傷つくのは私だけでいい
どうもココアです!
少しだけ、更新を怠ってしまいました……。
しかし、本日更新です。
それではどうぞ!
「……」
「いきなり誰よあんた!邪魔しないでくれる」
俺の頬を叩いた女子は子犬のようにキャンキャン喚き、「そこをどけ」と強い口調で言ってくる。しかし、それを黙って聞き入るわけがなかった。
俺の後ろでは恐怖で体を震わせる蜜柑ちゃんがいたからだ。
「退くわけにはいかない。話合いで済ませるなら別にいいが、暴力を振るうなら絶対に退かない」
何となく、この女子が怒っている理由は察しがつく。端から見れば、蜜柑ちゃんは“男子に冷たすぎる女子”にしか映らないからだ。さらにそれに加えて誰もが振り向くほどの美少女。
自身の嫉妬も相まって感情的になってしまうこともあるだろう。
「急に現れて何なのよ!その子がむかつくから仕方ないでしょ」
「どうしてむかつくんだ?」
「緊張してるのを言い訳にして、彩人君に冷たくしたからよ。あんなに生意気な態度をとって苛立たない方がどうかしてるわ」
人を叩いておいて随分と大きな態度を続けるものだ。ましてや俺は先輩だというのに、一向に敬語を使うような気配すらもない。
もともとそんなことを気にするようなタイプではないけれど、こう意識してみると苛立ちを覚える自分もいた。しかし、ここで俺個人の喧嘩をするわけにはいかない。するならあくまでも蜜柑ちゃんのことだ。
「……すまない。代わりに謝罪する」
「えっ?」
どのようにして言いくるめようと考えたが、それよりも先に俺の体は動いて気づけば頭を直角に下げていた。
「いきなりなんなの!?」
「この子は俺の妹なんだ。兄に免じて許してくれないか?」
「兄……?へえお兄さんだったの?」
“兄”という単語を聞いても言葉遣いを変えない。ここまで来たら、もはやすがすがしいとさえ言える。
「今日転校してきて、色々不安が溢れてるんだ。もう少し大目に見てやってくれないか?」
「……」
そう言いながら、より深々と頭を下げる。3年が1年に対して直角に頭を下げることなど、そうそうないことだろう。ギャラリー達が何を言っているのか分からない程度の大きさで、ヒソヒソと話している。
そしてようやく頭が冷えたのか、目の前の女子も辺りを見渡す。どうやら注目されていることに今さら気がついたらしい。
「……ふんっ!」
最後の最後まで敬語も謝罪もないまま、ギャラリー達をにらみつけながら去って行った。
「さて、大丈夫だったか?」
どこかに行ったことを確認した後、俺は直ぐに後ろにいる蜜柑ちゃんに声をかける。まるで初めて出会った時のように体を震わせながら顔を俯かせている。
「……」
黙って手を伸ばし、頭を撫でようとする。けれど――
――パンッ!
伸ばした右手は蜜柑ちゃんの左手に弾かれてしまった。
「……」
何か言ってくるのかと思って身構えるけど、蜜柑ちゃんは顔を俯かせたままだった。一言も発せず、閑散とした時間が過ぎていく。
気づけばギャラリーも居なくなり、廊下に立っているのは俺と蜜柑ちゃんだけになっていた。
「帰らない?」
いつまでたっても空気の音しか聞こえない状況に耐えきれず、思い切って声をかけてみることにした。
「……どうして」
「えっ?」
てっきり無視をされるものだと思っていたけれど、蜜柑ちゃんの口から出たのは俺の言葉とは全く関係ないことだった。
「どうして私を庇ったんですか!あれじゃお兄さんの印象も悪くなってしまうのに……。どうして私のことを庇ったりしたんですか?」
声の大きさと比例して顔が上がっていったが、蜜柑ちゃんは大粒の涙を零していた。
「み、蜜柑ちゃん?」
思わず後ずさるが、涙を流しながらも鋭い目つきで迫ってきて、埋めるようにして顔を俺の胸につける。
……そして、とても弱い力で何度も何度も俺のことを殴ってきた。
「お兄さんまで傷つくことはないのに……!どうして、どうして私のことを庇ったんですか?お兄さんは……どうして、私にそこまでしてくれるんですか?」
「……」
体を揺すられながら、震えている蜜柑ちゃんの声が耳に響く。授業中の教師の言葉みたいに抜けてしまうことはなく、勝手に頭の中で再生され続けていた。
……この子は、優しくされることに慣れていない。それは今までの自分がそうだったからだろう。自分の中に引きこもり続けて、“私が悪い。私が悪い”と、言い聞かせ続けてきたのだろう。
“傷ついていいのは私だけ”とでも思っているのだろう。けど、そう思わせてしまったのは彼女だけではなく、彼女にかかわってきた者全てだ。
「虫酸が走るな……」
「えっ?」
この世に傷ついていい人間など一人もいない。でも、今までの人間はこの彼女の思い込みに甘えてきたのだ。自分が傷つかないために、他の誰かが傷つけばいいとそう思っていたから。
「傷つくのは私だけでいい何て思わないでくれよ」
「ど、どうして分かったんですか?」
「分かるよ。兄妹だから」
そう言うと、蜜柑ちゃんはようやく目を合わせてくれた。涙を流し過ぎて潤んだ瞳が重なる。その潤んだ瞳はまるで、あの時別れた林檎のようで――
「……ふぇ?」
――気づけば、俺は強く抱きしめていた。背中に回した手は震えていて、まるで俺の心を表しているようだった。
「ごめん……ごめん。あの時、引き留められなくて……」
あの時の記憶が鮮明に蘇ってきて、無意識に謝っていた。
「お兄さん?」
「えっ?うおお!?」
蜜柑ちゃんの声で正気に戻り、自分の状況を悟った後飛び跳ねるように後ろに下がる。
――ガンっ!!
「~~~~!!」
あまりにも勢いよく下がったので、教室の壁に頭をぶつけてしまった。
「痛って……やべ、たんこぶ出来たかも」
若干の涙を目に浮かべながら、ぶつけたところを撫でる。
「ふふっ」
すると、蜜柑ちゃんはおかしそうに笑った。この笑顔が見ることができたのなら、たんこぶ一つくらい安いものだろうと俺は勝手に納得をしていた。
「……あれ?なんか忘れているような気がするけど、まあいいか」
――翌日。帰る約束をしていた楠木から文句を言われることを、この時の俺は知らなかった。
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