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美剣伝  作者: もんじろう
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「あまり伸ばしすぎれば、柊姫たちは怒るか疑いだすでしょう? 二日はぎりぎりの線で絶妙だったと思います。後は隼人の到着を祈るだけ」


「まったく、何故こんな面倒事に巻き込まれるのか…」


 奇妙斎が両肩をがくりと下げた。


 そうしていると、何とも弱々しい老人に見える。


「隼人、早う来い」


 奇妙斎が両手を合わせ、普段は神仏に一切頼ったりせぬのに熱心に祈りだす。


 そこまで戦いたくないかと、他の者は苦笑いした。


 この話し合いが二日前であった。


 決闘当日のこの時まで、隼人は姿を現していない。


 これは、間に合わないのではないか?


 一同の頭をその考えが(よぎ)った。


 蜜柑と春馬がどれだけ隼人の強さを信じようとも、燐子と真紅郎の勝負に間に合わなければ、戦うことは不可能である。


 そうなれば燐子を助けるため、蜜柑たちは果たし合いの規則を破り、戦いに介入する。


 それがたとえ、燐子の剣士としての誇りを傷つける結果になろうとも。


 春馬と陽炎はそれぞれの切り札、「エレメントシェル」と「魔祓いの首飾り」をいつでも取り出せるよう、準備していた。


 奇妙斎は、ひと目でそれと分かるほど落ち込んでいる。


「隼人の奴め…」


 ぶつぶつ愚痴(ぐち)る。


 しかし。


 と、陽炎は思う。


 これほど戦いを嫌がる、この小さな剣豪の態度には、何やらまだ余裕を感じる。


 そう、どこかふざけているようにさえ見えてくるのだ。


 蜜柑の降霊術があてに出来ない今、奇妙斎の力は勝利への大きな鍵となる。


 (たたず)まいからも容易に推察できる恐ろしい使い手、獅子真紅郎に対して皆が悲壮感に包まれてもおかしくない中、奇妙斎の俗物的な態度や発言が、むしろ雰囲気を和ませているのではないか?


 陽炎は、そう思う。


 そして、自らの雇い主である蜜柑。


 若い娘だというのに、この(きも)の座りようは尋常ではない。


 降霊術という最大の武器を使えぬ状況でも、少しも怯える様子がない。


 蜜柑の強さは霊能力にあるのではなく、その心にこそあるのだ。


 陽炎は改めて、眼の前の美しい(あるじ)に好感を深めた。


 忍びの里の(おさ)には、ついぞ感じたことがない心の底から湧き上がる尊敬と忠義の気持ちであった。


 蜜柑たちの向かって右側の陣幕を押し上げ、燐子が姿を見せた。


 白の着物に白袴(しろばかま)


 頭には白い鉢巻(はちま)きをつけ、(そで)(たすき)がけしている。


 奇妙斎以外は皆、息を飲んだ。


 これでは死に装束ではないか?


 やはり燐子自身も、かの怪人と戦って生き残る望みはないと分かっているのだ。


 それでも美剣家の長女としての責任が、彼女をこの戦いに向かわせている。


(いけない)


 蜜柑は思った。


 そんなもののために、人が己を捨ててはならない。


 どんなことがあろうとも。


 どれだけ燐子に責められようとも、絶対に死なせはしない。


 蜜柑は美剣の霊が戻っていないか、辺りを見回した。


 居ない。


「大剣豪」美剣は姿を現さない。


 これでは実質、蜜柑に出来ることは何もなかった。


 自らのあまりの無力さに、全身がかっと熱くなる。


(隼人…)


 友の名を心で呼んだ。


(早く、早く来て!! あなたの妹が命を捨てようとしている!! 隼人なら…隼人ならきっと止められる!!)



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