6話 やってしまいましたわ!
「はっ!」
どうやら騒ぎすぎたらしい。
第一王子が木の影から、覗き込んでいた。
「殿下、どうされて……ステラ様⁉︎」
おまけにベガティーネにもバレた。
「お……終わりましたわ……」
どうしましょう!
私がここにいた事がバレたら!
いきなり飛び出せませんわ⁉︎
ちょっと考えがズレている彼女。
飛び出せない事に、顔面蒼白である。
バレたなら、飛び出す所の話ではないが。
ステラはマフィンが捨てられそうになったら。
むしろこちらから出向こうとしていた。
そして「こんなもの、殿下の口に合いませんのよ!」と言って、全て食べ尽くす気でいたのである。
プライドが高い第一王子は食べられた事に怒る。
そしてベガティーネの悲しみもステラに向く。
つまり、『ざまぁ』的に好都合だ。
まぁ、バレた時点で終わったのだが。
「いや、僕たちももっと仲良くなるべきかな、と思ってね」
「⁉︎」
困惑で固まっていたら。
何故かカストル王子に、後ろから抱き締められた。
驚きすぎて、声が出ない。
だから言葉にならぬ抗議を、瞳に込めて睨みつける。
しかし耳元で、「『ざまぁ』されたいんでしょ? じゃあ、僕の作戦に乗ってよ」と言われれば、不審に思いながらも頷くしかない。
というか、声まで素敵すぎますわ!
やめてくれないかしら!
何故か恥ずかしくなってしまうわ!
こんな状態なので、思考を奪われている。
そんな彼女は正常な判断など、出来やしない。
「兄さんはベガティーネ嬢と、仲が良いみたいだからね。慰めてあげてたんだ」
そう言いながら、彼はステラの顔のすぐ横で、にこやかに笑っている。
いつからそんな関係になったのですの⁉︎
そう訴えたいのに。
顔が! 近いのですわ‼︎
ていうか抱き締められてますわ⁉︎
油断をすると、腰が抜けてしまいましてよ‼︎
頭の中には、混沌の渦が出来上がっている。
でも作戦だと言うので、声を出さずに必死に羞恥に耐えるしかない。
「わ、私のせいでしょうか……?」
そんなつもりでは、と言いたげにベガティーネが、口元に手を当てて悲しみの表情になる。
ち、違うのですわ!
貴女にそんな顔をさせたいのではないの!
そう思えば、勝手に口が開いた。
「ふ、ふん! 私の良さが分からないアルタイル殿下には、その小娘がお似合いでしてよ‼︎ 私は私の良さを、分かって下さる方が好きですの!」
そう言って、ぷいっとそっぽを向くが……。
いつもの癖で向いた方向は、あろう事かカストル王子の方であった。
それに気付いて、自分でビクッと驚く。
しかし抱き付かれているので、離れられない。焦って反対側に、ブンッと顔を逸らした。
な、何やってるんですの私!
間違えたわ! 間違えちゃいましたわ‼︎
あぁ……恥ずかしいっ‼︎
今すぐ顔を手で覆いたいのに、王子が腕ごと抱き締めているので、動かせない。
仕方がないので、目を瞑ってツーンとしたフリをする。
……顔が真っ赤なままだが。
「ふふっ可愛いなぁー」
彼女の肩に顔を寄せたまま、その様子を眺めていたカストル王子。ステラからは見えないが、とても悪い顔をしていた。
その顔を見た第一王子は、悟った。
あぁ、あいつおもちゃにされたな、と。
「……大変だな」
そう呟いたあと第一王子は、ベガティーネの肩を抱いて、その場を離れる。
ベガティーネは何度も、心配そうにステラの方を見る。
それに気付いたステラは、頑張って見下すような悪い笑みを作った!
私は『ざまぁ』される悪役令嬢ですのよ。
悪役らしく頑張らねば!
婚約者じゃない人と仲良くするなんて……。
とっても悪役的ですものね!
自分が林檎のように赤い顔をしていることに、彼女は気付いていない。
ただし2人が見えなくなった時点で、流石に耐えきれなくなった。
「か、カストル様! 離してくださいませ!」
「えー」
「えー、ではなくってよ! は、恥ずかしいですわ……」
真っ赤になって睨むが、その瞳はうるうるとして、涙が溜め込まれ始めている。
耐えられなくて視線を逸らし俯いた為、消え入るように小さな声に。それでも我慢しようと口を噤むが、噛み締めるようにへの字になる。
「ふふっ」
カストル王子は、その様子をじっくりと見て、うっとりと目を細め笑う。舌舐めずりでもしそうだ。
「じゃあそうだな、これからさっきみたいに、仲良くしてくれるならいいよ」
「⁉︎」
驚きの発言に顔をバッと向ければ、すごーく良い笑顔があった。
くっ! 眩しいですわ!
なんて良い笑顔をしていらっしゃるの⁉︎
目が焼けてしまいますの……!
推しの笑顔は、想像の百万倍眩しかった。
だからその意味を、考える余裕が彼女にはない。
「え、演技ですものね……」
「ふふ、僕これでしか協力出来ないからね。是非、僕にも協力させて欲しいんだ」
ダメかな? と言いたげに肩に顎を載せられ、不安そうに顔を覗き込まれれば。
理性など簡単に崩壊した。実に脆い。
「だ、ダメではなくってよ!」
気付いたら必死に、そう言っていた。
「良かった。じゃあ名残惜しいけど、今日はこのくらいにしてあげるね?」
そうしてゆっくりと、腕が解けていった。
言葉が不穏すぎるが。
開放された安心感から、ステラがそれに気付く事はなかった。
い、生きた心地がしませんでしたわ!
危ないですわ……うっかり惚れそうで!
没落の星になる為に、雑念は不要ですのに!
自分も不幸になりたくないし、ベガティーネの幸せのために、なんとしても平民落ちしたい。
だったらとる行動は、一つだ。
「用事を思い出したのですわ! これにて失礼致します‼︎」
そうして脱兎の如く、走り去った。
御令嬢とは思えぬ走りっぷりだ。
「『野性の子兎ちゃん』、ね。たまにはサディルも良い事言うなぁ」
その様子を眺めて、狩人はニヤリと笑った。