12:幕間 -新たな出会い-
「おうマスター、ちょっと外に出てくんねえか」
りりん。
ドアを開けるなり言ったビットに、クロスは恒例の挨拶をすることも忘れて首を傾げた。
午後二時半。異世界交差地点に居を構える喫茶・ノードはいつもの如く客がおらず、店内にいるのは店主のクロスただ一人。ビットが訪れたのは、今日はもう来店客が来ないかもしれないと考えていた時のことだった。
「何かあったんですか?」
「いや、店の傍に卵が落ちてるから見てほしくてな」
「卵?」
開店前に店の周りを掃除した時は卵などなかった。それに、ここは異世界交差地点だ。野生の鳥が迷い込んで卵を産み落としていくとは考えにくい。誰かが置いていったのだろうか。
「ラッドが言うには有精卵らしいんだよ。何の卵か分からねえが一応マスターには知らせといたほうがいいと思ってな」
「分かりました。確認します」
「すまねえな。卵が落ちてるのは店の左側だ」
それだけ言って、ビットは出入り口ドアを閉めた。ドアベルの軽やかな音が客のいない店内に響き、消える。
「ねえ、どうかした?」
今日休みのミオがカウンター内の扉からミオが顔を出したのは、ビットがドアの外へと消えたまさに時だった。
「ビットさんとラッドさんが店の横に立ってるみたいだけど……」
「店の傍に有精卵が落ちてるんだって。今から確認に行くところだよ」
「有精卵? 何それ」
訳が分からないと言いたげにミオは問い返した。だが、突如現れた卵に興味を惹かれたらしく「俺も行く」と店に出る。初めて喫茶・ノードに来た時と同じ、白いシャツとダークグレーのニットに細身の黒いズボンを合わせた服装だ。
「あ、マスター。ミオくんも」
卵が落ちているという店の左側に行くと、壁際にしゃがみ込んでいたラッドが声を掛けた。ビットもそうだが、いつもと同じ軍服姿だ。
「有精卵が落ちてるって聞いて……」
「そうなんっすよ。見てください、これ」
しゃがんだラッドの傍、店の壁際には手のひら大の卵が落ちていた。ニワトリの卵にしか見えないそれはぽつんと佇んでいる。
「傍目には普通の卵にしか見えないけどなあ」
クロスと建物の間から顔を覗かせたミオが呟く。ミオの言う通り、傍目には普通の卵にしか見えないが、ラッド曰く有精卵らしい。何か違いがあるのだろうか?
「あの、ラッドさん。どうして有精卵だって分かるんですか? 僕には何も分からないんですけど……」
「ああ。昔知り合いの養鶏場でバイトしてた時に『有精卵と無精卵を目視で見分ける』って技を習得したんっすよね。勿論その卵とこの卵は種類が違うっすから確実とは言えないっすけど……それでも俺の見た感じだと九割超えで有精卵だと思うっすよ」
「そう、なんですか」
自信ありげなラッドに、クロスは曖昧に相槌を打ちながら頷いた。――一体どういう仕事をすればそんな技が習得出来るのか謎だし、ミオも知りたそうな顔をしているが、客の過去をあれこれ詮索するのは一店員として褒められたことではない。
「じゃあ、これは高確率で有精卵ということで……誰かが置いていったんでしょうか?」
「多分な。そうじゃなきゃ置いていく理由はねえはずだ。置き場所にここを選んだ理由は分からんが……」
自分が飼えない子犬や子猫を箱に入れて捨てていくという話は聞いたことがある。だが、いくら有精卵とはいえ卵を捨てるという話など聞いたことがない。気性が荒く凶暴なドラゴンの卵ならまだしも、このサイズならドラゴンの卵ではないだろう
「流石に何の卵かまでは分からないっすけど……どうします? これ」
「もし扱いに困るってんなら俺らが処分しても構わねえぞ」
「いえ……」
ビットたちのことだから、クロスが頼みさえすれば言葉通り〝処分〟するのだろう。何の卵か分からないとはいえ、それは忍びない。
「……僕が温めてみます」
「え、その生き物飼う気?」
骨の手で卵を拾ったクロスに、ミオが尋ねる。
「何の卵か分からないんでしょ? 小型ドラゴンの卵だったらどうするのさ」
「その時は……その時だよ」
「ええ? いくらこの店が自動修復機能付きっていっても危なすぎでしょ……」
はあ、とミオはため息を吐いた。危険を冒してまで卵を孵すなど信じられないと言いたげだ。ただ、その一方で非情にもなりきれないらしく、骨の手のひらに載った卵を見つめる眼差しは優しい。
「じゃあさ、もし卵が孵ってドラゴンだった時はすぐ俺らに連絡してくれよ」
卵を引き取りたいクロスと「ドラゴンかもしれない」と不安がっているミオに、ビットが提案する。
「万が一やばいドラゴンだったら俺らが討伐する。それでいいだろ? 異世界交差地点でも活動出来るよう軍部に活動申請出しとくから」
「……まあ、それなら……」
その言葉を聞き、ミオは頷いた。やはり中身が分からない状態で処分するのは躊躇われたのだろう。
「すみません、お手数をお掛けして……」
「いいってことよ。ここのミステリ草入りコーヒーが飲めなくなっちまったら一大事だからな」
「そうっすね。それに比べたらドラゴン討伐なんて大したことじゃないっすよ」
「じゃあ今日の注文はミステリ草入りコーヒーですか?」
「ああ! ホット二つとベジタブルケーキ二つな」
「かしこまりました。それではお好きなお席へどうぞ」
店の扉を開け、クロスは礼儀正しく一礼する。
体温を持ち得ない骨の手の中、有精卵らしき卵は大人しく収まっていた。
✦✦
「孵るかなあ、この子」
営業時間を終え、日は沈まないながら夜を迎えた午後九時半。
ダイニングテーブルの上に置いた携帯型孵卵器の中を覗きながら、クロスは呟いた。
ビットとラッドが退店したあと、クロスは拾った卵を孵卵器に入れた。孵卵器は持っていなかったが、上階に戻ったミオに頼んで注文してもらったのだ。
「孵ってくれなきゃ困るよ。結構いい値段したんだから」
眉を顰め、キッチンスペースにいるミオは答える。
店の経営状況を心配しているミオはわざわざ孵卵器を買うと聞いてあからさまに嫌そうな顔をしたが、クロスに「自作の孵卵器もどきで失敗したら大変だ」と言われ、渋々了承したのだ。
(素直じゃないなあ)
表向き孵化に興味がなさそうなミオも、内心孵卵を楽しみにしていることをクロスは知っている。風呂から戻ったクロスがリビングに入ろうとした時、遠巻きに孵卵器の様子を窺っているミオの姿が一瞬見えたのだ。
(上手くいかないのが怖いから入れ込みたくないのかな)
そうかもしれない。クロスのように孵化の時を今か今かと待ち侘びても孵化するとは限らないし、上手く孵化してもドラゴンであれば退治しなければならない。そうなった時、入れ込んだ分だけつらい思いをするのは避けられないだろう。
「……一緒に暮らせる生き物だといいな」
願いを込めて、クロスは呟く。
ドラゴンは周囲に危険を及ぼす恐れがあるから飼えないが、危険のない生き物であればどんな種族でも良い。
だから無事孵ってほしいと、クロスは骨の指先で孵卵器の箱をつついた。
✦✦
りりん。
出入り口ドアに取り付けたドアベルが軽やかに鳴った直後、下側のドアハンドルを引いた白兎がひょこっと顔を覗かせた。
「よおマスター、卵はどうだ?」
「孵化作業は順調っすか?」
「ビットさん、ラッドさん。いらっしゃいませ」
太陽が昇ることのない異世界交差地点・正午すぎ。
一週間ぶりに来店した常連客二人に、クロスは『笑顔のマーク』が書かれた木札を顔の横に掲げ一礼する。直後、木札を左右に揺らしながら「見てください」と声を弾ませた。
カウンター・<異世界用レジ>横。
普段何も設置されていないそこにはレジより少し小さな箱が置かれており、その上に薄手の布が掛けられている。昨夜まで二階のリビングに置いてあった携帯型孵卵器だ。
「おかげさまでもうすぐ生まれそうなんです。昨日の夜に殻をつつき始めて今も頑張ってるんですよ」
弾んだ声のまま言って、クロスは木札の柄をぎゅっと握りしめた。布を取り払った孵卵器の中では白い卵が軽く揺れている。クロスの言葉通り、中にいる何かが殻を破ろうとしているのだろう。
「生き物って凄いですよね。僕もミオも何だか興奮しちゃって、この子の奮闘を見守ってるうちに夜が明けてました」
「え、マスター……はともかく、ミオくん寝てないんすか? それで今日は……?」
「ああ、いえ。今日は元々休みの日なんです。それに彼は僕と同じで寝なくても大丈夫な体質なので……。今はお昼を食べてる頃だと思います」
「ええ? ミオくん凄いっすね……」
「――二人が徹夜したのはさておき、だ」
嬉しそうなクロスと驚きを通り越して少し引いているラッドの会話に割り込み、ビットは怪訝そうな目を卵に向ける。
「いくら何でも早すぎねえか? 孵卵器に入れてまだ一週間だろ」
「ええ、そうですけど……」
「俺の部下に鳥好きがいたんで話を聞いてみたんだが、小鳥でも孵化するまで三週間は掛かるらしいぞ。勿論種類によって違うらしいがな」
「そうなんですか? それだと確かに早いですね……」
ビットの話を基に考えると、まだ三分の一しか経っていないことになる。個体差があるとはいえ、些か成長が早すぎるのは確かだろう。
「でも、こんなに元気そうだし……それに、この子にとっては三週間以上過ぎてるのかもしれませんよ。時の流れは種族によって違いますから」
「そりゃそうかもしれねえが……」
「あ! マスター、生まれそうっすよ!」
「えっ!」
飛び上がらんばかりの勢いで叫んだラッドに、クロスは孵卵器に視線を戻す。――ケース内の卵には、先程まではなかった大きなヒビが入っていた。中身は殆ど見えないものの、孵化まで秒読みであるのは間違いない。
「ミオー! 卵孵りそうだよー!」
「えっ嘘! すぐ行くから待ってて言って!」
カウンター内のドアを開けたクロスが上階に向かって叫ぶと、二階にいたらしいミオは相当慌てた様子で返事をした。直後、階段を駆け下りる大きな音が聞こえ、Tシャツにズボン姿のミオが姿を現す。
「間に合った?」
「大丈夫だよ。ほら」
「うわあ……!」
孵卵器を覗き込んで、ミオは驚いているとも感動しているともつかない声を上げた。どうしたら良いのか分からないらしく、ただそわそわしている。
四人が固唾を吞んで見守る中、白い卵に一際大きなヒビが入った。次いで、中にいる雛と思しき生き物が嘴で殻に穴を開け、その顔を覗かせる。
「ピュイ!」
「わあ……!」
クロスを見上げて鳴いた生き物は、クロスの身体のように真っ白い鳥だった。手のひらにすっぽり収まりそうなそれは周りの殻を少しずつ崩し、しっかりとした足取りで殻の外へと足を踏み出す。
「可愛いなあ……! ねえミオ、凄く可愛い子だね! それにドラゴンじゃなかった!」
「……そうだね、可愛いしドラゴンじゃない」
「それに元気そうだな」
「…………。え、これツッコミ待ちっすか?」
興奮気味のクロスに返事をしたミオとビットに、ラッドは黒い目を瞬かせ、言った。
そんなラッドに、クロスは「ツッコミって?」と尋ねる。何が問題なのか、本心から分かっていないらしい。
ため息を吐いたラッドは、孵卵器の中からこちらを見上げる可愛らしい雛に目を向けながら答えた。
「――だって骨っすよ、これ」
羽毛を一切纏っていない真っ白い身体。
視力があるかどうかさえ定かではない空っぽの眼窩。
「無事生まれたけど生きてないじゃないっすか」
――真っ白い卵から生まれたのは、生まれながらに死んでいる、骨身の雛だ。
「そうですけど……え、何か問題ですか? ドラゴンじゃないですよ?」
「いや、そりゃあドラゴンじゃないっすけど……」
「でしょう? ――僕、この子がドラゴンだったらどうしようってずっと心配してたんです。でも、ただの骨だった。だから今凄く嬉しいんです」
「……隊長、何とか言ってください」
「おい、俺に投げるなよ」
喜びを噛みしめるような声で言われ、ラッドは匙を投げた。クロスに想いを寄せているだけでなく、種族が絡むデリケートな問題故にこれ以上踏み込めないと感じたのだ。
話を振られて困ったビットはミオに視線を向けた。だが、ミオはビットの視線になど気付かなかったかのように骨の雛を見つめている。
クロスだけが雛の誕生を純粋に喜んでいる中、りりん、と軽やかな音が鳴った。次いで、開いたドアから「クロスさーん!」と元気の良い声が響いた。
「あ、ノーヴァさん。いらっしゃいませ」
来店した銀髪金目の少年に、クロスは木札を掲げて来店の挨拶をする。
来店した少年は、喫茶・ノードの警備役を担っている狼獣人・ノーヴァだった。ただ、今日は狼獣人の姿ではなく人間種の少年に変身している。
「お、常連さんか?」
「はい。常連さんで僕の友達のノーヴァさんです」
整った顔立ちに穏やかな笑みを浮かべ、ノーヴァはビットとラッドの前に立った。それから優雅な仕草で一礼し、「お初にお目に掛かります」と丁寧な挨拶をする。
「私は惑星・ギルノアーツ出身のノーヴァと申します。狼獣人として生まれたのですが――」
音もなく狼獣人の姿に戻ったノーヴァは二メートル超えの巨体で二人を見下ろし、再び少年の姿に変身した。
「――巨体が邪魔になるだけでなく相手の方を不必要に怖がらせてしまうことが多いので、人間種の姿に変身していることが多いですね」
「なるほど」
少年の姿であっても自分より背の高いノーヴァを見上げ、ビットは頷いた。ノーヴァは元・魔王であることを明らかにしなかったが、ノーヴァが纏う〝何か〟を感じ取ったのか、赤くつぶらな瞳には多少の警戒が滲んでいる。
「俺はビット。こっちは部下のラッドだ」
「……よろしくっす」
「ええ、よろしくお願いします」
自己紹介をした二人に明るい笑顔を浮かべて答えたノーヴァは、ふとクロスのほうを向くと「ところでクロスさん」と声を掛けた。
「その雛、どうしたんですか? この辺りでは珍しいでしょう」
「えっ、ノーヴァさん、この子のこと知ってるんですか?」
「ええ。背黄青鸚哥・骸骨でしょう?」
驚くクロスに、ノーヴァは種族名を挙げて答えた。どうやらこの骨鳥は『背黄青鸚哥・骸骨』という種族らしい。
「セキセイ……? なんだそりゃ」
「背黄青鸚哥・骸骨です。背黄青というのは大元である背黄青鸚哥の背中の毛が青や黄色だったことから名付けられたようですよ。鸚哥というのは種族名ですね」
「ふーん。その『セキセイ』っていうのが青と黄色を表すのか?」
「『背中が青や黄色』までを表しています。異世界の言語は難しいですよね」
首を傾げたビットに、ノーヴァは優しい笑みを浮かべて答えた。――異世界交差地点ではあらゆる言語が自動的に通訳されるから失念してしまいがちだが、ここにいる四人は異なる三つの言語で会話をしている。今ここにいる者で齟齬なく会話出来るのは同一言語で話しているクロスとミオ、そしてビットとラッドの二組だけだ。
「じゃあ、この雛はセキセイインコって鳥が死んでスケルトンになったものなんっすか?」
「そうとも言えますし、違うとも言えます。少しややこしい話なのですが……背黄青鸚哥・骸骨は、ある世界でペットとして飼われていた背黄青鸚哥という愛くるしい小鳥がペットとして別の世界に輸入され、その世界の魔力によって死後骸骨化した生き物です。ただ、現在は骸骨化したものが自然発生することもあるので一概に死後のものとは言い切れないのですよ」
「はー。そりゃややこしいなあ」
ノーヴァの説明に、ビットはやれやれとかぶりを振った。よく知らない生物の生態というのは概して複雑に感じるものだ。
一方、セキセイインコ・スケルトンの雛を見つめるミオは「これ、元はセキセイインコなんだ……」と呟いていた。スケルトン状態を見るのは初めてでも元の姿は知っているようだ。
「ミオはセキセイインコを知ってるの?」
「うん……。俺が一時期いた会社に迷い込んできたことがあるんだよね。その鳥は自分の名前を覚えてたから無事飼い主のもとに返っていったけど……」
「ああ、もしかしたらこの子も喋るかもしれませんね」
孵卵器の中から様子を窺っているセキセイインコ・スケルトンの雛を覗き込み、ノーヴァは言う。
「背黄青鸚哥には飼い主の言語を覚えて喋る個体もいるのです。個体差はあるものの、オスはメスより言葉を覚えやすいようですよ。見分け方は確か鼻周りの色だとか……」
その言葉に全員が雛を見る。
セキセイインコ・スケルトンの鼻周りは真っ白だった。――当たり前だ、骨なのだから。
「……分かんないっすね」
「なあマスター、骨格で分からねえのか?」
「残念ながら……僕みたいな人型ならともかく、鳥ですから……」
「鳴き声でも判別出来ないしね……」
うーん、と全員が頭を捻る。だが、この場にセキセイインコ・スケルトンの性別を見分けられる者は誰もいない。
「――っていうか、スケルトンがどうやって卵を産むんだ?」
「……あ」
ぽつりと呟いたビットの言葉に、クロス、ミオ、ラッドの三人が同時に声を上げた。そう言われれば、と。
「スケルトンは等しく〝生きてるけど死んでる生き物〟だろ。そもそも卵なんか存在しないはずじゃねえのか?」
今更だが、もっともな疑問だ。
四人は答えを求めてノーヴァを見る。一方、ノーヴァは端正な顔に少年らしくない笑みを浮かべて答えた。
「先程自然発生について触れましたが、仲の良い二匹の背黄青鸚哥・骸骨を一緒にしておくと卵が発生して新たな個体が生まれるのです。彼らが会得した魔力の為せる業と言われているものの、まだ研究段階で詳しいことは分かっていないのが現状ですね。ちなみに二匹は同性でも構いません」
「えっ」
「そりゃあ……生き物としてかなり強いっすね……」
必ずしも不死ではないとはいえ、飲食や睡眠を必要とせず環境の変化にも強いスケルトンは永い時を生きる。ただし、肉体を持たない為に子孫を残せないという欠点がある。
しかし、セキセイインコ・スケルトンは肉体を持たない身でありながら子孫を残せるというのだ。しかも、同性・異性を問わず、だ。これは生き物としてかなりの強みだろう。
「ピイ!」
ものの数分で次々と明らかになる情報に四人が翻弄されていると、孵卵器の雛が元気良く鳴いた。外に出たいのか、カバー部分の内側を骨の嘴でつついている。
「開けても大丈夫なのかなあ……」
「大丈夫だと思いますよ。骨身で体温を調節する必要がありませんから」
「……あれ? じゃあ孵卵器要らなかったんじゃ……」
「じゃあ開けますね!」
呟くミオの言葉を遮って、クロスは孵卵器のカバー部分を開けた。室温より十度以上温かい孵卵器内が空気に冷やされる中、骨身の雛は首を傾げるような仕草をしてクロスを見つめる。
「――ピュイ!」
「わっ」
羽毛を持たない翼を広げた雛は孵卵器からカウンター台へと降りるとクロスの指先を嘴でつついた。表情や羽毛を持たない為に分かりにくいが、力加減から判断するに甘えているようだった。
「かなり懐いていますね。クロスさんを親だと思っているのかもしれません」
「そうなんでしょうか?」
ノーヴァの言葉に「そっかあ……」と呟いたクロスは口元を緩めた。もっとも傍目には口を少し開けたようにしか見えなかったが、本人はデレデレしながら骨身の雛を撫でている。
「可愛いなあ。手に乗ってくれるかな?」
骨の両手を極力くっつけて雛の前に置く。と、雛は骨の脚で飛び上がり、手のひらに乗った。
「あ、乗った! 君は賢い子だなあ。ミオのことも覚えてね」
「えっ」
突然話題に上ったミオが身体を強張らせる。だが、クロスから「ミオも撫でてあげて」と雛を差し出され、恐る恐る指を近付けた。
「うわ、わ……」
嘴で優しく甘噛みされ、ミオは変な声を出した。嫌だったのだろうか。雛が噛むのをやめてからも、つつかれた指先をじっと見つめている。
「ミオ?」
「……多分異世界で一番可愛いセキセイインコ・スケルトンだと思う……」
尋ねたクロスに、無表情のミオは感情が乗らない平坦な声で答えた。言葉と声色が一致しないのはキャパシティオーバー状態に陥っているのが原因のようだった。
「ありゃりゃ」
「一瞬で虜にされたっすね……」
セキセイインコ・スケルトン、恐るべし。
うんうんと頷きながら呟いたラッドの言葉も、半ば放心しているミオの耳には届いていないようだ。
その後、クロスはビットたちのコーヒーを淹れる為に雛をミオに預けたが、未だキャパシティオーバー状態のミオは敷いた布の上で動き回る雛をただじっと見つめているだけだった。




