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林檎と蜜柑どっちにする?  作者: ココア
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提案

どうもココアです。


今回もよろしくお願いします。


「……んん。あれ?私、何してたんだっけ」


 記憶が曖昧のなか目を覚まし、体を起こした。確か……最近風邪気味で、今日は特にひどくって……自分の部屋で休もうと思って。


「あっ……」


 頑張って記憶をたどっているところで、私の左手がいつもより暖かいことに気がづいた。そちらに視線を向けると、そこには私の左手を包み込むようにして握るお兄さんの右手があった。


 椅子に腰かけながらカクッ、カクッと船をこぐように眠るお兄さん。窓から優しい月明りが照らし、お兄さんの横顔を輝かせる。いつも向けてくれる優しい笑顔とは違った、どこかおどけた寝顔。


「こんな顔をして寝てるんですね」


 お兄さんの寝顔を見た途端に元気になってきた私は、ベッドから降りてそっと近づいた。


「ありがとうございます。お兄さん」


 そして、直ぐに溶けてしまいそうなほど小さな声量で耳元でささやいた。


「……」


 それだけ囁いた私はもう一度眠りにつくことにした。今度は、お兄さんの右手を私が包むように握って。



◆◆◆














――翌朝。椅子に座って寝たからか、腰が痛くて目が覚めてしまった。


「いっつ……やべっ、腰めちゃくちゃ痛え」


 看病しているうちに寝てしまったらしく、俺が心底後悔した。むしろよく椅子から落ちなかったと感心したけど、この場合に関しては落ちていた方が良かったかもしれない。


「あれ?」


 腰をさすりながらベッドの方に目を向けると、蜜柑ちゃんの姿がなかった。カーテンも開けられていて、太陽の光が差し込んでいる。


「大丈夫なのか?」


 取りあえずリビングへ行こうと立ち上がると、背骨からボキボキという音が脳に響く。やはり変な恰好して寝ていたからだろう、体が相当固まっている。


「あっ、おはようございますお兄さん。昨日はありがとうございます」


 リビングへ行くと、いつも通り元気な蜜柑ちゃんが朝食を食べていた。


「おはよう蜜柑ちゃん。もう風邪は大丈夫?」


「はい。まだ少し体がだるいですけど、昨日に比べたら何ともないです」


「どれどれ……」


 蜜柑ちゃんの言葉を聞いた俺は、咄嗟におでこに手のひらを当てる。そのままでは前髪でガードされてしまうので、髪を軽く持ち上げてから蜜柑ちゃんのおでこに触れる。


「ん~……」


 確かに昨日よりも下がって入るけど、いつもよりは何となく高いような気がする。


「まだ病み上がりだし、今日は学校を休んだ方が……どうしたの?」


 気が付けば蜜柑ちゃんの顔が林檎のように真っ赤になっていた。


「もしかして風邪がぶり返したんじゃ……」


 そう思い、もう一度おでこに触れようとするが


「だ、大丈夫です!もう大丈夫ですから!!」


 激しく抵抗されてしまった。……そうか。俺と話すのは大丈夫でも触れられることには慣れていないということか。最近は俺の前で男性恐怖症の症状を見せなくなったので忘れていたが、蜜柑ちゃんは男性と話すことすら抵抗のある人だ。


「もっと意識しないといけないな」


「お兄さん?」


「いや、何でもない。独り言だ。それより、やっぱり今日は学校を休んだ方がいい。まだ病み上がりで完全じゃないからね」


 再びさっきの提案を話す。すると蜜柑ちゃんは、少しだけ寂しそうな表情をしながらも小さくうなずいた。


「そうですよね。こんな状態で行って倒れてもお兄さんに迷惑をかけるだけですし、誰かにうつしてしまうかもしれないですし」


「欠席の連絡は俺がしておくからもう一日ゆっくり休んだ方がいい」


「はい!ありがとうございます」


 ニコッと可愛い笑顔を見せた蜜柑ちゃん。その笑顔を見て、俺はあることを思い出した。


「そう言えばあれを買っておいたんだ」


 そう呟きながら冷蔵庫を開け、昨日買っておいたミカンゼリーを取り出す。


「これなら風邪の時でも食べられるかなって買ってきたんだけど、ミカンゼリーって食べられる?」


 少し不安になりながら問いかける。本当なら買ってくる前に聞いておくべき何だったけど、あの時は気が動転していてそんなことを聞く余裕がなかったんだ。


 少しの沈黙がおとずれて『外したかな?』とチラッと蜜柑ちゃんの顔を見てみると、そこには今までに見たことないほど目を輝かせる蜜柑ちゃんの姿があった。


「えっと……ミカンゼリー食べられる?」


 思わずもう一度聞いてしまった。


「大好きです!お兄さんありがとうございます!!」


 ガシッ!と強い力で俺の腕ごとミカンゼリーを掴む蜜柑ちゃん。病み上がりとは思えないほどの速度と握力だ。


「そ、それなら良かった。冷蔵庫に入れておくから好きな時に食べてよ」


 一刻も早く手を放してもらわなけば腕ごと持っていかれる。そんな非現実的なことが頭を過ってしまい、思わず口走ってしまった。本当なら今食べてもらおうと思ったのに。


「それからお昼は……」


……もう何でもいいや。そう思い、ついでに昼食の説明も同時に行った。


「分かりました。ありがとうございますお兄さん」


「夕方には帰ってくるから。夜は俺が何か作るから待っててね。じゃあ行ってきます」


 気づけば登校時間ギリギリになってしまい、少し急ぎ足で玄関まで向かう。


「行ってらっしゃいです。お兄さん」


「行ってきます」


 蜜柑ちゃんの見送りを背中に、俺はいつも通り玄関を開ける。けれど、いつもより太陽が輝いて見えた。


「あ、優人」


「桜?」


 学校に向かうためには必然的に桜の家を通り必要がある。普段家を出る時間には絶対に会うことは無いのだが、今日はいつもより遅く家を出たので桜と登校時間が重なった。


「珍しいね優人がこんな時間に家を出るなんて」


「お前みたいに遅刻ギリギリ登校なんてしない優等生だからな」


「……うざい」


「ごめんなさい」


 めんどくさそうに答えた桜。こんな感じではっきりと物事を言うのは桜の長所であり、短所でもある。普段は口を開かずクールなキャラだが、口を開けば自分の考えをはっきりと貫く。


 それを受け入れられる心の広い人間ならいいんだが、女子は特に人間関係はギクシャクする傾向がある。一部からは好かれる桜だが、それだけ敵も多い桜。元々人付き合いが苦手の桜は、自分から友達を作りにはいかない。寄ってきた人間が桜を受け入れられるかどうかの問題だ。

 俺は昔から桜のことを知っているから、今さら性格がどうのこうの言うつもりはない。


「そう言えば優人。昨日はどうしてあんなに急いでいたの?」


「昨日?ああ、ちょっとな」


「ちょっと?」


 どうやら桜は昨日の一件が気になっているらしい。……あれ?そう言えばこいつに親父が再婚して義妹ができたってこと話したかな。


「……」


 少しばかり空を見上げて記憶をたどるが、桜に(父親が)再婚したことを言った覚えはない。仕方がない。この際、全て話すか。


「実は桜」


「ん?どうしたの?」


 一度歩く足を止め、少し重苦しい雰囲気を作り出す。そして、呼吸を整えてから本題を切り出した。


「(父親が)再婚したんだ」


「……は?」


――再婚?さいこん?菜根?

 どういうこと?だって優人はまだ中学生。それより“再婚”ってどういうこと!?一回経験してたってことなの?


「この間いきなり言ってきてさ」


「いきなり?」


「それで今新婚旅行中で……」


「新婚旅行!?」


 え?どういうこと?……あれ?待って、もしかして……。


「ねえ優人。再婚したのって、優人のお父さん?」


「は?当たり前だろ。それ以外に誰がいるんだ?」


「……そうだよね」


 焦った。めちゃくちゃ焦った。でもそうだよね。普通はそうだよね!


「……どうした桜。何か汗がすごいけど」


「何でもない」


「それで、昨日急いでた理由だけど今義妹が風邪引いててさ。冷蔵庫も空っぽだったから買い物に行ってたんだよ」


「優人に看病が出来るの?」


「失礼な。こう見えて一通り家事くらいは出来る」


 そうしないと、次の日着る服がないからだ。親父は洗濯をするようなタイプではないし、必然的に俺がやらなくてはならない。


「ふーん……。じゃあ今はその義妹ちゃんと一緒にいるんだ」


「そうそう。まだ完全に治ってないから、今日は寄り道しないで帰らないと」


「……私も行こうか?」


「えっ?」


――いつもとは違う朝。太陽の日差しがジリジリと地面を焼く通学路で、あの人付き合いが苦手の彼女が言った一言に。思わず呆気に取られてしまった。

読んでいただいてありがとうございます。

次回もよろしくお願い致します。

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