5話 推しと手を組みましたの!
果たしていつからいたのだろうか。
皆目見当もつかないし、気配もしなかった。
「随分楽しそうに婚約者を見ているのだね。そんなに好きなの?」
あの不安を煽る、けれど高貴さを感じさせる紫の瞳。
口元と声は笑っているのに、何故か目が笑っていない。
「……自分の婚約者を見る事の、何がおかしいんですの?」
ちょっと体を逸らしつつ、腕を組んでムッとした表情をする。
あんまり近くに来て欲しくないわ。
無駄にドキドキしちゃうじゃないの!
つまり、照れ隠しである。
「それにしては、あそこに2人きりでいる事に寛容だね?」
そう言う彼は、あの2人のいるベンチへ視線を移した。
……横顔も涼しげで素敵。
横を向いているのを良い事に、ステラはカストル王子の顔面をガン見した。
「……風の噂で聞いたのだけれど、『ざまぁ』という、よく分からない婚約破棄をしたがっているって、本当?」
そう言い、くるっとこちらへ振り向いた。
ガン見していた為、美しい顔が振り向くのに間に合わず、一瞬ものすごく驚いて目を丸くした。
だが慌てて気を取り直し、睨む顔を作る。
それなのに、何故かカストル王子は少し微笑んで言った。
「そんなに警戒しなくても良いのに。きっとそのままの君は、もっと可愛いんだろうね」
「は、はぁ⁉︎ 何を言っていらっしゃいますの⁉︎ 婚約者のいる私に口説き文句なんて、破廉恥ですわ‼︎」
ズサササッと、思わず後退した。
動揺しすぎて、顔の温度はみるみる上昇する。耳まで熱くなる。不意打ちを受けたからだ。
か、可愛いとか!
心臓に悪いのですわ‼︎
口から心臓が飛び出てしまうのですわ‼︎
こんな事誰にでも仰る方では、なかったと思うのですけれど⁉︎ ……はっ‼︎
「まさかカストル殿下も、ベガティーネ嬢がお好きでいらっしゃいますの⁉︎」
「え?」
手を口元でグーにして、押さえるように考え込む。
そうだわ……だから今、こっそり覗こうとしていたのね。
私がきちんと、婚約者然としていれば良いのに。
2人をくっつけようとしているから。
それに気付いて……!
「あの、ステラ嬢? 僕そんな事はなく……」
「それでもベガティーネちゃんは、あげませんのよー!」
「え?」
思わず握り拳で目を瞑って、心の声を叫んでしまったが、何かカストル王子が言っていた気がする。
……きっと、ベガティーネちゃんの事ですわね!
けれどたとえ、カストル王子でも!
ベガティーネちゃんの未来のために!
心を鬼にし、邪魔をさせて頂きますわ‼︎
彼女は空を睨んで、決意のガッツポーズを決めた。
「……ふふふふっ君は本当に面白いね?」
「む⁉︎ 聞き捨てなりませんわ! 私は完璧な悪役令嬢でしてよ⁉︎」
彼が手の甲で口を隠さなければならない程、笑い出したのに気付いた。
その為ステラは妄想から舞い戻り、目の前の王子に目を向けた。
「くく……っあぁ、面白い。ねぇ、僕が協力してあげるって言ったらどうする?」
「へ?」
よほど面白かったのか、まだ笑いの残る眉の下がった表情で、そう尋ねられて固まる。
どういう事ですの?
私の邪魔をしに来たのではなくて?
違うなら、なんだというのかしら?
口が開いたまま固まる彼女に向かって、カストル王子は告げた。
「僕もあの2人が幸せそうだから、応援してあげたいんだよ。兄弟の幸せを願うのは普通だろう?」
「な、成る程……そういう事でしたのね」
何でもなさそうに語る彼に、納得したが……。
お兄様の為に好きな人を譲るなんて!
なんて健気でいらっしゃるの⁉︎
思い込みの激しいステラは、口を両手で塞いで涙目になるほど感動した。
「お兄様想いでいらっしゃいますのね……! 私、感激いたしましてよ!」
「そうでもないけれど。……まぁ、だから手伝ってもいい?」
カストル王子はサラリと流した。
まるで他に目的があるかのように。
「もちろんでしてよ! 一緒に頑張りましょう‼︎」
ステラの中では健気な王子は、顔色を一切変えない。ステラもそれに気付いて、気を取り直した。
ご本人がやる気ですのに、私ったら……!
私が泣くのは違いますわね!
この頑張りに助力する事が、私の出来る事ですわ‼︎
そう考えてこの気持ちを伝えたいと、笑顔で彼の片手を両手で包んだ。
「……君は無自覚なの?」
「へ?」
何かおかしかったのかしら?
不思議に思ってカストル王子を見れば、なんだか……。
そう、獲物を狙うような。
見定めるような目をしていた。
びっくりして手を離そうとしたら、上から重ねるように手を置かれて、片方逃げそびれた。
「……僕の事は、カストルって呼んでよ。僕もステラって呼ぶから」
「え? でも……」
「いいでしょう? 共犯者なんだから」
共犯者。
その言葉に、ゾクリとした。
なんだか悪い気持ちになって。
彼のこの、目つきのせいもあるだろうか。
それはまるで、こう言われているみたいだ。
――もう、逃げられない。
「わ、分かりましたわ……カストル様」
「……ふぅ。まぁ今はそれでも良いか」
思わず声が震えてしまったが、彼は納得してくれたらしい。
カストル王子がため息を吐くとともに、空気がフッと軽くなった。
今のは、なんだったのかしら?
「これから、先は長いのだからね」
微笑んだ彼の顔は……不気味なほど美しかった。
「ってあぁ! それどころではないのですわ! あっちはどうなって……」
本題を思い出したステラは切り替えるべく、慌ててベンチを確認しようとするが。
「……お前ら、何してんだ?」