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奏がくすくすと笑う。
「ひどいです、美剣さん」
「え!?」
隼人が驚き、奏の顔を見る。
「ここにも一人、女子が居るのにターシャさんばっかり」
奏が頬を膨らます。
「え!? ええ!?」
隼人が、おどおどと戸惑いの表情を見せた。
「あはは!!」
我慢できなくなったのか、奏が大笑いする。
今度は隼人が、きょとんとなった。
「冗談です、冗談」
奏の笑顔に隼人は、ほっと胸を撫で下ろす。
「私もターシャさんに逢いたいです。でも、手紙を出す先すら分からないので」
「そっか…」
隼人が残念そうに言った。
「お目当てのターシャさんは居ませんから、もう旅立たれますか?」
またも、ややいたずらっぽく笑って奏が言った。
「そうするかな」
今度は隼人も笑っている。
「まあ、ひどい!!」
若い二人が声を揃えて楽しげに笑った。
刹那。
自らの両脇に置いた長刀二刀をやおら掴むと、隼人が庭へと跳び出した。
何事かと奏が青ざめる。
隼人は二刀を鞘のまま腰に携え、月明かりとかがり火に照らされた美しい庭園へと隻眼を凝らした。
「ほう」
隼人の視線の先、闇の中から男の低い声がした。
「もう気づくとはな」
闇から一人の痩せた人影が、ぬるっと進み出てくる。
闇とさして変わらぬ黒色の着流し姿の侍であった。
二十代後半ほどか。
痩せこけた頬の上のぎらつく双眸が、三間(約5.4m)ほど先に立つ隼人をじっとりとにらみつける。
「小僧、美剣隼人か?」
侍が訊いた。
「ああ」
隼人が答える。
隼人の右手は左腰の刀の柄の上に、左手は右腰の刀の柄の上に交差して置かれていた。
左眼のみの隻眼は、黒の侍の鋭い眼光を一歩も引かず受け止めている。
隼人の名を確かめた侍の顔が大きく歪んだ。
激しい憎悪が浮かび上がる。
姿を現したときより、侍の身体から周囲に洩れ漂っていたおどろおどろしい邪気の如きものが、その容量を倍増させ、相対する隼人の全身に絡みついた。
「よしよし」
侍が満足げに頷く。
「まずは美剣を見つけた。柊姫様のお言葉に間違いはなかった」
「柊姫?」と隼人。
聞き覚えのない名だ。
侍は隼人の問いには答えない。
するすると歩を進めてくる。