チャージ
どうもココアです!
よろしくお願いします。
「ただいま」
家についたのは午後8時だった。学校から家までは徒歩で15分程度なので、学校を出たのが7時45分くらいだったということになる。
まさかここまで時間がかかるとは思わなかった。……というより、楠木が俺の理解を遙かに凌駕するほど馬鹿であった。
「あいつ、あれで高校に行けるのか?」
玄関で靴を脱ぎながらつぶやく。すると、リビングのドアが開いてパジャマ姿の蜜柑ちゃんが姿を現した。
「お兄さん。お帰りなさい」
抱いていた黒い感情を全て浄化してくれるような笑顔をしてくる蜜柑ちゃんは、どうやらいつでもベッドで横になる準備は出来ているらしい。
「あら、お帰りなさい優人君。今日は遅かったのね」
蜜柑ちゃんの笑顔に癒やされていると、その後ろから顔を覗かせた智子さんが声をかけてきた。ほんの数週間前までは、こんな風に誰かが「おかえり」と言ってくれることは無かったので、妙に胸がざわついた。
「どうしてこんなに遅かったんですか?」
「ああ。友達に課題を手伝ってくれって泣きつかれて……仕方なく、手伝ってたんだ」
「友達ですか……」
その言葉に引っかかったのか、どこか不安そうな顔をしながら俺のことを見てくる。……あれ?さっきまで俺のことを笑顔で見てくれてたよな?そんなに一人で帰るのが嫌だったのか?
「その友達はどんな方なのですか?」
そんなことを思っていると、リスのように頬を膨らませながら蜜柑ちゃんが質問をしてきた。正直に言ったら怒られそうなので、心の中だけに止めておくことにするが、その姿はめちゃくちゃ可愛かった。
「どんなって言われてもな……小学校からの腐れ縁で、クラスもずっと一緒だった男子で――」
「それなら安心しました」
「まだ説明の途中だったんだけど!?」
名前すらも言っていないというのに、蜜柑ちゃんは満足したように上機嫌になって再び笑顔を見せてくれた。
「???」
問い詰められた側としては釈然としないというか、頭の上にはてなマークを浮かべるしかなかった。
「それより優人君。お腹空いたでしょ?今、温めるからちょっと待っててね」
「はい。ありがとうございます」
そう言って智子さんはリビングへ入っていた。コンロの火をつける音が玄関まで響く。恐らく、味噌汁でも温めているのだろう。
食べ物のことを考えていると、今まで潜んでいた空腹が顔を出し始める。俺は鼻歌を口ずさみながら部屋に行き、制服を着替えてリビングへ下りた。
リビングのドアを開けると、食欲をそそる料理の香りが鼻を突き抜ける。
今日の晩ご飯は、ご飯・味噌汁・鶏の唐揚げ・サラダという、完璧なメニューだった。
「いただきます」
どこかの錬金術師のようにパンッと手を合わせ、唐揚げを口に入れる。ぷりっぷりの鶏肉から、ジューシーな肉汁が口の中に広がる。
これが……!これがご飯と合わないわけがない!!
そして俺はご飯をこんだ。二つの旨さが渾然一体になり、思わず涙が出てくる。
「優人君は毎回美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるわぁ」
「本当ですか?」
「ええ。作ってる側からしたら、これほど嬉しいことはないわ」
微笑みながら前の席に座る智子さん。そう言われると、何故か必要以上に恥ずかしくなる。さっきまでは全然そんなことなかったのに、言われてつい意識するようになってしまった。
「お兄さん……」
「え、どうしたの蜜柑ちゃん?」
少し照れくさそうにご飯を食べ進めていたら、ソファーに座ってテレビを見ていたはずの蜜柑ちゃんがいつの間にか隣に座っていた。
……何故だろう。何か、すごい怒ってるみたいだ。
笑顔で出迎えてくれて、一回怒って、もう一回笑顔になって、また怒っている。まるで山の天気のようにコロコロと気分が変わるようだ。
「お兄さん」
「はい。何でしょう……」
思わず敬語になってしまった。……いや、敬語をせざるを得なかったというべきか。とにかく、この蜜柑ちゃんの迫力に気圧されてしまっている。
ただ隣に座って、声をかけられただけなのに冷や汗が止まらない。さっきまで至高の美味しさだった唐揚げも、今は味を感じる余裕すらなかった。
「……!!」
声をかけられたと思えば、再びリスのように頬を膨らませて睨んでくる。どう対処しようかと悩み、箸を机に置くとまるで条件反射のように蜜柑ちゃんが奪う。
「お兄さん……あーんです」
「ふぁい?」
俺の箸を奪ったと思えば、皿に分けられている唐揚げをつかんで口を空けるように誘導してくる。
「えっと……これはどういう状況?」
「あーんです。お兄さんは今日、私を一人で帰らせたので……いつもよりお兄さんといる時間が減ってしまったので、それを埋めているんです」
時間を埋めることが「あーん」になる理由が分からなかったけど、それはあえて言わないことにした。
……俺にあーんをしてくる蜜柑ちゃんもそうだけど、その光景を微笑ましそうにみている智子さんがちょっと気になる。いくら懐かれているとはいえ、普通は兄妹で食べさせ合いなんてことはしないはずだ。
「……」
でも、智子さんが口を挟むことはなく、嬉しそうに見ているだけだった。
「あ、あーん」
それならと、俺も覚悟を決めて蜜柑ちゃんが差し出してくれた唐揚げを口に頬張る。
……うん。想像はしてたけど、それ以上に恥ずかしいな!
「あ……えっと……」
「蜜柑ちゃん?」
「な、何でもないです!」
さっきまで普通だったのに、いつの間にかタコのように顔を赤くしている蜜柑ちゃん。
いやいや、恥ずかしかったのは俺の方なんですよ。
そんなことを思っていると、満足したように席を立ってリビングを後にした。
「……」
本当に何をしたかったのだろうか。理由は全く分からないが、中途半端になっていた夕食を手早く食べて俺もリビングを後にした。
「ごちそうさまでした」
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