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行く手を阻むものの無い隼人の二刀の切っ先は、真紅郎の胸部に容易く風穴を空ける。
刀身の半ばほどまで入ったところで隼人の回転が止まり、両脚が着地する。
隼人の表情は静かで落ち着いていた。
「獅子真紅郎」
隼人が言った。
「敗れたり」
「がはっ!!」
真紅郎の口から大量の血が吐き出された。
胸の穴から身体が崩れ、暗闇となって空気に溶けていく。
真紅郎の両眼は、隼人のそれを食い入るように見つめていた。
まるで、自分を殺した相手をその眼に焼きつけるかの如く。
見つめ返す隼人の瞳は勝利の歓喜とは程遠く、悲しみに満ちている。
果たして、いかなる心情か?
真紅郎の背後の顔たちも、どんどんと端から薄れ、空中に霧散していった。
「ああああああああっ!!」
柊姫が泣き叫ぶ。
「嫌じゃ、嫌じゃ!! わらわは美剣を滅さねば気が済まぬ!! このまま…このまま消えて無くなるのは嫌じゃ!! 真紅郎っ!! 何とかせよっ!! 他の者たちも!! 皆、黙っておらずに、何か申せっ!!」
しかし。
柊姫の叱責に八神家臣たちは誰一人、答えない。
皆、沈痛な面持ちで順々と消え去っていくのみ。
そして、八神の者たちは全て消え失せた。
隼人は勝ち名乗りも上げぬ。
隼人のあまりに悲しげな様子に、見届け人である蜜柑も友の勝利を声高に宣言するのをためらった。
「兄上!!」
燐子が隼人に駆け寄る。
「やりましたね!!」
嬉しそうに兄に抱きついた。
「見事に、あの魔物どもを討ち取られました!!」
「燐子」
隼人が暗い顔で妹を呼んだ。
「兄上?」
燐子が戸惑う。
「俺も初めは魔に頼る非道の者たち、斬られても当然の輩と思っていた」
「はい。誠にそうでは?」
「よく考えてみろ。奴らが…柊姫が何故、復讐など始めたのか」
「それは…」
「将軍家の命を受けたじじいが、八神家を冤罪で断罪した」
「………」
「奴らは確かに道を踏み外した。だが、発端を思うと俺は八神たちに勝ったと手放しでは喜べない」
「兄上…それは…しかし、上意でございます」
「上意!?」
隼人が声を荒げた。
「上意とは何だっ!? そもそも将軍家に…美剣家に八神家を滅する権利などあったのか!? じじいは日の本一の『大剣豪』だろ?」
隼人の両眼が怒りに燃える。
「それなのに、やってることは将軍家の言いなりになって罪なき人を虐げるだけ! 自分たちが間違っていたと分かっても謝りもしない! そんな奴らが日の本を統べるだって!?『大剣豪』だって!? 将軍家は日の本を救う指導者じゃないのかっ!? じじいの強さって何だっ!? こんなものが…こんな恨みの連鎖を引き起こす奴が…本当に強いって言えるのかっ!?」
隼人の叫びに場の一同は静まり返った。
「兄上…」
燐子が隼人の腕を掴む。
兄の怒りと悲しみに返す言葉もなく、ただその心を慰め、寄り添いたいという想いだけであった。
「俺は…強さが分からなくなった…」
隼人の顔が苦悶に歪んだ。
そのとき。
「隼人よ」
ずっと黙っていた奇妙斎が口を開いた。




