5:謎解き希望のお客様(中編)
「な、謎解きの依頼……ですか?」
「そうじゃとも、マスター」
幼い顔に満面の笑みを浮かべながら、小妖精と思しき客は答える。
「向こうが透けて見える身体と同じく謎を見透かす……それが『喫茶・スケルトン』と呼ばれておる所以じゃろうて?」
「…………」
うんうんと一人満足げに頷いている彼に、その場にいる全員が同じ答えに辿り着いた。――子供なのか老人なのか分からない彼は大変な勘違いをしている、と。
「どうした? 皆、黙り込んで」
骸骨であるが故に表情を変化させられないクロスと、兎顔のせいで表情の変化が少ないラッド、そして「あーあ」と言いたげな表情をしているミオをそれぞれ眺め、彼は尋ねた。目の前にいるクロスが名探偵であると信じ切っている顔だった。
「ええと……その、お客様。申し上げにくいのですが……」
人の良さを感じさせる声に申し訳なさを滲ませながら、クロスは申し出た。
「私……いえ、僕には謎解きが出来ません。僕はスケルトンですが、その情報は間違いです」
「なんと!」
クロスの言葉を聞いた客が大声を上げる。幼い顔には驚きが、そして失望が浮かんだ。
「名探偵を求めて異世界交差地点までやって来たというのに……」
「すみません……」
項垂れる彼に、クロスは謝罪した。クロスの性格的に、自分のせいではないと分かっていても謝らざるを得ないのだろう。
「困ったのう……他に伝手があれば良いのじゃが、頼れる者もおらんし……」
「……依頼内容って、どんな内容なんですか」
「ミオ」
困り果てている彼に、黙っていたミオが口を開く。一方、クロスは慌てたようにミオを制した。
「駄目だよミオ、僕たち謎解き出来ないんだから」
「でも、他に伝手もないんだろ。三人いれば何か分かるかもしれないし、話を聞くぐらいいいんじゃないの」
「え、それ俺も頭数に入ってる感じ?」
告げられた数字にラッドが尋ねる。客である彼には分からない謎なのだから、推理要員三人は、クロス、ミオ、ラッドの三人だ。
「おお、聞いてくれるかの! 有難いことじゃ」
一方、客である彼は三人に相談すると決めたらしい。幼い顔を輝かせながら謎について話し始めた。
彼の名前はリンデール・ギリオン。種族は小妖精の一種であり、自然豊かで平和な国・ロロールの片田舎で村長を務める男である。
リンデールのところに〝謎〟が持ち込まれたのは、二日前のこと。他国からロロールを訪れたという男が発端だった。
「退魔師を名乗る男が言うには『瘟鬼なる病を流行らせる者が村に近付いている』『今はまだ平気だが、長らく放置していれば村人たちは病に倒れる』とのことでな。瘟鬼が近くに潜んでいないか調べさせてほしいとのことじゃった」
「それは……深刻ですね」
「確かに、いろんな意味でやばそうっすね」
食べかけだったカツサンドを頬張りながら、ラッドはクロスの言葉を肯定する。悩んでいる者の話を聞くにしては行儀の悪い行為かもしれないが、話自体は真剣に聞いているので問題はない。
「そうなのじゃ、いろんな意味でやばいのじゃ」
年老いた口調の割に、妙に砕けた言葉を使ったリンデールが頷く。
「その者が本当に力ある退魔師であるか我々には確認出来ないのが問題じゃった。他国では魔を祓うことを生業とする者がいるのは知っておったが、我が国にはない文化だったのでな。それに、男の言葉をどの程度信頼するかも問題じゃった。何もかもを鵜呑みにして騙されてしまっては村長として失格じゃし、かといって男の言葉に耳を傾けず実際に疫病が広がってしまうようなことがあれば取り返しがつかん。儂は困ってしまった」
「なるほど……。じゃあ、依頼したかった謎解きというのはその人が本物の退魔師か調べることですか?」
リンデールの説明を聞き、クロスは尋ねた。謎解きと表現するより素行調査に近いような気もするが、探偵は素行調査も行うことが多いと聞いている。それで喫茶・スケルトンを訪ねたのだろう。
しかし、リンデールはかぶりを振った。「そうではない」とも。
「儂が依頼したいのは、このアイテムの色味が変化した真の原因じゃ」
そう言って、リンデールは腰の辺りから何かを取り出す。
しゃらり、と何かが流れるような音と共にカウンターテーブルに載せられたのは、暗褐色の菱形結晶がぎっしりと詰められた透明の瓶だった。直径約五センチ、高さは十五センチくらいだろうか。中に入っている結晶が血を思わせるような色であるせいか、何ともおどろおどろしい印象を受ける。
「これは……?」
「瘟鬼なる者を検知する品だそうじゃ」
赤黒い色に満たされたそれに視線を遣って、リンデールは答えた。
「瘟鬼をどうやって検知するか尋ねた儂に、男はこれを差し出した。そして行ったのじゃ。『このアイテムを貴方の家に複数個設置してほしい。瘟鬼が近付いている場合は中に入っている鉱石が深い赤色へと徐々に変化するから、四日後に確認に訪れる』と」
「えっ、元々は別の色だったんですか? それ……」
リンデールの言葉に、クロスは驚いたように尋ねた。瓶に詰められた鉱石は見事な暗褐色で、元々別の色だったとはラッドにも思えなかった。
「最初は無色の半透明だったのじゃ。男の説明通り、時間が経つにつれて徐々に色合いが変化してのう。どう評価すべきか悩んでおるのよ。儂の検知魔法では怪しいところなしと判断されたんじゃが……」
村の今後に関わる事柄の為、独断は危険と考えたのだろう。そこで謎を見透かす名探偵に依頼しようと遠路はるばる異世界交差地点までやってきたというわけだ。
「それ、時間が経ったら色が変わるような仕組みにしてたんじゃないの――ですか」
話を聞いていたミオが尋ねる。
ミオの指摘はもっともで、リンデールの手に渡る前に「時間経過と共に色が変化する」細工が為されていた可能性は充分ある。ただし、リンデールの検知魔法では細工なしと判断されている以上、リンデールの魔法を上回るだけの力が込められた品でなければならない。
「それがのう、他の場所に設置した物は色が変化しなかったんじゃよ」
「全部変わると怪しまれるから変わらない物も混ぜたんじゃないっすかね?」
「儂もそう思ったんじゃが、色が変わらなかった物と変わった物の場所を入れ替えると同じように変化したんじゃ」
リンデールが言うには場所によって色の変わりやすさがあるらしく、ここに持ってきたのは最も早く変色したものらしい。退魔師を名乗る男も「同じ家の中でも瘟鬼が好みやすい場所がある」と説明したそうだ。
「退魔師が確認に来るのは明日の午後じゃ。それまでに村長として判断しなければならんのじゃが……」
「うーん……確かに謎っすね、これは。家の中に置いてる以上、設置後の細工は難しいはずだし……」
「そもそもリンデールさんがどこに置くかなんて分からないだろうしな……」
困り果てているリンデールに、ラッドとミオが所感を口にする。
退魔師の男が怪しいのは確かだ。しかし、現状ではそれを証明する手立てはどこにもなく、鉱石の色味が変化した理由も分からない。リンデールの年齢は分からないままだが、村を導く立場としては頭が痛い問題だろう。
「……クロスはどう思う?」
先程から黙り込んでいるクロスが気になったのか、ミオは不意に尋ねた。
「何か分かったのか?」
「分かったっていうか……何か引っかかるなあって、思って……」
「引っかかる?」
考え込む素振りを見せながら、クロスは曖昧に答える。
「うん……。色が変化しやすい場所があるんでしょう。もし瘟鬼が原因じゃないのなら、色が変わるのには何か理由があるはずで……僕、似たような何か知ってるような……」
そう説明するクロスは口の辺りに手を遣り、俯きながらぶつぶつと呟いた。この場にいる三人に説明しているというよりも、自分の考えを整理するかのような話しぶりだった。
集中しているクロスを、三人はそれぞれ異なる意味合いを持って見つめる。
そして――。
「――あっ」
何かに気付いたらしいクロスが声と顔を上げたのは、三人が見つめ始めて三十秒が経過した時のことだった。