7:幕間 -夜明け-
異世界交差地点に日の出というものはない。
けれど、夜明けの時間帯になると自然と心地良い気分になるのは、曲がりなりにも夜明けというものを知っているからなのだろうか。
「おはよう」
「あ、おはようミオ」
午前五時半。三階の自室から二階のリビングへと移動したミオに、ダイニングテーブルに着いていたクロスは挨拶を返した。
「何読んでるの?」
そう尋ねるミオは、寝起きとは思えないほどさっぱりした表情をしている。喫茶・ノードに居候するようになってからは毎日睡眠を取っているものの、神様だけあって本来睡眠を取る必要のない存在なのだ。
「季節や一日の移り変わりを撮影した写真集だよ。今見てたのは夜明けのページ」
ほら、と言ってクロスは写真を指し示す。
クロスが開いているそのページには、夜明けの海が載っている。左側は冬季、右側は夏季で、同じ夜明けの海なのに空や海面の明るさはまったく異なっていた。
「夜明けって凄く綺麗だよね。実際に見たことはないけど、写真を見てるだけでも心が穏やかになる気がするんだ」
「ああ……そっか。クロスは異世界交差地点から出たことないんだっけ」
「うん。僕は喫茶・ノードを離れられないからね」
「別の世界に行ったら異世界交差地点に戻る術がないってこと? だったら自由に行き来出来る常連さんに頼んでちょっとだけ出てくればいいのに。今は俺がいるんだしさ。……まあ、まだ一人で切り盛りする自信ないけどさ……」
言葉通り自信なさげに言ったミオは「けどちょっとだけなら」と言葉を続けた。異世界交差地点に来るまで客商売はおろか労働したことすらないミオだが、慣れない仕事も懸命に覚えようとしているのだ。今すぐは任せられなくても、そう遠くないうちに一人で捌くことも可能だろう。――何せ、喫茶・ノードは客の入りが少ない店だから。
「ありがとう。でも、いいんだ」
「なんで?」
「喫茶・ノードを離れられないっていうより、僕が離れたくないだけだから」
穏やかな声で答え、クロスは気持ちの上で微笑んだ。
「さて、朝ごはん作ろうかな。フレンチトーストと紅茶でいい?」
「いいけど……俺、自分で作るのに」
「いいの。僕が作りたいだけだから」
そう言って、クロスは立ち上がった。スケルトンのクロスは朝食を取る必要がなかったから、朝ならではのルーチンが出来て嬉しいのだ。
(結菜とクロウは夜明けの時間を楽しんでるのかな)
友人二人が向かった世界に太陽のような恒星があるのかどうか、クロスは知らない。
ただ、たとえ夜明けの時間がないとしても日々楽しみを見つけて生きていてほしいと、そう思った。