90
「何だ、もったいぶるなよ」
無法丸が急かした。
「全員、一人で斬っちまったんだ! しかも十七、八の男が!」
お小夜は興奮している。
まるで自分が、その斬り合いを見ていたような口振りだ。
「すごいだろ? 鬼だよ、鬼! この辺りは、そりゃあもう大騒ぎさ。その男の話で持ちきりだよ」
「ふーん」
無法丸が右手を顎に当てた。
「そいつは強そうだな」
「強いなんてもんじゃないよ! で、悪党どもが死んじまった途端に、大人しかった侍たちが、また幅を利かせだしたのさ」
「ははーん」
無法丸が笑った。
無邪気な表情が、何やらかわいらしい。
自分から、しどけなく抱きついていたはずのお小夜が、それを見て頬を赤く染めた。
「あ! お兄さん、男前だね!」
「おいおい、今さらかよ。俺の顔をちゃんと見てなかっただろ?」
「てへっ」
お小夜が舌を出す。
「よくよく見たら、本当にあたいの好みだから、いろいろ特別なことをしてあげるよ」
またも、お小夜が手を出してくるのを無法丸が上手くあしらった。
「調子に乗った侍たちが、お前たちの商売にうるさく口を挟んでくる前に稼いでおきたいわけか?」
無法丸が話を戻した。
「そうそう! そうなのさ。だから良いでしょ? ねぇってばー」
「こらこら」
無法丸が苦笑する。
「俺は遠慮する。だいたい、大して金を持ってない」
「そうなの!?」
お小夜が口を尖らせる。
「じゃあ、もういいわ」
お小夜が無法丸の膝から降りようとしたところで。
無法丸の左手が、お小夜のむっちりとした腰を抱いた。
「あん!」
お小夜の瞳が輝く。
「気が変わったの!?」
「違う」
「じゃあ離してよ、けち!!」
「態度、変えすぎだろ」
無法丸が、ため息をつく。
「まだ訊きたいことがある」
「何よ」
「その悪党どもを斬った男の名は知らないか?」
「名前? ええーっと」
お小夜が眉間にしわを寄せて考え込む。
「そうだ! 美剣…美剣隼人って名前だよ!!」
お小夜が膝の上から去り、無法丸は飯代を払って店を出た。
空は雲ひとつなく、青々と晴れ渡っている。
「隼人」
無法丸が呟く。
「どうやら八神家の奴らに勝ったようだな」
屈託ない笑顔を浮かべた。
お互いに生きていれば。
また、どこかで出逢うだろう。
まずは上々。
これで自分の本来の目的「刀探し」に身が入るというものだ。
とはいえ、もう何年もしっくりくる刀は見つけられないが。
街道を自由気ままに無法丸は進む。
一羽の鳥が、その頭上を飛んでいく。
青空は、どこまでもどこまでも爽やかに続いていた。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
ホントに大感謝ですm(__)m
「冥伝」「虹丸」「星繋ぎ」「武龍伝」「紅伝」「モノクロ」そして、この「美剣伝」と続いております「異戦国」シリーズですが、果たして続きはあるのか!?(笑)
今のところは白紙でございます(笑)




