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林檎と蜜柑どっちにする?  作者: ココア
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よろしくね

どうもココアです。


本日も更新でございます。

よろしくお願い致します。


「あら、お帰りなさい」


 蜜柑ちゃんと一緒に家へ帰ると、洗濯物を運んでいた智子さんがちょうど出迎えてくれた。


「お、お母さん?」


 笑顔で出迎えてくれた智子さんとは違い、隣に立っていた蜜柑ちゃんはどこか不思議そうな表情をしている。どうやら智子さんが家にいることに驚いているようだ。


「いつもは仕事なのに……どうしたの?」


「ああ。今日から少しお休みをいただいたのよ。ほんの1週間くらいだけどね」


「あ、そうなんだ」


「……?」


 どこか距離を感じる会話に、今度は俺の方が疑問を抱かずにはいられなかった。少しの間空白の時間が過ぎ去ると、蜜柑ちゃんは智子さんの横を通って部屋へと戻った。


 俺もいつまでも玄関で立っているわけにはいかず、同じように自分の部屋へ戻ろうとした。


「ねえ……優人君」


「えっ?」


 階段を上っているところで、智子さんに声をかけられる。


「ちょっとお話があるの。着替えたらリビングに来てくれる?」


 話ならここでも出来るのではないかと、心の中で思っていると何かを訴えかけるようにして目を合わせてくる。いつもは優しそうな瞳だけれども、この時だけは真剣で力強い眼差しだった。


「分かりました。ちょっと待ってください」


 俺は駆け足で階段を上り、クローゼットから適当に出したパーカーを着てリビングへ行った。すると、テーブルに紅茶が入っているティーカップが向かい合わせになる位置に準備してあった。


 もちろん片方の紅茶の席には智子さんが座っている。俺がリビングに入った時、一瞬だけ視線をこちらに向けた後直ぐに視線を逸らした。


「……」


 独特な緊張感が漂うリビング。俺はそこを無言で歩き、音もなく智子さんの前に座って紅茶を一口飲む。茶葉の香りが鼻を突き抜け、ほんのりとした甘さが口に残る。


「優人君。話なんだけど……」


「何ですか?」


 口に運んだティーカップをテーブルに置いたところで、智子さんが話を切り出す。さっき飲んだ紅茶の効能なのか、気づけば緊張の糸がほどけていた。


「蜜柑のこと……どこまで分かってるの?」


「……」


 智子さんの問いかけに対して、どうやって答えようか迷ってしまった。別に全てを知ってるわけではない。俺が知っているのは本当に中途半端なところまでだ。


「俺は中途半端なところまでしか知らないですよ。どこまでって聞かれると答えに困りますけど、蜜柑ちゃんが“男性恐怖症”という症状に酷似したものを患っているということくらいしか知らないです」


「男性恐怖症……。そう、もうそこまで知ってるのね」


 何かを悟ったような表情を浮かべ紅茶を一口飲むと、今度はどこか寂しそうな表情を浮かべた。その顔は蜜柑ちゃんが涙を流そうとしている時と似ていた。


……やっぱり母娘なんだな。


「そこまでってことは智子さんも知っていたんですね」


「ええ……。あの子が男の人を恐怖する理由も分かっているわ」


「きっかけですか?」


「ええ。でも、優人君にはまだ言わないでおくわ。あの子にとっても知られたくないと思うし」


 視線をティーカップに落とす智子さん。紅茶に映る自分に何を言っているのだろうか。


「……ところで優人君。その話は蜜柑から聞いたの?」


「いえ、何となく察しがついたから本人に確認しました。取り合えず俺に対しては恐怖を抱かなくなったそうです」


 蜜柑ちゃんは言っていた。俺以外の男には顔に黒いもやがかかっていると。声だけは聞こえても、表情が見えない。だから怖い。どんなに優しい声や言葉でも、表情が見えないから心が見えない。


 きっと男性恐怖症のきっかけになった男は、見た目は優しそうでも中身が屑だったのだろう。


「……実はね優人君。男性恐怖症っていうことをあの子から直接聞いたわけじゃないの」


「えっ?」


「私も最初はあなたと同じ……違和感を覚えた。でも、確認する勇気が無かったの」


 そのことを心底後悔するように、智子さんはテーブルに置いている手を強く握る。勇気が無かったと、智子さんはそう言った。


 その言葉が胸の奥の奥に突き刺さり、波紋のように広がっていく。ぬるくなっていた心が一気に冷え、同時に智子さんにこれ以上ないほど同情していた。


「距離が近いからこそ言えない……聞けないことがあるんです。その気持ちは痛いほどわかります。……俺が蜜柑ちゃんに聞くことができたのは、まだ限りなく他人に近かったからです。智子さんは母親としての立場だからこそ、聞きづらいことがあったんだと思います」


「……随分とカッコいいことを言うのね」


「別にいいじゃないですか。そういう年ごろなんですよ」


 俺がそう言うと、智子さんは笑った。優しそうな笑顔で、とても優しそうな笑顔で笑った。


「ねえ優人君。一つお願いしてもいいかしら?」


「何ですか?」


「蜜柑のことをよろしくね」


 全身で頭を下げるように、感情を込められた言葉に心が震える。よく音楽の先生が“感情を込めて歌え”と言うけれど、この日、声に感情を乗せるという意味を知った気がする。


 それほど“優しさ”を感じる言葉だった。それほど“優しさ”を感じる声だった。


「分かりました」


 それを聞いた俺も、これまでにないほどの“優しさ”を込めた声で答えた。

読んでいただきありがとうございます。


……声に感情を乗せるって難しいですよね。それが人に伝わるようになるのはもっと難しい……。

頭が痛くなってしまいそうです。


それでは皆さんまた次回!

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