3話 お、推しにも容赦しませんのよ!
「おまっ⁉︎」
「なんか生えてきた」
「えっ野生の子兎ちゃん?」
「なんでそこから⁉︎」
そのまま気にせず、道に出てツカツカと歩き出……そうとして。
あげた足が小枝に引っ掛かった。
んしょ! っととと。 ……よし!
ちょっとたたらを踏んだのは無かった事にし、今度こそ堂々とツカツカ歩き出した。
何か仰っている外野には、興味ないですの……不審な目で見られているのも、気のせいでしてよ。
そう、私の目的はただひとつですわ!
「ベガティーネ・ヒーロイン!」
ぶつかって尻餅をついたまま、こちらをポカーンと眺めていた主人公に、指を差して名前を呼ぶ。
ブラウンの髪は艶やかなストレート。ステラと正反対である。ぱっちりとした目はまつ毛が長く、瞳はオリーブ色で優しげだ。赤い唇は果実のように瑞々しい。
つまり、美少女である。
紛うことなき主人公。
悲しむべきは、このゲームの主人公だった事だ。
「は、はい⁉︎ えっと、貴族様がどうして庶民である私の名前を……」
「そんな事はどうでもいいのですわ!」
驚く彼女の疑問を、ピシャリと撥ね除ける。
そんな事より大事な事があるのですわ!
ここを間違えると!
そもそもの計画も水の泡ですのよ!
「は、はい……」
気圧されたベガティーネは、ただ頷いた。
「貴女平民の分際で、アルタイル殿下にぶつかりましたわね?」
戸惑う彼女に嫌らしく。
ニヤリと笑いながらそう言う。
「はっ――!」
その事実を今更ちゃんと受け止めたらしい。
彼女は口元を手で押さえて、怯えた表情になる。
……ほらご覧なさいませ!
素直でめちゃくちゃ可愛いらしいですわよ!
「アルタイル殿下! ご覧になって! 彼女すっっっごく可愛いでしょう⁉︎」
彼女を指差しながら思わず笑顔で、この魅力を伝えるべく第一王子の方に、バッと振り向いた。
「え、あ、おう……それよりオレは、突然茂みから出てきたお前について、聞きた」
「だまらっしゃ――――い!」
万歳のポーズで、威嚇する。
せっかく早く惚れるように、可愛さを解説してあげていますのに! 黙って聞けないのかしら⁉︎
驚いたのかステラが恐ろしくなったのか。
第一王子は黙って動かなくなった。
よしよし!
それで良いのよ!
さて仕上げをしないと!
ステラはその反応に満足したため、ベガティーネの方へ振り向き告げる。
「ベガティーネ・ヒーロイン! 殿下にぶつかった罪は重いのですわ! 罰として、殿下のパシリになるのですわ!」
「えっあっはい!」
勢いに流されたベガティーネは頷いた。
よし! 言質はとりましたわ!
これで強制、第一王子ルートですのよ!
彼女はニンマリして、第一王子に語りかける。
「そういう事ですので、アルタイル殿下! この子を好きに使うと良いのですわ! 貴女好みの可愛い子でしてよ! 存分に仲良くするのですわ‼︎」
「お……おう……なんで好み知ってんだ……?」
まったく!
なんですのその締まらない返事は!
そんな事は、どうでもよろしくてよ!
ステラはそう、イライラしながらも。
まぁとりあえずは上手くいったと、腕を組んで目を瞑り、安堵のため息を吐いた。
もちろん、第一王子の質問に返事をする予定はない。
悪役令嬢は、『ざまぁ』されフラグ貯金をコツコツするのだ。ヘイトは集めてなんぼである。
全ては日々の積み重ねから。
とても堅実派なのだ。
「……お嬢さん、頭の上に木の葉が載っていますよ?」
「え?」
突然の声に目を開けてみれば、そこには。
下がり気味の眉は優しげで、長い睫毛に覆われた涼しげな目元には、覗くのが不安になりそうな紫の瞳。
それを強調するように、前髪は長めな少しクセのある銀色。第一王子より甘い顔立ち。
カストル・フリンスの顔が。
彼女の目の前にあった。
「⁉︎ 近いですわ⁉︎」
気付いた彼女は目を見開き、慌てて距離をとった。
彼、実はステラの推しキャラである。
ベガティーネの幸せのためには、推薦しないが……でも普通に接してる分には、彼は良いキャラ寄りだ。顔も好みで。
しかしそれは。
ヤンデレが発動しなければである。
「……逃げ足が早いね、お嬢さん」
少しきょとんっとした顔をしてから、ゆっくり笑ってそう言った。その指には確かに、木の葉が摘まれている。
く……っ! 顔がいい‼︎
悶えそうになるのを抑えて、ステラは赤くなる顔でキッと睨み付ける。
「……淑女に婚約者以外が触れるのは、宜しくなくてよ!」
「婚約者がいるの?」
「あー。オレだな一応」
驚く彼に向かって、第一王子が興味なさそうに告げた。
ほんとに似てないですわね、この2人。
まぁ異母兄弟ですから。
その割には仲良くしていらっしゃるけれど。
「まぁ、そういう事でしてよ! 私もう行かないとですわ! ベガティーネ・ヒーロイン! ちゃんと自分のしでかしたことを悔い改め、殿下にお仕えなさい!」
最後に彼女へ、キッと睨み付けるのを忘れずに行う。
悪役令嬢たるもの、捨て台詞と共に去るのですわ‼︎
そうしてスカートを摘んで優雅――とは程遠いが、気分だけは優雅に、ダダダダダッと校舎へ駆けて行く。
「……え? なんだったの? あのやけに元気な子兎ちゃん」
「嵐かよ……。あれが婚約者とか、アルタイル大変だな」
「お、おう……いや、オレもあんなだとは初めて知ったけど……ってか、カストル大丈夫か? 固まってっけど」
残された面々は各々、怪しすぎる行動を取った、彼女について語った。
それはそうである。
何せ彼女はいきなり茂みから生えてきて。
あろう事か王子一行を無視して。
何故かベガティーネに絡みに行ったのだから。
正直ヘイトどうこうより、彼女の奇行に注目が集まった。
しかし、早々に立ち去った彼女は知らない。
今のこの話も。そして、この後のことも。
「……あの子、誰なの?」
「アイツはたしか……ステラ・ヴィランズって言ったか?」
「ふーん……」
1つは第二王子だけは興味深げに、その後ろ姿を眺めていた事。
「……お前も大丈夫か?」
「は、はい! すみません殿下!」
「……いや、まぁパシリはあれだけど……好みなのは本当だから、仲良くしてくれ」
「えっ……?」
もう1つはゲームにはなかった、そんな言葉と共に第一王子が、ベガティーネを引っ張り起こす……そんな展開になった事。
これが運命を分けるなどと、思いもよらなかっただろう。