに入って直ぐ、我が物顔でソファーを占領している桜に言った。しかし、当の本人は話を聞く気すらないらしく、ただ手さぐりにテレビのチャンネルを変える。
「ったく、蜜柑ちゃんも言いたいことがあるならガツンと言った方がいい。こいつは直ぐ調子に乗るから」
桜が素直に聞き入れないことを悟った俺は、蜜柑ちゃんと向かい合わせになるようにテーブルを挟んだ椅子に座る。すると、雑誌の方に向いていた蜜柑ちゃんの視線が俺の顔の位置まで上がる。
「私は全然……むしろ、来てくれて嬉しいです」
そう言いながら、桜の方を見つめる蜜柑ちゃん。その視線は“安心”や“信頼”といった感情が
乗せられていて、少しばかり胸がざわつく。
やはり同性ならではの信頼感というものがあるのだろうか。蜜柑ちゃんにとって、桜の第一印象は決して良いものではなかっただろう。なんせ自己紹介だけして帰ってしまったのだから。しかし、次の日以降は普通に話していたし、桜といると笑顔になることが増えていったような気がする。
それはそれで嬉しい限りなのだが、少し複雑な気分でもあった。
「優人、今日の夕飯はなに?」
やっていた番組がお気に召さなかったのか、テレビの電源を切ると、振り向きながら桜が訪ねてきた。
「今日は肉じゃがにしようかと……あと焼き魚と副菜でほうれん草のおひたし……ってか、また食っていくつもりなのか?」
「だめなの?」
「別にだめじゃないけど」
「じゃあ食べていく」
それだけ言うと、今度は思い切りソファーの上で寝転ぶ。ここが他人の家ということを忘れているのか、それともこの家を他人の家とすら思っていないのか。
前者であると信じたいが、桜の性格を考えると明らかに後者の方だろう。
「そう言えば桜」
「ん?」
呆れた表情で、ソファーでくつろぐ桜を見ていたらあることを思い出し話を切り出す。
「この前、俺の中学の校門に立ってただろ?何人か桜ってことに気が付いてさ、連絡先教えてほしいって言われたんだけど」
この前というのは、桜が蜜柑ちゃんと初めて会った日のことである。その次の日、同じ小学校だった女子数名から桜の連絡先を知りたいと言ってきたので、とりあえず『次に会った時聞いてくる』と告げておいた。
まさかその当日に会うとは思っておらず、ここまで忘れてしまったということだ。
「別にいいけど、誰?」
あまり乗り気ではないというのを現した言葉を並べた桜。ふと桜の顔に目を向けると、言葉通りの感情がにじみ出ていた。普段は何を考えているのか分かりにくいからこそ、こういう時は分かりやすいのだろうか。
「えっと……遠藤に、藤沢、それから橋本だけど」
今言った3人は小学校の頃は桜と仲が良かった3人だ。一緒下校したり遊んでいるところを何回も見たことがある。むしろ連絡先を交換していなかったのかと思ったりもしたが、そもそも携帯すら持っていなかったのだろう。
俺も携帯を持つようになったのは中2からだ。連絡先もそこまで沢山あるわけではない。
そんなことを考えていると、一度体を起こした桜がめんどくさそうに答えた。
「……やっぱりやめとく。断っておいて」
「え?」
意外な返し方に、思わず言葉が詰まる。小学校の頃、あんなに仲が良かったのに、一体どうしたの言うのだろうか。心なしか、名前を言う前よりもテンションが下がっているような気もする。
俺の知らない3年間に何かあったというのだろうか。しかし、連絡先を知らなければ遊ぶ約束も立てられないだろう。家は知っているかもしれないけど、アポなしで突しても追い返されるのが関の山だ。
「何かあったのか?」
「別に」
さすがに気になって問いかけてみたが、桜は適当に言葉を返すだけだった。この返し方は“特に話すつもりはない”とも受け取れるので、俺も大人しく引き下がることにする。
中途半端に踏み込んでしまったが故に、空気が微妙になってしまった。桜は大して気にしないだろうが、この空気を作り出してしまった本人としては罪悪感を覚えざるを得ない。
「あ、じゃあ桜さん。私とは交換してくれますか?」
そんな冷め切った空気を温めてくれたのは、目の前に座っている蜜柑ちゃんだった。恥ずかしそうに自分の携帯を取り出した蜜柑ちゃんは、期待と不安が募った声で桜に問いかける。
「いいよ。はい……」
元同級生の頼み事は聞いてやらなくても、最近知り合った幼馴染の義妹の願いは叶えるらしい。いや、むしろ聞かれるのを待っていたのか、いつもより俊敏な動きでメモも書いて蜜柑ちゃんに渡した。桜の連絡先が書かれたメモを受け取った蜜柑ちゃんは、「ありがとうございます!」と太陽のような笑顔を見せて、急いで自分の携帯に入力する。
「お前……もしかしなくても蜜柑ちゃん大好きじゃね?」
メモを渡した後、ソファーに顔を埋めるようにして寝転ぶ桜に近づき囁くような大きさで問いかけた。
「うるさい」
「否定はしないのか」
「……」
どうやら俺の思っていた通りらしい。 こいつが最近ここに来ていたのも、ただ蜜柑ちゃんが目当てなだけだったようだ。そうならそうと早くいいのにと、少し微笑みながら息をつくと右肩を軽くつつかれた。
振り向いてみると、自分の携帯を宝物のように抱きしめた蜜柑ちゃんが満悦な笑みで立っていた。
「桜の連絡先追加できたのか?」
「はい!これでまた友達が増えました」
……可愛いな。思わずそう言ってしまいそうなほど、無邪気な笑みを浮かべる蜜柑ちゃん。チラッと桜の方を見ると、予想通りこっちを向いていた。
うつ伏せではあるが、完全なうつ伏せではなく半分は横を向いている。見えている片目はしっかりと蜜柑ちゃんをとらえていて、口元が少し緩んでいた。
「こんな風に笑うんだな」
笑った桜を見るのはいつぶりだろうかと、少しばかり感傷に浸っていると
「お兄さんは桜さんの連絡先を知っているんですか?」
後ろに立っていた蜜柑ちゃんが、無邪気さを声に表したようにして問いかけてきた。
「いや、知らないよ」
蜜柑ちゃんの期待を裏切るような答えをしてしまったけど、嘘をつくわけにもいかない。俺は桜の連絡先を知らないが、それは交換してまで話すことがないという一点に限る。別に仲が悪いとか、追加する価値がないとかそういうことを言っているわけではない。
そもそも家が隣で、いつでも直接連絡できそうな距離なのに連絡先を交換することもないだろう。
「別に俺も欲しいとは思ってないし、いつでも会える距離だしな」
『桜もそう思うだろう?』と付け加えると、半うつ伏せ状態だった桜がきちんと起き上がってこちらを見つめる。
「別にいいけど」
「はい?」
「蜜柑ちゃんに教えたし、優人なら別にいいよ。連絡先教えても」
これまた意外な答えが返ってきて、再び言葉を失ってしまう。
「いいのか?」
思わずまた聞き返してしまう。
「夕飯で手を打つよ」
「分かった」
桜が提案してきた交換条件を飲み込み、俺はキッチンへと向かう。そろそろいい時間にもなるし、夕食の準備をしてもいいだろう。
俺は普段よりも気合が入った状態で、夕食作りに入ったのだった。
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