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「柊姫様とお見受けする」
蜜柑が言った。
「ボクは小諸信竜の長女、蜜柑」
これには柊姫も少々の驚きを見せた。
まさか、蜜柑、燐子、柊姫、戦国城主の娘三人が、この場に居合わせるとは思いもしなかったからだ。
「な、何じゃ?」
柊姫が問う。
戸惑っていた。
「ボクの降霊術は、すぐに使えるものではない。そう…」
蜜柑は、しばし考え。
右手の指を二本立てた。
「二日後でなければ、霊は呼べない」
蜜柑の言葉に陽炎と奇妙斎が驚く。
二人とも蜜柑の降霊術に詳しいわけではないが、これが嘘であるのは分かった。
蜜柑がそのような術の制約を口にしたことは、これまでなかったからだ。
では、蜜柑には何か狙いがあるのか?
「蜜柑様!!」
燐子が抗議した。
燐子は蜜柑の降霊術をよく知りはしない。
「二日後」を真に受けていた。
「今ここで誰かを殺せば、ボクは絶対に霊を呼ばない」
「ふはははは!!」
柊姫が笑った。
「何じゃそれは?」
瞳に嘲りの色が灯る。
「それでは取引にもならぬ」
「二日後なら美剣の霊を呼び、あなた方の望みである戦いに応じよう」
「いけません!!」
燐子が怒鳴る。
「ただし」
蜜柑が続けた。
「条件がある」
「条件?」
柊姫の眉が、ぴくりと動く。
「二日後に、あなた方が燐子さんと勝負して勝てたなら、霊を呼び寄せよう」
「ほう」
柊姫が言った。
まだ薄く笑っている。
「その小娘が我らに勝てるとでも思っているのか?」
「この取引を受け入れない限り、あなた方に『大剣豪』美剣と戦う機会は無い」
蜜柑が言い切った。
そうして険しい表情で口を真一文字に引き結んだ顔は、父親の小諸城主、小諸信竜によく似て逞しく凛々しかった。
「むう」
柊姫が唸った。
状況としては、こちらが圧倒的に有利である。
黄魔と蒼百合以外の家臣を取り込んだ真紅郎に、敵う者など居ない。
黄魔と同様に蒼百合が美剣隼人に斬られた事実をすでに真紅郎は察知していたが、そこは常に戦いに身を置く剣士。
美剣家への恨みが力を増しこそすれ、それによる動揺で真紅郎が弱まるなどあり得ない。
すなわち、この場に居る全ての者は柊姫が真紅郎に命じれば、ほんの僅かのうちに命を奪われるのだ。
にも関わらず今、話し合いの主導権を握っているのは、城主の子とはいえ、若き娘、蜜柑である。
その提案に乗るのは、何やら腹立たしくはあるが。
しかし、美剣の霊を呼ぶには、それしか方法はない。
「姫様」
真紅郎が口を開いた。
「この真紅郎も美剣燐子と堂々の勝負をしたく存じます」
剣士としての願いであった。
「その後で、追ってくる美剣隼人とも決着を」
真紅郎の出した名に、蜜柑、春馬、陽炎、奇妙斎は眼を見開いた。
美剣隼人は生きている。
しかも、ここに向かっている。
蜜柑と春馬の顔に笑みが浮かんだ。
隼人が来るならば。
全てを任せられる。
二人は、そう思った。
これならば、単なる時間稼ぎに提示した二日間の猶予も生きてくる。
隼人さえ、間に合えば。
((何とかなる))
蜜柑と春馬は眼を合わせ、頷いた。