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5.本番(後半)+アフター

「ひゃあっ」


 変な声が出てしまった。


 これに王子はきょとんとし、それからくすっと笑った。


「本当にかわいいね。食べてしまいたいくらいだ」

「ほえっ?」


 王子の発言は予想外のものだったが、ちょっと考えれば何を求められているのかすぐに分かった。


「すみません、気づかなくて。何かもっとお口に合うものを持ってきますね」


 だが、立ち上がろうとしたところで王子に手首を掴まれてしまった。


「いや。今はいい」


 これでは立ち上がることができない。


 と、気がついた。


 あれ?

 これは宰相様のレッスンにも出てきたシーンでは?


「ふわああっ」


 あ、また変な声を出してしまった。


 なんと、王子の親指の腹が私の手首をゆるゆるとさすりだしているではないか。


 なんだってこうも王子のすることは宰相様のすることと同じなんだろう。……モテる人は皆同類ってことなのかな。


「ふふ。本当にかわいいね」


 一瞬、王子の舌がぺろりと唇をなめたのを見逃さなかった。一瞬だったけど、確かにこの目で見た。


 本能で思わず手を引きかけたけど、なんとか耐える。


 ああもう、王子はいつまで私の手首を掴んでいるのだろう。手首なんて骨ばっていて、触っても気持ちよくないと思うんだけど。


 こうなったら、例の質問を。


「あ、あのっ」

「なんだい?」

「王子はどのような女性が好みなんですかっ」


 一息で言うと、王子が目を見開いた。手首をさする親指の動きもぴたりと止まった。意表をつかれたのだろう。だが次の瞬間、手を握る力を込められた。


「君みたいな女性だよ」


 顔を覗き込みながら、吐息まじりに言われ。さらにはその麗しいお顔が近づいたことで、私の顔がさらに赤くなった。


 ていうか、王子が子兎ちゃんを好きなのは、もう十分すぎるほど分かっているからどうでもよくて。私が知りたいのは、その次に好きなタイプなんだけど。


「では私以外だと、どうでしょう、か」


 なんて言えばいいのか悩みながらも問うと、王子は一層笑みを深めた。


「君だけだよ。今、僕には君しか見えていない。大丈夫、王女との結婚は政略結婚だから」

「ほえっ?」


 え、と。


 それ、本気ですか?


「君は僕の愛を独り占めできるんだよ」

「……ひょえっ?」


 こういう時はなんて返せばいいの?


「ああ、もう……。今日はなんてすばらしい日だろう。君みたいなかわいい子に出会えるなんて……」


 たまらずといった感じで王子がため息をついた。


「君が決めていいよ」

「はい?」

「誰と婚約してほしい? 王女三人のうち、誰なら君は安心できる?」


 そんなの分かりませんっ!


「ああ、早く君を僕のものにしたいな」


 唇だけでもゆるしてほしい、と王子がつぶやいた。


「唇を、ゆるす……?」


 さっきから何を言っているのか意味が分からない。唇だって、ゆるすもゆるさないもない。私のものだ。しかし、


「キス、したことないんだ」


 なぜか王子は満面の笑みを浮かべ、私の腰に手を回してきた。


「……たまらないな」


 ゆるりと腰を引かれ、距離を縮められる。美しい顔がさらに近づいてくる。


 これはもしや……一度も合格をもらえなかったキスの場面では?


 どうしよう、どうしよう!


「さあ、目を閉じて」


 幸か不幸か、私と王子が何をしているか、分かりにくい場所に二人して座らされていて。

 宰相様の目的を果たすためにはキスしておいた方がいいのは分かっていて。


「僕の子兎ちゃん……」


 でも――。


 でも……!


 きゅっと閉じた瞼の裏、なぜか宰相様のお顔が見えた。


「す、」


 すみません、と言いかけたその時だった。


「ではこれより、三王女による三重奏トリオが披露されますのでこちらにご注目ください」


 誰かの一言により場が鎮まり、密接していた王子の体が自然と離れていった。


 そして私は仕事のためにファーストキスを捧げなくて済んだのだった。



 *


 

「遅い。いつまでこの私を待たせるんですか」

「……すみません」


 あの恐ろしい酒宴の後、私はまた宰相様のお部屋に来ていた。


「で、どうでしたか」

「それが……」


 言いよどんだものの、宰相様がきつく睨むものだからとっさに深く頭を下げていた。


「すみません! 失敗しましたっ!」

「……失敗、ですか?」


 低い声音が怖くて、無言で何度も首を縦に振る。


「すみませんっ」


 再度頭を下げる。


「王子は私みたいな人が好みだって、それしか言ってくれないんですっ。何度訊ねてもそればっかりで、しまいには『王女との結婚は政略結婚だから心配しないで』とか、『誰と婚約するか君が決めて』なんて変なことまで言い出しちゃって……それで……」


 泣きそうになりながらも報告すると、眉間のしわを深くさせていた宰相様の表情が最後の方で変わった。そのアメジストのような瞳がきらりと光った。


「なんですって?」


 眼鏡をくいっと直しながら。


「今、なんと言いましたか。ミス・ウォーレン」

「だからっ。政略結婚だからとか、婚約者は私が決めてとか、私に会えて幸せだとか、そういう変なことばっかり……っ!」

「やりましたね。ミス・ウォーレン」

「へっ?」

「これはパーフェクト……どころかミラクルです」

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