1話 クソゲーなのでざまぁで改変しますの!
「ふふ……ついにやって参りましたわ! 待っていたのよ、この時を‼︎」
ババーーーーーーン‼︎
思わずそんな効果音が聞こえそうな程、腰に手を当てながら放った、そのセリフは響き渡った。
もちろん人目を引いた。
誰だろうかと。
この国が誇る優秀な生徒を集める学園――マジカリティアの門前で、そう決意表明したのは。
ステラ・ヴィランズ侯爵令嬢。
この学園に本日入学する、生徒のうちの1人であった。
ただし他の生徒と違うところが、1つだけある。
それは彼女が前世の記憶を持っている事。
いわゆる、転生者であるという事だ。
「やっとですのよ! やっとこの『クソゲー』を変えられるのですわ‼︎」
美しいタイルの大通り。
耳を澄ませば小鳥の囀り。
脇には緑を生茂らせ、風にその葉を揺らす木々。
その中央で闘魂を燃やす彼女。
爽やかな朝の一幕に、一石を投じ波紋を広げるほど似合わぬ風景である。
心の声は全て言葉になっており、道ゆく生徒の視線を集めている。しかし悦に入る彼女は気付かない。とても幸せなことである。
彼女の言う『クソゲー』。
それは彼女が前世やっていた乙女ゲーム。
『星屑のマジカリティア』のことである。
何が『クソゲー』かと言うと、全部だ。
全部と言いたくなる有様である。
具体的に言うならば、当時のネタバレ口コミサイトを見ると早い。
そこにはこう綴られている。
「ツンツン俺様系、ヤンデレ、女好き、メンヘラ……これが攻略キャラ。全部、最後のエンド以外冷たくあしらわれます」
「糖度求めたら凍土だったわ。乙女ゲー、ナメてんのか。平民育ちにしても、主人公ちゃん健気すぎるだろ。私の嫁に下さい」
「あの、このゲームハッピーエンドないんですか? 主人公いい子だし可愛いのに、攻略対象クズしかいないんですけど……? 浮気男までいるんですが」
「バッドで死亡END、ハッピーで執着束縛END(場合によっては監禁)。ん? ハッピーとは? なんで普通のEND用意しなかったの?」
「こんな思わせぶりなあらすじなのに……運営さん、ハッピーEND入れ忘れてますけど? え? これ悪役令嬢の方が死なないし、逃られる分幸せじゃない?」
「ていうか悪役令嬢、普通に礼儀を注意してただけだから、あんまり悪役じゃないんですよね……最後の断罪シーン、全然『ざまぁ』感ないし。むしろ可哀想になって萎えました……」
といったように。
それはもう、とっても大盛況である。
このゲーム、タイトルを文字って……。
『クズマジ』と言われていた。
「クズ男しかいないマジで」という意味だ。
「イケメンでも許されない」
「どうして全年齢乙女ゲームにした」
「何故(ダメ男に)ベストを尽くしたのか」
などと言われながらも。
グラフィックは素晴らしく。
声優も豪華。
ミニゲームもシステムも凝っている。
「キャラとシナリオ以外は完璧」
そういった話題性だけは抜群ゆえ――炎上しながらも逆にその『クソゲー』性で、人気になったゲームだった。
ここまでくると、もはや怖いもの見たさのようなもの、なのかもしれない。
人気投票の結果も賑わっていた。
主人公が一位。
悪役令嬢が二位。
ちなみに三位はその他。
という、異例の快挙っぷり。
お分かりだろうか……。
乙女ゲームなのに!
攻略キャラがランクインしない事実‼︎
つまりこれは『よく出来たクソゲー』だ。
「私は納得いきませんの! このゲーム最後の癒し! 愛しの主人公ベガティーネちゃんが、クズ男に捕まるなんて! でも無理やり改変したら……一歩間違えると死亡ENDですのよ……あんなに良い子がっ! 死亡ENDですのよっっ‼︎」
そうステラも、そのゲームを『クソゲー』だと思いながら、全部クリアしたうちの1人だ。
一縷の救いを求めたのだが。
微塵も救いなどなかった。
かろうじて、第一王子ルートがまだマシと分かっただけだ。
だからこそ、顔を覆って嘆くのだ。
しかしそれを知らぬ周囲の人々。
何事かと囲むように集まっている。
けれど。
主人公ベガティーネの未来を気にし、それしか考えていない彼女――もちろん、周囲のそんな姿は映らない。
「だから! 私がベストENDを作って差し上げますわ‼︎ そう! 誰もが認める幸せな終わりを……その為に‼︎ 私は『ざまぁ』されに来たのですから!」
そう言うなり、拳を上に突き上げた。
まるで燦々と輝く太陽の如く、燃えている。
自分が『ざまぁ』されたいと。
そしてベガティーネの未来を照らしたいと。
「『ざまぁ』されフラグ貯金をして、最後に『ざまぁ』をされるのは私ですわ!」
眉間に力を入れ天を仰ぎ、高らかに宣言する。
「私は、悪役の星になるのですわー‼︎」
腹の底から思いっきり、叫んだ。
ステラはどれだけ酷くなっても。
平民落ちして終わるだけ。
死んだりなんて、しない。
前世が庶民な彼女には、別に苦でもない。
でも、ベガティーネは死んでしまうのだ。
そんな事していい人ではない。
あの子だけが!
このゲームの良いところですのに‼︎
この昂る思いを昇華させる!
それだけを目的に、ステラはこれから闘いへと身を投じるのだ。だから熱い宣言をした。
よく分からないながらも、その気合いの入りっぷりに周囲が拍手する。
しかしステラは、それが自分に向けられているとは思わず、暢気にもこう思ったのだ。
あらあら?
ここは新入生を、拍手で迎えるのかしら?
そうして、熱すぎる一人劇場が終わったステラは、何事もなかったかのように歩き出した。
これがきっかけで、かなり注目される事になるのだが――彼女はまだそれを知らない。