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1.無理です!

 するりと腰に手を回される。


 強くも弱くもない力で腰を引き寄せられれば、異性である宰相様の体温が伝わってきて、鼓動があり得ないくらいに速くなった。


 こんなこと、今まで誰にもされたことがないのに。異性の胸に頬が触れる感触だって初めてだ。絶対に慣れない。慣れっこない。しかも今夜までに慣れろって!


 あと三時間しかないっていうのに!


「一つ一つ覚えていけばいいのですよ」


 宰相様は、とても優しい。

 優しく、初心な私を解きほぐしてくれる。


 でも――。


「さあ。次はキスをしてみましょう」

「ふわあああっ」


 それは無理です!



 *



 顎をくいっとあげられ、アメジストのような瞳で至近距離で見つめられた瞬間、「やっぱり無理です!」と叫んでいた。


 宰相様の腕から抜け出し、脱兎のごとく退く。そして壁際まで逃げたところで膝をついて懇願した。


「やっぱり私には無理です、隣国の王子をたぶらかすなんて!」

「たぶらかすなど、とんでもない」


 宰相様は小さくため息をつくと、いつまでもびくついている私の元へ近寄ってきた。そしてその麗しい膝をつき、涙目の私にその麗しい顔を近づけ、「いいですか」とあらためて確認してきた。


「あなたは酒宴の席でルカ王子のおそばにいればいいのです。それだけですよ」

「それがどうしてこんなことになるんですか!」

「はて?」

「宰相様がそうおっしゃるから、だから私も了承したんです! なのにどうしてこんなことをしなくてはいけないのですかっ……!」


 宰相様が私にこの特別な任を下されたと、そうメイド長経由で伺ったのはまだほんの一時間前のことだ。先月二十二歳になったというのにいまだ十六、七歳くらいに勘違いされる、こんなちんちくりん、かつ掃除係の私になぜ、と思わないでもなかったが、下っ端に断る権利なんてはなからない。


 だから素直に引き受けたのに――。


「では今すぐ宰相様の執務室へ行くように」


 そうメイド長に指示され、手に持っていたほうきとちりとりを取り上げられ――そしてこの部屋のドアをノックしたのがほんの三十分前のこと。そして初めてお会いした宰相様は、想像していた人とは真逆だった。つまり、まだお若く、理知的な面立ちながらその美しさは至宝級だったのである。


 透き通る紫の瞳に眼鏡ごしに見つめられてぽーっとなってしまったのは、女ならば仕方ないと思う。ちんちくりんの私だって並の審美眼くらいは持ち合わせている。


 宰相様は私を上から下まで眺めるや、「完璧ですね」と満足気につぶやいた。


 そこから意味不明な質疑応答がはじまった。


「エリザベス・ウォーレン、ですね」

「は、はい」


 あわててエプロンをつまんでお辞儀をすると「恋人はいますか」と訊ねられた。


「は?」

「いいから答えなさい」

「は。いません」


 宰相様の事務的な言い方につられて、私まで硬い応じ方をしてしまった。けれど宰相様はそれに眉をひそめるでも笑うでもなく、


「では今まで誰かとつきあったことはありますか」


 個人的なことにぐいぐい踏み込んできた。


「いいえ」

「一度たりとも?」

「は、はい」

「あなたは身持ちは硬い方ですか」

「それはもちろん。城務めのメイドであれば当然のことです」


 何のために必要な情報なのだろう、そう思いつつも素直に応じていたら、


「パーフェクト。いいでしょう」


 宰相様は眼鏡のフレームを押し上げ、その美しい紫の瞳で私をひたと見据えたのだった。


「では私があなたを教育してさしあげます」


 それが宰相様にロックオンされた瞬間だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] わぁ♡ アンリさまの新連載だ(/ω\*) 眼鏡男子好きです。そして王子……え? 残念なんですか? 6話なのに完結まで待てないので、リアルタイムで追いかけます!
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