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「ああ」
隼人が頷く。
「俺の強さを探す」
蜜柑も頷き返した。
隼人は馬上の人となった。
四人が、それを見上げる。
「また、いつか逢おう」
そう言って、馬を進め始める隼人に四人が手を振る。
隼人も、しばし手を振り返し、そして。
馬を走らせた。
街道を魔祓い師の組合所に向けて駆けていく。
ここに剣士、独り…。
否。
独りではない。
(お!? また、どこかへ行くのか? まったく、せわしないったら、ありゃしねぇな。オレもシーカの姉さんの身体に戻るまではいっしょだ。それまでは、よろしく頼むぜ、相棒!!)
元気溌剌とした右眼の声が、頭の中に響く。
こうして剣士と眼玉の新たな旅は始まった。
その先に待つのは果たして、真実の強さの境地か?
はたまた、強敵が立ち塞がる凄絶なる剣術地獄か?
「美剣隼人、この戦国を推して参る!!」
隼人の顔は清々しい笑みを浮かべていた。
とある街道沿いの宿場町。
一軒の飯屋。
真っ昼間だが、割り増しで二階の部屋を借りれば店の女としっぽりと楽しめる。
そうとも知らずに入ってしまった一人の男が、困り果てていた。
「ねぇ、お願いだよ。何かと入り用でさ。お兄さん、あたいの好みだから、うんと尽くしてあげるから」
二十代半ばほどの愛嬌あふれる、それでいて艶めかしい女に迫られる三十代前半に見える男。
長髪を後ろで束ね、剣士の風体。
しかし、座った席に立てかけた刀は、真剣ならぬ木刀であった。
着物から覗く身体は、細身だが筋肉質で締まっている。
女はその胸元に細い指を滑り込ませ、撫で回す。
男に密着させた女の胸元からは、二つの豊かな膨らみが、あわや頂きまでこぼれ出しそうになっていた。
「おいおい、勘弁してくれ」
男が、ため息をついた。
「つれないこと言わないで。あたいは、お小夜っていうの。お兄さんは何て名前?」
「無法丸」
男が答えた。
「変わった名前ね」
女が微笑む。
「ねぇ、無法丸さん」
女の手が無法丸の右手に触れる。
その手を自分の胸元に、そっと引き寄せた。
「ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ触ってみてよ。お願いー」
無法丸の耳元で甘えた声を出す。
無法丸は乱暴にならぬよう、上手くお小夜の手を振り払った。
それでもめげないお小夜は、とうとう無法丸の膝の上に、形の良い尻を乗せてくる。
無法丸が再び、ため息をつく。
「何故、そんなに金が要る?」
無法丸が訊いた。
「それがさぁ」
お小夜が急に真面目な顔になった。
「この近くに、ならず者たちの根城があったの」
お小夜が声をひそめる。
「ふーん」と無法丸。
「そいつらが街道沿いで、いろいろと悪さをするもんだから、この辺りはすこぶる物騒だったのさ」
無法丸は首を傾げた。
「そうなのか? ここに来るまで、まるでそんな感じはしなかったぞ。平和そのものだ」
「それには理由があるんだよ。この土地のご城主様のご家来衆も迂闊に手を出せなかった、その悪党どもを…百人は下らないそいつらを…」
お小夜はそこで黙った。
かわいらしい、くりりとした両眼が無法丸を見つめている。