今までの自分
どうもココアです。
今回は腕はよく動いたので、早めに更新することが出来ました。
「さーて。じゃあ俺はクラス戻るけど、蜜柑ちゃんも戻る?」
雑談をしながらお弁当を食べていた昼休み。そろそろ戻らないと午後の授業が始まってしまうので、教室に戻らないといけない。
「そうですね。私も戻ります」
俺が立ち上がると、蜜柑ちゃんも同じように立ち上がってピンク色の巾着袋を片手にクラスの方向に歩き出す。そういえば校内案内をするとか言ってたけど、完全に忘れていたな。
それを言い訳に蜜柑ちゃんを連れ出したというのに、それほど雑談に夢中だったのだろうか。
「お兄さん。校内案内はまた今度お願いしますね」
「え?」
「だって、明日からも私と一緒にお弁当を食べてくれるんですよね?」
からかうような笑顔を見せながら言ってきた蜜柑ちゃん。この笑顔は数日前の蜜柑ちゃんだったら見せてくれることはなかっただろう。
男性恐怖症を煩っている彼女は、全ての男性が恐怖の対象として存在している。俺はその中でも希な“大丈夫な人”。でも、クラスの男子はそうではない。
俺が今日、弁当を間違えたのはわざとだ。それを口実に蜜柑ちゃんのクラスに入り、様子をうかがおうとした。
もし、女子と話していたのなら何も言わずに自分のクラスに戻っていたかもしれない。けど、そうではなかった。今はこうして笑ってくれているけれど、クラスに戻ったらまた苦しそうな顔をするのだろう。
「……しょうがねえな」
だからせめて、昼休みくらいは笑って欲しい。それが俺の望みだった。
その後クラスに蜜柑ちゃんを送った後、自分のクラスに戻った。そういえば楠木と食べる約束をしていたような気がしたけど、まあアイツとの約束なら破っても構わないだろう。
「優人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!お前、昼休みどこに行ってたんだよ!」
教室に戻った瞬間、楠木がわざとらしく涙を流しながら走ってきた。体をぐわんぐわんと揺すられ、呂律がうまく回らない。
「いいからちょっと落ち着け!」
「いっつ!?何だよ。飯を食べる約束を破ったのはお前じゃねえか」
「それについては悪かった。ちょっと野暮用があったんだよ」
「その野暮用って言うの弁当を入れてる巾着袋が変わっていることと関係があるのか?」
「……」
……こいつ本当に人のことをよく見てるな。心の中でそう呟きながら、呆れたようにため息をこぼす。別にこいつになら本当のことを言っても問題はないだろう。
「ちょっと妹のところ行ってただけだよ」
「お前ぇ!なんで俺を誘わないんだよ。俺も誘ってくれよ」
「嫌だね。誰がお前なんかやつを折角できた妹と会わせないといけないんだ」
そもそも、必要以上に人との距離を詰めようとするこいつを蜜柑ちゃんに会わせるわけにはいかない。楠木が悪いやつではないことは、俺が一番よく分かっているけれど、蜜柑ちゃんにとっては男性の殆ど恐怖の対象だ。
片や近づこうとする男子。片や男子を恐怖する女子。こんなにも都合の悪い状況があるだろうか。
「もし機会があったら会わせてやるから、とりあえず待ってろって!」
「言ったな!優人今、言ったからな!言質取ったからな!」
妙に迫力を感じさせる言い回しに、若干の面倒くささと憤りを覚えて自分の席に座る。すると、今度はクラスの学級委員長である鳴瀬三久がやってきた。
「神崎君ちょっといい?」
「どうした委員長。俺のところに来るなんて珍しいな」
「さっきの会話で少し気になったの。妹さんのクラスに行ってたの?」
どうやらさっきの会話が委員長の耳に入っていたらしい。まあ、あれだけ馬鹿でかい声で話していたら嫌でも聞こえてくるか。
しかし、それだけで委員長が来るとは一体何があったのだろうか。
「ああ。ちょっと弁当を間違えたからな」
「お弁当?」
「間違えて妹の弁当箱を持ってきてたんだよ。それを取り替えるためにな」
「ふーん……」
それ以上は質問をしてくることはなかったが、どこか納得のいっていないような表情をしていた。俺が妹のクラスに行ったことが、そんなにも大変なことなのだろうか。
「え?何か、下級生のところに行ったのまずかった?」
「いやそんなことはないんだけど……。ちょっと意外だったから」
「意外?」
「お弁当を間違えただけで取り替えに行く何て、いつもの神崎君じゃ考えられないから」
「えっ?」
それだけ言って、委員長は自分の席に戻っていった。
――“いつもの神崎君なら考えられない”
委員長が言った言葉が頭の中に残っている。他人から見て、いつもの自分がどのように映っているのかは分からない。俺は俺が知っている俺しか知らない。
きっとこう見えているのだろう、俺はこういう人間なのだろうと、自分の中で思っていたけれど、結局はそれも持論でしかない。
他人から見た今までの俺は、どんな奴だったんだろう。
委員長の言葉をきっかけに、そう深く考え込んだ。
◆◆◆
「……」
クラスに戻った私は、授業が始まるまで机に顔を伏せていた。これは周りから話しかけられないようにということと、赤くなっている顔を見られないためでもありました。
(ああぁぁぁぁ!!私の馬鹿!)
心の中で、自分のことを必死に責めていた。
――“明日からも私とお弁当を食べてくれるのでしょ?”
「~~~!!」
恥ずかしすぎて死んじゃいそうです。どうしてあんなことを言ってしまったのでしょう。どうしてお兄さんには、素直に甘えることが出来てしまうのでしょう。
今まで私は自分の心を隠し続けてきた。本当に、自分の思いを言葉にして伝えたのは片手で数えられるくらいだったはず。でも、なぜかお兄さんには素直になれる。
それは私の秘密を知っているから?私に優しくしてくれるから?
理由は分からない。お兄さんになら素直に甘えられる、その理由が分からない。
「このままでいいんでしょうか」
理由は分からなくてもお兄さんに甘えている自覚はある。でも、それでいいのでしょうか。“男性恐怖症”を煩っているとはいえ、このまま甘えっぱなしでいいのでしょうか。
きっとお兄さんなら受け入れてくれる。優しいお兄さんなら、嫌な顔一つせずに受け入れてくれる。
でも……本当にそれでいいのでしょうか。
お兄さん以外の男の人には顔に黒いもやがかかっている。もちろん表情が見えないし、どんなに優しい声だったとしても恐怖を覚えるしかない。けれど、今は顔を見えているお兄さんのことも怖かった。
顔の黒いもや消えて、表情が見えても心までは見えない。私は……お兄さんに嫌われていないか、ただ不安になっていた。
「神崎さん」
「えっ?」
そんなことを考えていると、また隣の男の人が話かけてきた。優しい声……でも、さっき聞いた声よりも少し震えている気がする。
「さっきはごめんね。お兄さんに迷惑かけちゃって」
「えっ、あの……はい」
恐怖よりも動揺が勝っていたのか、今までで一番よく返事を出来たかもしれない。でも、その効力も時間が経つにつれて薄れていき、やがて全く使い物にならなくなってしまう。
段々と恐怖が込み上がり、顔にかかっている黒いもやがさらに広がっていく。
「……」
やっぱりダメ。男の人と長い間話すことはできない。心の中で深い謝罪しながら、私は再び顔を伏せた。
――そして放課後。午後の授業は午前中よりも早く終わった気がします。
私はササッと帰る準備をすると、直ぐに教室を出て行った。朝、登校するときにお兄さんと一緒に帰る約束をしたので、私は待ち合わせ場所に急いだ。
「ねえ、ちょっといい?」
「えっ?」
教室を出たところで声をかけられ、私は足を止めて後ろを振り返る。そこには腕を組んだまま、怒っている表情をした女の子がいた。
「あんたさ、一体何様のつもりなの?彩人君にあんな態度とって」
「な、何がですか?」
「!!。ふざけるんじゃないわよ!転入生で緊張してるからって、何でも許されると思うなら大間違いよ!」
「そ、それは……」
こんな風に怒られるのには覚えがあった。前の学校でも“男子に冷たすぎる”という理由で、女子から避けられるようになった。
私だって出来ることなら仲良くなりたいし、好きで冷たく接しているわけではない。でも……治そうと思って、直ぐに治せるわけでもない。
「……ごめんなさい」
だから私は謝ることしかできなかった。これが愚行であることは、自分が一番よく分かってた。でも、これくらいしか私にはできなかった。
本当のことを話しても信じてもらえるとは限らない。仮に信じてくれたとしたら、クラスの皆は気を遣いながら接するようになる。
それでクラスの雰囲気を悪くするくらいなら、私一人が標的になった方が都合がいい。だから私は愚行を繰り返す。
「なに?謝ればそれでいいと思ってるの?ほんとにどこまで都合がいいの!」
「……」
「黙ってないで何とかいいなさいよ!!」
「――!!」
私の態度に我慢の限界が来た彼女が、距離を詰めて右手を振りかざす。私は多少の痛みを覚悟して目を瞑った。
――パチンッ!!
頬を叩く音が反響する。でも、いつまで経っても痛みを感じない。
「……?」
どういうことかと、恐る恐る目を開いてみると私の前にお兄さんが立っていた。
「えっ。お兄さん……?」
さっきの音は私ではなくお兄さんの頬を叩いた音。その証拠に、お兄さんの頬が赤く腫れている。そして、私のことを狙っていた彼女は明らかに動揺し、いつの間にか周りにはいくつものギャラリーがいた。
読んでいただきありがとうございます。
前回更新したとき、評価とブックマークが沢山増えていました!
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。
それでは次回もお楽しみに!