何しにきた
どうもココアです。
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「あっ……」
学校が終わり、校門まで走っていくと見慣れたピンク色の髪の毛を伸ばした女子が少し上を向いて立っている。その横を通って帰ろうとするこの学校の生徒たちは、そのピンク色の女子が気になって仕方がないという視線を送るが、誰も話かけようとはしない。
「そんなところで待ってることないだろ。もう少し目立たないところに居ればよかったのに」
そんな周りの期待を代弁をするような形で声をかけることになってしまったが、そもそもこの女子――桜は今朝約束をしたのだ。
「――家に来る?どうしてそんな急に?」
「別に……どんな子なのか気になるし、あと優人に看病が務まるとは思えない」
「それは……」
否定しようとしたが、あと少しのところで言葉が詰まる。看病ができないわけではないが、完璧に出来ているかと聞かれてしまっては黙るしかなかった。
「今日終わったら優人の学校に行くから。じゃあまた放課後で」
「あ、ちょ……」
これが今朝の会話である。相変わらず何を考えているのかよく分からない奴ではあるが、別に理由もなければ強く断るのも変な話だ。
「ってか、お前がこんなところで待ってるから俺までなんか変な注目されてるじゃねえか」
横を通り過ぎる他の生徒たちの視線が刺さる。ところどころで『彼女かな?』とか『すごい……髪の毛の色』などと言った声が聞こえてくる。確かに、桜の髪の色は普通ではない。こういうと失礼かもしれないが、日本人ではまず見ない色だ。
だから余計に視線を集めやすいのだろう。それに加えて整った顔立ち、色白の肌。一言で表すなら、桜は“美少女”だろう。
「なに?人のことジロジロ見て」
「いや、何でもない」
しかし、それはあくまでも外見だけの話だ。多くの人は桜の性格に驚くことが多い。外見からは想像しにくい冷たい声に、淡々とした態度。俺は昔から知っているから特に何とも思わないが、初対面の人はこの外見と性格の差に呆気にとられる。
いったいどんな想像をしていたのか、その場で泣き崩れる男子もいたくらいだ。
「はあ……」
物思いにふけていると、無意識に口から息が零れる。
「ため息をしたら幸せが逃げるよ」
「じゃあ俺の幸せを捕まえてきてくれよ」
「馬鹿なこと言わないで」
桜との会話はいつもこんな感じだ。特別話が弾むこともなければ、空気が冷め切るわけでもない。互いにこの距離感がベストであることを自覚しているからか、特に気まずさを感じることもない。
俺が少々ボケをかますが、その度に大分鋭い突っ込みが返ってくる。それは軽く頭を叩くようなものではなく、鍛え抜かれた手刀で叩かれるような感じだ。
「そう言えばそっちは学校はどうなんだ?」
「どうって何が?」
「友達とかできたかなって。ほら、同じ小学校から桜が行ってる中学に進んだ奴って少ないじゃん?ちゃんとやってるかなって」
気まずさを感じることはないが、長い間の沈黙には俺が耐えられなかった。何となく頭に浮かんできたことをそのまま口にする。
すると、桜の目が少しだけ細くなった。眉をひそめたところを見ると、あまり聞かれたくないことだったらしい。
「……別に仲良くするつもりもないし」
数秒の沈黙のあと、いつもより冷め切った声で桜は言った。少し避けるようにして距離を置かれ、意図的に視界に入れないように外に視線を向ける。
桜は俺と同い年。つまり中学3年生だ。中学3年にもなって友達の一人もできないとなると、学校生活はさぞ灰色なことだろう。本当なら鮮やかに輝くはずの中学校生活だが、桜の中ではあまりいい思い出のないものとなってしまうかもしれない。
「そうか……」
どんな言葉をかけていいのか分からなかった俺は、取りあえず相槌だけ返すようにして言葉を返した。それが余計に気が障ったのか、今度は歩くペースを上げてスタスタと先に行ってしまう。
しかし、急に歩くペースを変えたからか、目の前からやってくる自転車に気づかなかったみたいで軽く肩をぶつけてしまう。
「いたっ……」
「危ない!!」
軽くぶつかったとはいえ、細い身体の桜が体勢を崩すのには十分過ぎる衝撃だ。俺は咄嗟に手を伸ばし、倒れそうになった桜の身体を支える。
「だ、大丈夫か?」
丁度二の腕の部分に桜の頭が乗り、もう片方の手で背中を支える。こうして触れてみれば桜の身体が華奢であることがよく分かる。このまま力を入れてしまえば壊れてしまいそうで、俺は自分ができる精一杯の丁寧をここに注いだ。
「優人……ありがとう」
取りあえず体勢を整えて、きっちり自分の足で立った後にお礼を言った桜。どこか表情が柔らかくなったというか、いつもよりは顔が緩くなっているような気がする。
「元はと言えば俺が原因だからな。別にお礼は言わなくてもいいよ」
照れ隠しとか、そういう意味で言ったわけではない。元々俺が余計なことを聞いたことがきっかけで起こったことだ。
そんなちょっとした事件が起こったところで、気づけば俺の家の前までついていた。
「いいか?相手は中学1年生だからな」
「分かってる。優人は私が年下をいじめるように見える?」
「見えな……」
言い切ろうとしたけど、何故か俺の口がそれを拒んだ。そして、それに気が付いた桜が不機嫌そうな表情でつぶやく。
「私がいじめるのは優人だけだし……」
「そう。そういうところだよ!だからなんか言い切れなかったんだよ!」
思わず思い切り突っ込みながら玄関を開ける。「ただいま」と一言言うと、リビングの方から「おかえりなさい」という声が聞こえてきた。どうやら蜜柑ちゃんは起きているらしい。
「お邪魔します」
タイミングをずらして桜が家に入る。ガチャっという音が消えた後で、桜が小さな声で言って靴を脱ぐ。俺が来客用のスリッパを出すと、小さな声で「ありがとう」と言って自分の靴をそろえた後に履く。
いつもならこの後は自分の部屋に戻って着替える流れだが、今日は少しイレギュラーにリビングのドアを開ける。
「おかえりなさいお兄さん」
「ただいま蜜柑ちゃん」
リビングへ入ると、マスクをした蜜柑ちゃんがソファーに座りながらテレビを見ていた。マスク越しでも分かるほど、顔色は随分と良くなっていて声もいつも通り透き通っている。
「蜜柑ちゃん、今日はちょっと俺の友達が来てるんだ」
「お友達ですか?」
そういい、後ろにいる桜に向かって手招きする。俺がこっちに来るように誘導すると、桜は表情一つ変えずにやってきてリビングに入る。
「下鳥桜。よろしく」
蜜柑ちゃんの姿を見て一言。それで桜の自己紹介は終了だ。普通なら笑顔を見せるとか、何かもっとあるのかもしれないが、これが桜流の挨拶ということだ。
「あ、えっと……神崎蜜柑です。よろしくお願いします」
蜜柑ちゃんもここまで端的な自己紹介は初めてだろう。少し戸惑いながら桜に自己紹介をする。
「桜は隣に住んでるんだ。昔はよく遊んでてな。中学はバラバラだけど、幼稚園と小学校は一緒で……まあ幼馴染ってやつだ」
さすがにさっきのだけでは不十分だろうと、俺が桜の情報の詳細を蜜柑ちゃんに伝える。それを聞いた蜜柑ちゃんは、顔に出ていた警戒を少し解いてくれたみたいで、さっきより表情が緩む。
しかし、桜は相変わらず無表情と言うか眉一つ動かそうとしない。自分から来たいとか言っていたのに、このテンションは一体どういうことなのか。
「……」
蜜柑ちゃん。優人にできた、新しい妹。林檎ちゃんとは違うけど、少し似ているところがある。そっか、優人が昔みたいに戻ったのは……。
「私帰る」
「は!?どういうことだよ」
突然の発言に思わず耳を疑った。まだ来て数分……というか、自己紹介しかしていないというのに桜は一体何を言っているのだろうか。
引き留めようとするが、足早に玄関へ向かった桜。どうやら意思は固いらしく、どんな言葉をかけても止まってはくれなかった。
「じゃあね優人。また来るから」
「……せめて今度は目的を持ってから来てくれ」
この桜を止められないことは分かっていたので、玄関まで来たところで既に諦めていた。適当に見送りをして、玄関を閉める。
「……本当に何しに来たんだ?」
それだけが本当に分からず、茫然と玄関を見つめたまま呟いた。
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